とりかご
それは、金色の格子で人を閉じ込めた。どことなく丸みを帯びていて、まるでとりかごのような形をしていた。普通のとりかごと違うところは、その規格外の大きさと、上は筒抜けであるところだけである。『だけ』というには大きな違和感があるが、僕はそれをとりかごだと認識していた。
とりかごのなかには花畑があって、彼女が一心不乱に花冠を作っている。
そう、とりかごの中には少女が一人いた。僕は彼女を、とりかごの外から見ているだけ。中には決して入ることができなかった。言葉さえ届けることはできない。
それでも僕は、外側で突っ立って彼女を見つめていることがお気に入りだった。彼女を見ていると、どちらが閉じ込められているのかわからなくなる。そっと格子に触れてみるけれど、こちらとあちらは交わることがない。
たった一人で花冠を作っている君。その花冠は、製作者の手でまたただの花に戻される。その瞬間が、たまらなく好きだ。僕は見ているだけなんだけど。
そんな幸福の花畑に、いつからかあいつが現れた。そいつは初め、寝ぼけた顔で彼女を見ていた。彼女は我関せずという顔で花冠を作っている。
「コンニチハ」
どこか億劫そうに言葉を発したあいつに、やっと気づいた彼女が振り向く。ちょっと首を傾げた彼女の表情を僕は見た。僕ではどうしても動かせなかった、その表情を。
「あんたはここで、何をしているの?」
冠を、と呟いた彼女はしきりに首をひねる。あいつの存在よりも、自分が出した声に驚いているようだった。
「こんなところで寂しくないの」
「寂しくないわ」
わからないけど、たぶん、と彼女は自信なさげに言う。
「飛んだら?」
あいつの言葉に、僕はぎょっとする。なんてことを言うのだろう。飛べるはずなんか、ないのに。
彼女もそう思ったようだった。ちょっと不安な顔をして、また花冠を作り始める。
ねえ、と尚もあいつが言う。
飛んでみなよ。
心を乱された彼女は、知らん顔をしながらも冠を作る手が止まっている。
「あなたは飛べるの?」
「飛べるわけないじゃん」
無責任なあいつは、そう言い放った。
僕はとりかごの外で、腹を立てていた。なんて無責任なことを言うのだろう。どうしてそんなにも簡単に、この幸福の花畑を壊すのだろう。
「でもあんたにはできるよ。あんたが落ちるような想像ができないんだもん」
その日から、彼女は格子を登ってとりかごの一番上を目指し始めた。
「無理だわ! 落ちてしまう」
「まだ落ちても怪我さえしない高さじゃないか。落ちたらまた登ればいいよ」
もちろん僕は冷や冷やしていた。どうしてそんな奴の口車に乗せられてしまうのかと彼女に苛立ってもいた。
それでも、嬉しくなかったわけじゃない。もしかしたら、彼女はこちらの世界に来られるかもしれないのだ。
「やっぱり無理。落ちたらどうするっていうの!」
「その時は後を追ってやるよ! 下を見ないで登って」
彼女は危なっかしくも上へ上へと登っていく。不意に、僕は切なくなった。こんなにも頑張って、やっぱり飛べない彼女が可哀想になったのだ。だから僕は、力いっぱい「頑張れ!」と叫んだ。もちろんその声は届かなかっただろうけど、彼女が声援に答えるように力強く腕を伸ばしたのが見えた。
「もうちょっとよ。もうちょっとで届きそう。ねえ、落ちるのが怖くなくなってきたわ。だってわたし、飛べるんだものね?」
あいつは返事をしない。ただ、遠ざかる彼女を眩しげに見ただけだった。
ついに彼女は頂上に立った。すうっと息を吸って、目をつぶったのが見える。
あいつはわかっていない。彼女には羽がないというのに。
僕は大きく腕を広げた。この腕は彼女を受け止めるだろう。
僕と君、どっちが潰れてしまうかな。できれば僕であってほしいけれど、二人一緒に潰れても素敵だね。
そんなことを思いながら僕は彼女をじっと見る。
彼女は静かに金色の格子を蹴って空中に飛び出した。
そして虹のようにいろんな光を反射させながら、
空高く飛翔した。
そして三人は、それぞれ独りになった。