第2章ー5
会議が終わったのは日が暮れてからだった。
幾ら8月初めとはいえ、日が暮れるのはそれなりには遅い時間になる。
午前中に始まった会議が日暮れ以降になるまで続く羽目になるとは。
会議に参加した全員が疲れ切る羽目になった。
「本当に疲れたよ」
海兵師団長を務める林忠崇海兵中将は、海兵師団司令部に帰着してすぐにぐったりと身体を投げ出しながらぼやく羽目になった。
すぐ傍では、海兵師団参謀長の内山小二郎少将も疲れ切った顔をしている。
「お疲れ様です」
他の師団参謀たちと共に、土方勇志少佐は林中将たちを労わった。
「それで、どういう話になったのです」
土方少佐はつい林中将に会議の結果について尋ねてしまった。
「我が師団の参謀は、師団長に対する労わりが無いな」
林中将は目を笑わせながら言った。
土方少佐は赤面してしまった。
「師団参謀が会議の結果について気になるのは分かる。会議の結果について述べる」
林中将は顔色をあらためて発言した。
「旅順要塞を急襲するという考えは、乃木第3軍司令官によって明確に否定された。第3軍は工兵を駆使し、戦国時代以来の武田家の軍法に則った戦法で、旅順要塞を攻略することになった」
林中将は言った。
土方少佐たちは思わず顔を見合わせてしまった。
そんな古い戦法で旅順要塞は落ちるのか。
「お前たちは、戦史をきちんと研究してきたのか」
林中将は土方少佐たちの内心に気づいたのか、叱責するような口調になった。
「西洋のローマの戦史で、帝国以前のいや東ローマ帝国滅亡までのローマの戦史において、ローマが最大の打撃をこうむった戦いの一つがカンネーの戦いだ。その戦いは2000年以上前の紀元前の戦いになるが、この戦いにおいてローマの敵、カルタゴ軍が行った包囲殲滅作戦は20世紀現在、役に立たない作戦になっているか」
林中将は詰問するような口調で、師団参謀たちを糺した。
「いえ、そんなことはありません。包囲殲滅作戦は現在でも有効な作戦です」
師団参謀の1人、岸三郎中佐が慌てて答える羽目になった。
「そうだろう。古い戦法だからといって役に立たないとは限らない」
林中将は言った。
内山少将も横で林中将の発言に肯いた。
「さて、旅順要塞によって護られている露太平洋艦隊については、間接砲撃を駆使する戦法で旅順港から追い出すことになった」
少し疲れが癒えたのか、生気を少し取り戻した表情になった内山少将が林中将の発言の後で言った。
「大孤山を観測所として確保できたおかげで、海軍本体から派出された重砲隊が旅順にいる露艦隊に砲弾を浴びせることが可能になった」
内山少将は悪い表情を浮かべた。
「砲弾の雨が降る中でどこまで冷静に艦隊が立て籠もっていられるかな。海軍本体が派出したのは重砲とはいえ15センチ以下の砲に過ぎないが、艦艇の非装甲部に損害を与えることは可能だ。少しずつ損害が累積しているのを眼前にしながら、艦隊の籠城を続けるのは、艦隊司令部にとっては地獄だろう」
土方少佐は思った。
自分の乗る艦が一方的に砲弾を浴びて傷ついていく。
艦の乗組員にとっては地獄の世界だ。
全滅覚悟で出撃するか、それとも耐えがたきを耐えて愛する艦が傷つくのを黙って座視するか。
露太平洋艦隊司令部は苦悩するだろう。
海軍軍人として、土方少佐は内心で露太平洋艦隊司令部の面々に対する同情の念が沸き起こり、思わず内心で落涙した。
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