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第2章ー9

 8月8日の朝、旅順艦隊司令部が置かれている建物に三々五々と旅順艦隊の各艦の艦長が集まった。

 建物内の会議室に各艦の艦長と共に、旅順艦隊司令部の参謀も全員が揃い、旅順艦隊臨時司令長官のウィトゲフト提督の会議室への到着と発言を待った。


 会議室に現れたウィトゲフト提督の顔色はいいとはいえなかった。

 だが、表情は死刑台を前にして死を覚悟した死刑囚のように達観しているように見えた。

「旅順艦隊臨時司令長官として、次の命令を発令する」

 そこで、ウィトゲフト提督は言葉を切った。

 会議の参加者全員が次の言葉を待った。


 ウィトゲフト提督は発言した。

「旅順艦隊はその所属する航行可能な全艦と共に、8月10日朝を期して出航する。目標はウラジオストックである」

 その言葉を聞き終わった会議の参加者は騒然となった。

 誰もがその無謀なことが分かっていたからだ。


「本官が艦長を務める駆逐艦の航続力では、ウラジオストックに戦闘を行った後でたどり着けるとは思えません」

 ある駆逐艦の艦長が言った。

「戦闘を行うと平時の航海と異なり、大量の石炭が消費されます。平時でしたら、駆逐艦の航続力はウラジオストックまでたどり着けますが、戦闘を切り抜けてたどり着くのはほぼ不可能です」


「戦艦のレトヴィザンは損傷しており、無理をしても12ノットが限界、浸水を発生させないためには10ノット以下に速力を制限する必要があると思料します。レトヴィザンも連れていくのですか?」

 旅順艦隊司令部の参謀の1人がウィトゲフト提督に尋ねた。


「我が艦の副砲どころか主砲の一部は既に旅順要塞防衛のために転用されています。他の艦でも副砲の一部を既に下しています。このような状況なのに出航しては、戦艦同士の砲撃戦でも不利ですし、水雷艇や駆逐艦の夜襲に充分な対処はできません」

 戦艦セヴァストポリの艦長も疑問を呈した。


 会議に参加している他の参加者も口々に旅順艦隊の全艦出航命令に疑問の声を挙げた。

 ウィトゲフト提督はその声を暫く黙って聞いた後、おもむろに口を開いた。

「諸君の言いたいことは分かる。だが、これは皇帝陛下の勅命なのだ」

 その言葉を聞いた瞬間、会議の参加者全員が水を打ったように沈黙した。


「皇帝陛下によると、旅順艦隊司令部がウラジオストックへの旅順艦隊の全艦回航命令を拒み、旅順要塞と運命を共にすることは、我が海軍の軍艦旗、聖アンドレーエフ旗を汚すことになるらしい。そのように勅命で言われては、私もウラジオストックへの旅順艦隊の全艦回航命令を下さざるを得ない」

 ウィトゲフト提督は言って、おもむろに会議の参加者を見回した。


「明日、8月9日は旅順港前面の機雷掃海作業を行い、8月10日明け方を期して、全艦を旅順港から出航させる。出航直前に全艦に対して私に万が一のことがあった場合に備えて封緘命令を渡す。私に万が一のことがあったら、その命令に従うように。これは命令である」

 ウィトゲフト提督の発言に、参加者全員が敬礼して答えた。


「それから、今夜は各艦で出航前の宴会を開け。ウオッカを好きなだけ出せ。艦の経費で落としていい。公私混同だが、わしが許可する」

 ウイトゲフト提督は口調を改め、優しげな口調で言った。

 その発言の真意を悟った一部の参加者は落涙した。

 提督は出航したら、生きて還れぬと覚悟を固めているのだ。

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