ABCD包囲網 弐
やあ、皆さん健やかにお過ごしでしょうか。
私は日出照子。珍味を食べてみたいイケメン(らしい)方々に、入れかわり立ちかわり用もないのに話しかけられる比較的不細工な推定女の子(笑)。
先日茶飲み友達までイケメンだった(らしい)という事実におののいている。(前作参照)
わが社は美形か不細工かしかいないのだろうか。
といっても美形も不細工もそうといわれないとわからないんだが。
そう、私には世間一般にイケメンとか美形とか目もくらむ美しさとか凄みのある美人とかが理解できない。
といっても、自分の感性が育っていないわけではないとは主張しておく。
美しいと思えるものだってある。そう、例えば歌舞伎役者とか。
女形のあの麗しさ、妖艶さは女にはまねができない領域で美しいと思う。
歌舞伎座に足を向けるほど熱心なファンではないが、テレビの特集はちょくちょく見ている。自分女だけどうわー色っぺーと思うもんな。
ああ、あと女の子可愛いよね女の子。
小さい子は無邪気であれば大体可愛いけど、可愛くあろうと頑張ってる女の子は、たとえ方向性が間違っていたとしても可愛いよね。
そして自身の美に全力を注ぐお姉さま方なんて各々がもう天使とか女神じゃないだろうか。わざと堕天して小悪魔やっちゃう女性陣なんて許可さえいただければ即抱きつきたい。
しかしお嬢さん方やお姉さま方は基本的にヒラの事務である私とは職種が異なるためお忙しく、あまりかまってもらえない。お嬢さん方やお姉さま方とお近づきになれるのは、女性陣から直接ご用命のある場合やお昼・休憩時間の時くらいしかない。
しかし今日の私は機嫌がよかった。なぜなら、今日は特に!大好きな!先輩から連絡があり、直接お会いできるご用命を承ったからだ。
それが楽しみ過ぎて仕事が進むこと進むこと。
「ショーコ!」
あと数分でお昼!と時計を見上げたところへ、後方から大きい声で誰かが呼ばわった。
声の出所に視線をやると、別のチームのリーダーさんである米沢さんだった。
すぐに私を見つけ、何度も名前を呼びながら向かってくるのでしぶしぶ立ち上がる。
決して私が礼儀を尽くした丁寧な人格だからではない。座ったまま百九十オ-バ-の人を見上げると首がすごく疲れるためだ。一回それを何の気なしにやって、首を痛めかけた。
ちなみに、米沢さんは周囲に言わせると「金髪碧眼で一見して王子かと見まごう整った顔立ちだが喜怒哀楽が特盛りで表現されているため冷たい印象はなく、むしろ人懐こい親しみやすさがある。ライバル社との交渉の際の真剣な表情とのギャップがたまらない。しかも入社わずかでリーダーに抜擢されるほどの逸材」らしい。
確かに米沢さんの頭はオムライスを連想させる鮮やかな黄色をしているな。
私はオムライスは断然ふわトロ卵派である。
「何の御用ですか」
「ン、ああ、仕事の話じゃないよ。...ぼうっとして、何を考えてたんだ?」
俺のことだったら嬉しいんだけど、と近場から笑顔を振りまいてくる。
その笑顔に、周囲のお姉さま方がうっとりとしていた。米沢さんは常時発動スキルとして「魅了(お姉さま方向け)」を持っているに違いない。単純に羨ましい。
「今日の昼ごはんどうしようかなあと思ってました」
「! ならちょうどよかった。一緒に昼食べに行こうよ。おごるよ?」
「おごられる理由もないのにおごられてもうれしくないです」
「じゃあ割り勘で」
「はあ。まあ今日は約束がないので良いですが」
「ほんとう?やった!」
このリーダー様は帰国子女だからか、身振り手振りが基本大きい。実際今にも飛び跳ねかねない。
...あ。
「あ、お姉さま方に呼ばれている! ちょっと失礼!」
「え、ちょっと、ショーコ!」
米沢さんの背後から私を手招いていたお姉さまにいそいそと近づく。
お姉さま方がなにやらこっそり私に耳打ちしてくる。
「日出さん、米沢さんと一緒に食べるのよね...?」
「そうですねー」
「日出さん、****の通りの****ってお店知ってる?席数あって安めで美味しいのよ」
「へえ、そっちの通りの店は知りませんでした」
「案内するわ。席に余裕があったら、私たちもご一緒して良いかしら」
「喜んで!」
ええもう心から歓迎いたしますお姉さま方!!
