第1章ー2
「それで、相談を持ち込んできたわけか」
本多幸七郎海兵本部長は、林忠崇軍令部第三局長を半分、睨みつけた。
林軍令部第三局長は涼しい顔をして、言い返した。
「本多正信と本多忠勝が相談するのは、徳川家康を巡る話ではよくある話の気がしますが」
「わしへの陰口が本多正信で、お前の仇名が今忠勝なのは事実だが」
本多海兵本部長は、そこで、言葉を一時切って、林中将をあらためて睨んだ。
「よくもまあ無理難題を持ち込んでくれたものだ」
「本多海兵本部長なら楽勝でしょう」
「わしを何だと考えている」
「本多正信の生まれ変わりだと」
林中将は平然と言った。
「それで、お前は本多忠勝の生まれ変わりか。どうみてもお前の方が善玉だ。わしの方が本多姓なのだから、本多忠勝を名乗る資格があると思うがな」
「世間の評判を変えてから言ってください」
林中将は更に言った。
立会人になっている北白川宮軍事参議官はあらためて思った。
この2人が協調してやってきたというのが奇跡に聞こえるな。
どうみても仲の悪い人間同士の会話だ。
2人にしてみれば冗談交じりの会話なのだろうが、自分でさえそうは思えない。
「冗談はともかくとして」
本多海兵本部長は渋い顔のまま言った。
「これは無理難題だぞ。本当にな」
「分かっています。陸軍と海軍が戦時でも対等になったのはつい先日です。陸海軍対等は我々にとっても悲願ではありました。ですが、早速、その悪い側面が出ています。陸海軍が対立したときに誰がどう調整するのです。相手はロシアですよ。陸海軍の一致結束が必要不可欠です」
林軍令部第三局長は言った。
「旅順要塞対策で陸海軍対等の欠陥が露呈されたか。かといって陸海軍対等は崩せんしな」
「桂首相が陸海軍の間を調整するというのはどうでしょう」
林中将が提案した。
「桂首相は陸軍出身だ。陸海軍対等が崩れかねん」
本多海兵本部長が難色を示した。
「しかし、明確な指揮系統外の元老が調整するよりはマシでしょう」
「ふむ。日清戦争でも伊藤首相が作戦指導に介入していたしな。伊藤首相は元老格だし、山県陸軍大将とも親友だから、誰も何も言えなかったという側面があるが」
本多海兵本部長は考え込んだ。
「天皇陛下に実際の作戦指導を行っていただくのはご無理です。作戦指導に失敗があった時に天皇陛下に責任を取っていただくわけにはいきませんから、結果的に誰も責任を取らない無責任体制になります」
林中将が言った。
「それならば、首相が陸海軍の作戦指導を調整して失敗があったら、首相が辞任して責任を取るべきだというのか」
「私はそれがまだマシだと考えます」
「仕方ない方法だろうな」
本多海兵本部長は渋々肯いた。
「わしは、山県元帥や小倉処平、榎本武揚予備役海軍中将といった知り合いを全部動かしてみる。林も知り合いを全部動かせ」
「桂首相や乃木中将、犬養毅といった知り合い全部を動かしてみます」
林中将も同意した。
北白川宮軍事参議官は思った。
いつの間にか、海兵隊の政治力も強くなったものだ。
これなら何とかなるかもしれないな。