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第2章ー8

 旅順艦隊司令部は、この旅順要塞防衛のために艦載砲の一部を転用するという判断について事後承諾を求めるという形でアレクセーエフ総督に連絡した。

 旅順艦隊司令部にしてみれば、勝算絶無の旅順艦隊の全力出撃を行うよりは、艦載砲を旅順要塞守備に転用し、旅順艦隊の水兵を旅順要塞防衛の陸戦部隊に再編制して投入するのが、現在の旅順艦隊の戦力からして、日露戦争で祖国、露の勝利のために最善であると判断しており、アレクセーエフ総督も、旅順艦隊の現状について何度も電文で報告している以上、現状認識から自分たちの判断に同意すると考えていた。

 だが、アレクセーエフ総督は自分の世界の中で生きており、旅順艦隊の現状が全く分かっていなかったのである。


「旅順艦隊司令部宛、皇帝陛下の勅命により、旅順艦隊はその総力を持って、速やかに旅順港を出撃、ウラジオストック港に全艦を回航せよ。図上演習は所詮、図上演習であり、実戦ではない。旅順艦隊が出撃しないことは、ロシア海軍の軍艦旗、聖アンドレーエフ旗を汚すものであり、神の加護を祈念して、万難を排して出撃せよ。さすれば旅順艦隊は必ずやウラジオストックにたどり着けると皇帝陛下は確信されている」

 アレクセーエフ総督からの命令が電文として、旅順艦隊臨時司令長官のウィトゲフト提督の下に届いたのは8月7日のことだった。


「馬鹿な」

 ウィトゲフト提督は愕然とした。

 旅順艦隊が全力出撃しても勝算が無いこと、そして、艦隊の現状が悪化していることについては、再三再四の電文で説明してきたのである。

 それなのに、このような電文が届くことになるとは。


 皇帝陛下の勅命と言うが、皇帝陛下がアレクセーエフ総督の進言を受け入れただけに決まっている、皇帝陛下から旅順艦隊の出撃を直接命じるわけがない。

(実際にそうだった)


 アレクセーエフ総督は海軍大将なのに、旅順艦隊の現状が全く分かっていない。

 ウィトゲフト提督は、足元が崩れていくような感覚に襲われた。

 提督の顔色が急変したことに気づいた副官が慌てて声をかけた。

「どうかなさいましたか」


「これを読みたまえ」

 提督は、副官にアレクセーエフ総督からの電文を示した。

 旅順艦隊臨時司令長官必親展の添書きがあったが、最早、気にもならなかった。

 慌てて、その電文に目を通した副官も顔色を急変させて、絶句してしまった。


「どうやら、勇敢に戦って死ね、ということらしい」

 ウィトゲフト提督は、しばらく瞑目した後で達観したような表情をあらためて浮かべた。

「おそらく、旅順艦隊が日本軍の砲撃を受け始めたことや艦載砲の一部を旅順要塞防衛に転用したことがアレクセーエフ総督の逆鱗に触れたようだ。明日、艦長以上を集めた会議を開く。その手配を至急してくれないか。その席で、私から直接、旅順艦隊の全力出撃命令を下す」


「分かりました」

 提督の表情を見た副官は、自らの表情を慌ててあらためた後、提督に敬礼して、提督の下から去って行った。

 副官が自分の下から去った後、提督は1人で空を見上げた。


「勇敢に戦って死ねか。言うのは簡単だ。だが、実際にやるのは困難だ。旅順艦隊所属の艦船のうち何隻がウラジオストック港までたどり着けるだろうか。おそらく1隻もたどり着けまい」

 提督は独白した。

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