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第2章ー12

「なぜ、旅順艦隊は戦おうとしないし、旅順に戻ろうともしないのだ」

 連合艦隊司令長官の東郷平八郎海軍大将は苛立たしげに独語した。


 東郷大将にしてみれば、旅順艦隊の運動は理解困難だった。

 日本艦隊と旅順艦隊の戦力に大差はないはずだ。

 それなのに、なぜ戦おうとしない。


 海軍軍人としての名誉や誇りは彼らにはないのか。

 露海軍軍人に、そんなものを求めるのはおかしなことなのか。

 そして、戦おうとしないのなら、旅順に引き返すのではないのか、だが、旅順から離れる方向に旅順艦隊は向かっている。


 東郷大将の理解を超えた艦隊運動を旅順艦隊はしていた。

 実際、必殺のT字戦法さえ、嘲笑うように旅順艦隊は反航戦に転じることで躱してしまった。

 ウラジオストック艦隊に対処するために装甲巡洋艦4隻を引き抜かざるを得なかったことから、乙字戦法を日本艦隊は採ることができず、旅順艦隊の艦隊運動を阻止しきれていなかった。


 島村速雄連合艦隊参謀長が意を決したように助言したのは、東郷大将が独語したその直後だった。

「ひょっとして、旅順艦隊は全艦がウラジオストックに逃げ込むことだけを考えているのでは」

「何?」


 東郷大将は呆然とした。

 自分なら考えもしないことだったからだ。

「戦力に差もそうないのに戦わずに逃げるだと、海軍軍人の誇りはないのか」

「露海軍にそれを求めるのが間違っていたのかもしれません」

 島村参謀長は言った。


「海軍軍人の誇りがあるのなら戦いを挑むと普通なら考えるな」

 ウィトゲフト提督は薄笑いを浮かべた。

「だから、それが罠だということに却って気づかない」

「日本艦隊の司令長官が単細胞で助かりましたな」

 ウィトゲフト提督の真意をようやく明かされた旅順艦隊司令部の面々は称賛の声を挙げた。


「そういうことは完全に逃げ切れてから言うことにしようか」

 ウィトゲフト提督はにこりともせずに言った。

 提督にしてみれば、第一段作戦がうまく行ったにすぎず、まだ日本艦隊の追撃を受けているのだ。

 だが、第一段作戦がうまくいったことは事実だった。


 ウィトゲフト提督が悩んだ末に決断したのが、例え勝算がありそうに見えても徹底して逃げに徹するという一策だった。

 連合艦隊司令部は旅順港閉塞作戦を繰り返す等、積極策に拘り過ぎていた。

 そのことから、鏡のように旅順艦隊も決戦に際しては積極策を取ると考えるだろう。

 だからこそ、逃げに徹する。

 そうすれば、日本艦隊は虚を衝かれて、却って旅順艦隊の脱出策は成功するだろう。


 実際、夕闇が迫りつつあるが、旅順艦隊の各艦に損傷はあるものの、重大な問題のある艦は無かった。

 日本艦隊は長期に渡る旅順港監視任務等のために艦底に貝殻等が付着し、最高速力を発揮できる艦船が減少していた。

 また、日本艦隊の使用する下瀬火薬は貫徹力に問題があり、旅順艦隊の戦艦等の主要艦の装甲部は日本艦隊の砲撃では貫通されておらず、非装甲部が燃えてはいるものの戦闘航行には共に大した支障が旅順艦隊の各艦で出ている艦は無かった。


「これならば」

 ウィトゲフト提督は一縷の希望を抱いた。

 日没と共に旅順艦隊の脱出が成功するのではないか、そう思った次の瞬間、ウィトゲフト提督の意識は暗転した。

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