「...ただいま帰りました」
「...嬉しそうだねえ」
「はい。お姉さま方がお勧めのお昼を教えてくれまして。連れて行ってくださるそうです。米沢リーダー、お昼そこでもいいですか?」
「エ-...ふたりっきりじゃないのか?どうしようかな...」
米沢リーダーは気が進まないらしい。渋る理由がまったくわからない。男性陣がほとんどいない状態でお姉さま方に囲まれるなんて、それなんてハ-レム?普通に羨ましい。
それともイケメン様は日常茶飯事で飽きたとでも言うのだろうか。普通に嫉ましい。
「おや、日出。こんなところで会うとは珍しいね」
唸っている米沢リーダーを眺めていると、ほど近いところから低い涼しい声がした。
振り返るとそこには
「あ、中道部長」
「今はお昼休みだろう?名前でかまわないよ」
「は-い」
わが社が誇る情報部部長が立っていた。
久々にお互いの顔を確認し、ぽんと肩をたたいてくれる。
確かに、社内でも奥まったところにある情報部の部長が、地表に近い私のフロアに来るなんて珍しい。
中道部長について周囲が語るには、「黒々とした御髪に思慮深い黒い瞳。年齢以上の貫禄と懐の深さと、そして大胆かつ繊細な仕事ぶり。耳元であの低いお声を聞いたら確実に腰が砕けるわ...抱いて!」とのこと。私の知人はナイスミドルが好物らしい。
「え?」
「どうかしました? 米沢リーダー」
「えっと...ヒノデ...さんって中道部長と知り合いなの?」
「はい、まあ、実は親戚でして」
言ってませんでしたっけ...ああ、そうか。私の同期以上には今更なネタ(全 然 似 て な い !爆笑)だけど、米沢リーダーは後輩だった。
「大きい姪でしょう?」
「へえ...叔父と姪ですか」
正確には大叔父と姪になるんだったか。でも私は小さい頃からおじさんで通している。
おじさんは米沢リーダーに気安く話しかけている。米沢リーダーは一応上役相手だからか、厳しい顔をしている。
二人が話すのは問題ないんだが、昼に行く話しはどうなったんだろう。お姉さま方は待ってくれているけど、お待たせするのはひどく心苦しい。それにランチタイムは早く行動した者勝ちなんだよ!
すると、おじさんが唐突に笑顔を振りまいた。
「照子。昼でも一緒にどうだい」
ん?ああ、勤務外だから名前で呼ぶのか。
「...あー。お姉さま方から誘われているので、また今度」
「そう。なら今度の掃除のときにおやつでも用意しようか」
「おじさん...わたしは五歳児じゃないんですが」
私が随分小さい頃、おじさんに餌付けされたことがあるらしい。
私はその時からふてぶてしいお子様だったに違いない。
「たまには顔を見せにおいで。お前が食べてるのを見るのは良い息抜きになる。照子は幸せそうに食べるからね」
そんな憎たらしいお子様でもおじさんにとっては可愛い親戚の子であるらしい。
はいはいと軽く返事をしようとしたそのとき、
「ショーコ!もうそろそろランチへ行こう!部長、俺たちはお先に失礼します!」
まだ目つきの厳しい米沢リーダーに両肩をつかまれ追い立てられた。
目の端でおじさんを確認したら、相変わらず笑顔だったので、
(また今度謝っておけばいいか。機嫌良さそうだし)
なすがまま米沢リーダーとお姉さま方に連行されたのだった。
「とまあ、先日から英川リーダーとの遭遇、蘭山課長の顔面偏差値暴露、米沢リーダーとのお食事と中道部長との邂逅と、最近いろいろあったわけです。
あ、そうそう。あのあとお嬢さん方がきゃあきゃあ愛らしい声で『日出みたいな普通の人間にかまって何が面白いのよ!?』というお話をしたんですが私にもよくわからないんですよどう思います独楽地先輩」
午前から待ちに待った先輩直々のご用命。基本的には書類整理だが、数が多いだけなのでおしゃべりをする余裕はある。
女性陣とお話をするだけで一日楽しく過ごせる私だが、今日は独楽地先輩が相手。午前中からギリギリかけていた箍が外れている自覚はある。
