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第2章ー10

 8月10日早朝、ウィトゲフト提督は二日酔いならぬ三日酔いかもしれない軽い頭痛を覚えていた。

 だが、その頭痛は提督にとって不快とは必ずしも言い切れなかった。

 なぜなら、いろいろと考える材料に頭痛がなっていたからだ。


 8月8日の夜に旅順艦隊の各艦で開かれた宴会は荒れたものになった。

 なぜなら、出航に際して成算がまるで無かったからである。

 確かに戦艦や巡洋艦は血路を切り開いて、ウラジオストックにたどり着ける可能性は0では無かった。

 だが、駆逐艦は絶望的だった。


 戦闘の際に消費する石炭量を顧慮すれば、駆逐艦はウラジオストックにたどり着く前に石炭切れになる公算大だった。

 そして、戦艦や巡洋艦も見通しが明るいとは言えなかった。


 旅順港外に待機している日本艦隊の戦力だが、戦艦6隻、装甲巡洋艦8隻を基幹とする艦隊だと旅順艦隊司令部は判断していた。

 こちらの戦艦は6隻あるが主砲や副砲の一部を旅順要塞防衛のために転用済みで、装甲巡洋艦は0である。

 このため露側の主力艦の火力は30センチ砲15門、25センチ砲8門であるのに対し、日本側の主力艦の火力は30センチ砲24門、25センチ砲1門、20センチ砲32門(ちなみにロシアの主力艦に20センチ砲搭載艦は無し)という現状認識に旅順艦隊司令部は至っており(これは実際には大いに誤っていた。日本側は戦艦2隻を沈没させており、またウラジオストック艦隊対策のために装甲巡洋艦4隻を旅順艦隊対策から引き抜いていたからである)、それを旅順艦隊の乗組員も知っていた。


 戦艦や巡洋艦を沈めるのは困難だが、これだけの火力差があって勝てると思うほど、旅順艦隊の乗組員も楽観的ではなかった。

 宴会参加者の多くが、自分にとって末期の酒になるかもしれないと覚悟を固めながら、酒を飲む羽目になった。


「何が旅順艦隊が出航しないことが聖アンドレーエフ旗を汚すだ、祖国ロシアを勝たせるのが最優先だろうが。馬鹿野郎」

 旗艦ツェザレヴィッチの宴会場で士官の1人が酔った勢いで暴言を吐いた。

「酒が回っているようだな。私にも飲ませてくれないか」

 後ろから来た士官が声を掛けた。


「いいぜ、主計士官秘蔵のサモゴーンだ。ウオッカよりも良い酒だ」

「ほう」

 声を掛けた士官は勧められた酒を一息で飲み干した。

「いい酒だな」


「そうだろう。そうだろう」

 暴言を吐いて、酒を勧めた士官は良い機嫌だったが、周囲にいた士官は皆、顔色を真っ青にして、酒を勧めた士官に注意を促した。

「どうしたってんだ」

 とその注意に返事をした士官も、酒を飲んだ士官の肩章に気づいた瞬間に顔色を真っ青にして慌てて敬礼して謝罪した。


「ウィトゲフト提督。誠に申し訳ありません」

「気にせんでいい。楽しんでくれ。いい酒を飲ませてもらった」

 ウィトゲフト提督は、そう言った後でその場を去った。

 その場にいた士官全員は敬礼したまま、それを見送った。


「軍艦旗と祖国とどちらが大事か、か。祖国と迷わず答えるべきなのだろうが。軍艦旗の方が大事に想えるとは。いろいろと間違っているな」

 ウィトゲフト提督は独白した。

 近くにいた参謀が言った。

「軍人なら祖国の勝利のために尽くすべきでしょうに。軍艦旗が大事と言った瞬間に間違っていると気づかねばなりませんな。最も、私も間違えそうですが」


 ウィトゲフト提督は参謀の言葉に黙って肯いた後に言った。

「旅順港を出るのにどれくらいかかりそうだ」

「2時間以内に出航したいですが、3時間はかかりそうです」

「そうか」


 ウィトゲフト提督は思った。

 3時間かかるようでは、日本艦隊は旅順港外で待ち構えているだろう。

 自分の腹案通りになってほしいが、どうなることだろう。

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