第1章ー15
「その我らの最良の弟子は我らの友人と戦う羽目になった。どういう経緯をたどると元参謀総長は見るかね」
シャノワーヌはブリュネに尋ねた。
「弟子たちは旅順要塞攻略に赴くでしょう。旅順港閉塞を日本海軍は試みていますが、2回やって共に失敗しています。もう試みても旅順港も厳重に警戒していますし、成功するとは思えません。そうなると旅順要塞を攻略するしかありません。最も弟子たちは1個師団しかいませんから、陸軍から2個師団か3個師団を借りて攻略することになるでしょう」
ブリュネは答えた。
「ふむ。旅順要塞陥落の公算は。露陸軍は東洋一、世界屈指の要塞だと豪語しているが」
「露の発言が当てになるとでも?日露戦争勃発の経緯から言っても、日本の陸海軍の正確な実力評価ができていそうもないのに。それはともかく援軍が来ない孤立した要塞はいつか落ちます。クリミア戦争でセヴァストポリ要塞が落ちたように」
「いつまでに落ちる」
「年内には」
「えらく弟子たちを高評価しているものだ」
「我らの母校、フォンテンブロー砲工学校が工兵士官として極めて優秀と評価した林が弟子たちを率いているのですよ。それから後も俊英が日本から何人も来て、我が国の最新の工兵技術を学んでいるのです。ヴォーバン元帥以来、我が国の要塞の攻防戦に関する水準は世界最高峰を誇ります。その精華を弟子たちは示してくれると信じています。陸相殿」
ブリュネは言った後でしまったという顔をした。
「気にするな。自分の信念を貫こうとして、身内に猛反対されて辞職しただけだ。辞職して気が楽になったよ。不祥事を明かすのがあれ程、困難だとは思わなかった」
シャノワーヌは微笑んだ。
ブリュネは思った。
シャノワーヌは陸相当時、ドレフュス事件の真相を公開しようとしたが、陸軍の不祥事を明かすことになると身内が猛反対して徹底的に非協力を貫き、辞職する羽目になった。
ゾラは「私は弾劾する」の中でフランスの良心を示したとシャノワーヌを称賛したが、陸軍の多くの友人からシャノワーヌは絶交されて、今では私くらいしか陸軍の友人はいない。
シャノワーヌはサムライの心を見習っただけだと言っている。
サムライの心か、ブリュネは思った。
私もかつて日本でサムライに感化され陸軍を脱走した身だ。
お互いの友誼が絶えないのは、サムライの影響だろう。
「ところで、友人と弟子とそれぞれから金を借りたいと言って来ているのだが、どちらに金を貸すべきかな。両方に貸せるだけの金はないのだ」
シャノワーヌは話を変えた。
「弟子ですな。弟子は貧乏ですが、借りた金はきちんと返す主義です」
ブリュネは答えた。
「友人の方がいざという時の資産がありそうなのだが」
「踏み倒しはないとは思いますが、100年程前とか、50年程前とかは大喧嘩した仲ですよ。それに今でも敵の敵は味方だからということで友人になっただけです。その点、弟子と大喧嘩したことはないですからね」
「ふむ、4月末まで待って決めるか。陸戦の結果が出るだろう。弟子に金を貸すことになりそうだ」
シャノワーヌは言った。
外債にどう投資するか、か、ブリュネは思った。
シャノワーヌも日本の外債を購入する気だな。
自分も日本の外債を買うつもりだ。
戦争外債は勝つ方に投資せねば。
敗ければ紙くずになる。
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