第2章ー11
結局、旅順艦隊の全艦が旅順港外に出るのには3時間余り掛かってしまった。
ウィトゲフト提督は参謀の進言に従い、速やかに全艦が旅順港外に出るように信号旗であらためて指示はしたが、内心では諦観していた。
「仕方ない。我が艦隊の乗組員の士気は高いとは言えない。それに半年余り、旅順港内に止まったせいで練度も低下している。それに日本海軍が行った様々な作戦により、速やかに艦隊が出航することは困難になっている」
ウィトゲフト提督は内心でため息を吐いた。
実際問題として、連合艦隊司令部では旅順港閉塞作戦は完全に失敗視されており、機雷による閉塞も旅順艦隊がしばしば旅順要塞に備え付けられた砲の援護下で掃海を繰り返したことから連合艦隊司令部では無意味と判断されていたが、旅順艦隊側からすれば閉塞船は艦船の速やかな出航に対する障害物となっており、日本側が繰り返し機雷敷設を繰り返したことから、出航した際の機雷による損害を懸念せざるを得ず、掃海作業を昨日一日行ったにもかかわらず、機雷に対する懸念から今朝も行う羽目になっていた。
そうこうしている内に、日本海軍は哨戒活動によって、旅順艦隊の出航を探知してしまい、旅順艦隊に向けられていた全艦が泊地から出航して旅順艦隊迎撃に向かった。
ウラジオストックに向かう旅順艦隊が日本海軍と遭遇したのは、旅順港からわずか20海里余りの地点で、午後0時を過ぎた頃だった。
「やはり捕まったか」
ウィトゲフト提督は独白した。
各艦に対して、日本艦隊の通信妨害に努めるように指示はしていたが、無理だったらしい。
日本艦隊は続々と集結し、旅順艦隊迎撃に向かってくる。
「だが、思ったより船が少ないな」
ウィトゲフト提督は首をひねった。
実際、日本艦隊は戦艦4隻、装甲巡洋艦4隻を基幹とする戦力に過ぎなかった。
前述したように、旅順艦隊は日本艦隊の戦力を完全に誤解していたのだ。
「それに速力もあまり出ていないようだ。見え透いた罠の気もするが、ひたすら逃げさせてもらおうか」
ウィトゲフト提督は決断した。
ウィトゲフト提督は封緘命令を出航前に各艦の艦長たちに渡しはしたが、それ以上の指示は各艦の艦長たちに出していない。
ひたすら、自分の指示に従え、とだけ命令してある。
なぜなら、全責任を自分が背負うつもりだからだ。
事前の指示が無かったので、ウィトゲフト提督の命令に従うしかありませんでした、各艦の艦長たちが口をそろえて言ったら、アレクセーエフ総督や海軍省のお偉方もそれ以上の責任追及はできまい。
旅順艦隊に何が起きようとも。
ウィトゲフト提督は信号旗であらためて各艦に命令を下した。
「旅順艦隊はひたすら戦闘回避に努め、ウラジオストックへの回航に全力を尽くすべし。日本艦隊の運動に惑わされることなく行動せよ」
日本艦隊は、旅順艦隊がひたすら逃げることに徹するとは想像もしていなかった。
旅順艦隊の全艦が出航してきた以上、隙を見せれば日本艦隊との戦闘に応ずると考えていたのだ。
戦後、東郷元帥以下の連合艦隊司令部は、自分の考えにこだわり過ぎたと戦史で非難されることになる。
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