独楽地先輩は、才色兼備、眉目秀麗の呼び声高い。うちの会社で一二を争う美女らしい。長い黒髪は解くとぬばたまに緑がかかり。仕事中はそれを一まとめにしている。細面には勝気そうな、少し釣りあがった目が輝いている。
通った鼻筋に不敵に婉曲する柔らかそうな唇。足を組んで堂々とたたずむ姿は、私にそのケがなくても女王様!と声をかけたくなるほど決まっている。そして私以外にも独楽地先輩をお姉さまと慕うものは多い。
「ふぅん...まあ、あいつ等について言えば、単に日出ちゃんと仲良くなりたいんじゃない?」
「仕事以外で男性と話しているだけで十分じゃないですか?」
「え?日出ちゃん、男嫌いだったかしら?」
「いえ、男性に対して扱いが雑なだけで男性が怖いわけではないです」
「握手とかは?」
「問題なく」
「ハイタッチとかハグとかキスとか」
「ハイタッチはともかく、ハグもキスも独楽地先輩やその他女性のかたがたから受けられれば喜んで...!」
「いや、だから男にだってば」
「ううん...男性にそういうことをしたこともされたこともありませんで。かろうじて父親くらいですかね。幼少のみぎりです」
「それじゃあ、例の四人の中で試すとしたら誰?」
「エ-...どうしても選ばなきゃならないなら中道部長ですね。なんてったって親戚ですし」
といっても、仕事上お互いに親戚だからといって特別扱いすることもされることもない。
「蘭山は?同期なんでしょ?」
「蘭山さんもですが、米沢さんも英川さんも抱きついたらシャレにならない人たちじゃないですか。私にお嬢さん方を泣かせろとおっしゃる?」
大体ヒラの事務員に抱きつかせに行くには全員ハードルが高過ぎやしないだろうか。
「中道部長ならシャレになるの?むしろ一番ダメなんじゃない?」
「あれで洒落っ気のあるひとですから。やらかしたあと誠心誠意謝れば許してくれますよ、きっと」
「ふぅん...どうやらうまく手懐けているようね、中道...」
「へ?」
「いえ、なんでもないわ。じゃあ、彼らから抱きつかせてって言われたら?」
「お断りですよもちろん」
「やむにやまれぬ事情があっても?」
「う-ん...まあ、事情があるんなら。
でもそこまでたいそうな事情があるなら、他の女性のところへいけばいいと思うんですよ。
彼らは名高いイケメンなわけでしょう?ハグしてくれる人なんて探せばいくらでもいると思うんですマジでうらやま妬ましい可愛い女の子こっちにまわせ」
「はあ...ダメだわ-。こりゃ。脈があるか以前の問題だわ」
「可愛い女の子マジ可愛い...へ?」
「ああ、うん。こっちのこと...極端な質問してもいいかしら?」
「はいどうぞ?」
「日出ちゃんって男と結婚する気ある?」
「私の女性への愛はあくまで敬愛親愛友愛ですので。結婚するなら普通に男性とでしょうが、いまひとつぴんとこないですね。結婚してまで一緒にいたいと思った人がいないので」
「結婚は手段なわけだ?」
「ですね。好きな人と一緒にいられるうえに、国から援助されるなんておいしいじゃないですか」
「確かに...ってことは、結婚しなくてもいいってこと?好きな人と一緒にいられるなら」
「ですね-」
「結婚式は?」
「私のウェディングドレスなんて、私にとっても客にとってもバツゲ-ムじゃないですか」
「ううん...すまない、みんな。私ではこの子の頭を恋愛脳にするのはむりっぽい」
照子さんの優先順位は
女性・子ども>>>(越えられない壁)>>>男性。
多分家族や未来の伴侶が越えられない壁の上で休憩してたり壁の向こう側へのパスを持っています。
照子さん自身は普段壁の周囲をうろうろしていますが、女性陣からお呼ばれしたら越えられない壁を越えてきます。
前作お気に入りに入れてくださった方ありがとうございます。今後は他面々のこぼれ話や裏設定を時々活動報告に書き逃げして終わろうと思います。
ここまで読んでいただきありがとうございます!