二話 相槌の嬉しさ
「ありがとうございます。それ、中学時代からずっと読んでるんです」
促がされるままに席に座り、珈琲を淹れに向かう店員さんの後ろ姿にそっと呟いた。思った以上に小さな声しか出てこなかった。きっと聞こえていないだろう。
「そうですか。本当に気に入ってらっしゃるんですね」
届いていないと思っていた言葉は、店員さんの耳にしっかりと聞こえていたらしい。聞こえていたことにも驚いたが、振り向いて答えてくる店員さんの表情を見ると、まともに目を合わせられなかった。なんて、そもそも男性をまっすぐに見つめられたことなんて一度もないんだけど。
いつもは一番奥の席に座っているので、カウンター席に座るのは変な気分だ。いつもは見えない厨房の景色。そう言えば、今までは店員さんに興味を向けたことなんて一度もなかった。
「大学生ですか?」
珈琲を淹れながら突然店員さんが話しかけてきた。静かだった店に突然声が聞こえてきたので、飛び上って驚いてしまった。
そんなあたしの様子を見て、店員さんは優しく微笑んでくれた。その表情に、またあたしの心臓が跳ね上がった。
「そう、です」
絞り出すように声を出せば、店員は「そっか」と言ってくれた。
あたしが言葉を返す度に反応を示してくれるのが嬉しい。自分の言葉をきちんと聞いてくれている事実がとても嬉しい。
「はい、珈琲どうぞ。もうすぐで片づけ終わるからそれ飲んで待っててください」
店員さんが妙なことを言うものだから、あたしは珈琲を受け取らずに店員さんを見つめていた。
「もう遅いから、送っていきますよ」
不思議そうに見つめるあたしに、店員さんは笑顔でそう言ってくれた。
送る?あたしを送ってくれるってこと?どうして・・・。
その時あたしの頭の中には、夜道を二人で歩き、途中で何故か変なムードになって、そのまま彼氏の家に行く、というどこかで見たような映像が流れてきた。
きっと変なドラマの見過ぎだ。勝手に想像して赤くなった頬を、温かい珈琲のせいだとごまかすように、珈琲を一気に口に含んだ。
本当に馬鹿だな。何考えているんだろう。
それでも送ってくれると言う言葉が妙に嬉しくて、あたしはそれから何度も店員さんの背中を見つめては珈琲カップに視線を落とすのを繰り返していた。