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八話 帰り道

「待たせてごめんね」


この前と同じ、片づけを早く済ませてくれて、ごめんねと言ってコートに腕を通す。


この前と違う点はあたしがあの時以上に意識をしていること、そしてあたしの容姿。



「確か大学生って言ってたよね?」


帰り道彼は突然質問をしてきた。



「は、はい」



突然声をかけられたものだからあたしの声は上ずってしまった。


恥ずかしくて顔を俯かせれば、彼はそんなことなど気にしないと言うように再び口を開けた。



「そっか、それじゃあ今日のその恰好。学校で何かあったの? 時期的に言えばなんだろうか。

卒業式とか?」



彼はあたしの様子を見ながらそう言った。


「あっ、いえ、これは」



あなたに会うため、あなたに気に入ってもらうため。


でも、そんなこと言えるはずがない。



「ごめんごめん。女の子ってお洒落には意味はないよね。今時の大学生らしい恰好だよ」



彼の言葉が少し冷やかな気がした。

気がしただけで気のせいかもしれない。

気のせいだけど、でもやっぱりちょっと引っかかる。



聞きたい。

あたしもこの人のことを知りたい。



そう思っても

何から聞けばいいのか、どんなことなら聞いてもいいのかわからなかった。



しばらく沈黙が流れた。

この道はそれほど人通りは多くない。

時間も時間なだけに周りはとても静かだ。



「そういえばこの前の本だけど」



彼が声を出すとあたしの体は大きく反応してしまう。


彼はきっと不思議に思っているに違いない。

もしかしたら怯えてると勘違いされているだろうか。



恐る恐る彼の顔を見上げれば、彼は笑っていた。



「いつも色んな本読んでいたよね。本好きなんだ」


「はい」



「そっか、俺もよく高校時代本読んだなー。って言っても、男なのに料理本とか、珈琲の本ばっかりだけどな」



彼の口調が少し砕けたものになっていた。


それが嬉しくて、でも驚いて彼を見つめていると、彼は恥ずかしそうに頭を掻いた。


「やっぱり変だよね。料理本ばっかり読んでる高校生なんて」


「えっ、あっ、いえ、そうじゃなくて」



あなたの口調に驚いたんです。


そう素直に言えたならどれだけいいだろうか。



「やっぱり、警戒してる? 俺ってやっぱり怖いのかな?」



彼は少し寂しそうに言った。



「こ、怖くなんかないです。す、すごく・・・。

すごく優しいです」



声を上げたり呟いたり、まるで情緒不安定な人みたいだ。


ただ普通に話したいだけなのに。


「そっか、緊張してるんだね」



彼はそんなあたしにも優しく微笑んでくれた。



「ごめんなさい」



あたしはあの日のようにまた立ち止まった。



「どうしたの?」


彼は困ったような、悲しそうな声で聞いてきた。


それでもあたしには答えられない。

何から言えばいい。何を言えばいい。


あたしの頭の中は真っ白になっていた。




そんな折風が吹き抜けた。



「ひゃっ」


思わず声を出したあたしに彼は肩に手をおいて「夜は冷えるから早く帰ろう」と言ってあたしを歩くように促した。



彼に触れられたことに心臓の鼓動が早くなる。

これ以上早くなったら死んでしまうかもしれない。


そんなことを本気で思いながらもおずおずと歩く。


さっきのことで彼はあたしの半歩後ろを歩いている。




本当は並んで歩きたい。

でも・・・。



「あっ、あたしの家ここです」



そんなことを考えていると徒歩十分はあっという間に来てしまって、気づけば自分の家が目の前にあった。


「可愛い家だね。一軒家なんて羨ましいなー」



彼はそんなことを言いながら微笑んでいる。


あたしはその顔を思わずじっと見つめていた。

彼はあたしの視線に気づいたのかあたしの顔を見つめた。




それまでならすぐに逸らしていた目を、何故だかすぐには逸らせなかった。



彼も何故だか逸らそうとしない。



見つめあう形になって、彼の目にあたしが映っているのが見えた。




「それじゃあ俺はここで、また来てね」



彼は思い出したようにそう告げると、元来た道を歩いて行った。


彼の家はどこにあるのだろうか。

もしかして真反対の道を歩いて来てくれたのかもしれない。




あたしは彼の背中が小さくなってもじっとその姿を見つめていた。



彼の背中が見えなくなったところであたしは弾かれたように家の中に入った。



家に入って、部屋に入って、ようやく気付いた。



ようやく気付いてあたしの顔は急に熱くなった。



彼と見つめあっていた時、あたしが考えていたこと、それを考えると顔が赤くなってまた鼓動が早く鳴っている。




「こんなのあたしじゃない」



そっと鏡を見ればいつもと違う自分の姿。



心も外見も自分じゃなければ、今のあたしは一体なんだというのか。



彼は、どちらのあたしがいいのだろうか。

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