まどか心中 50音順小説Part~ま~
廻っていた。人の首が。
先程まどかが救った人だった。
だが今は白目を剝き口から舌がだらりと垂れていて、回転木馬の馬の背に乗せられていた。
白馬が血によって少しずつ赤い馬へと変わりつつある。
首より下は床に放り投げられておりその死体の前に一人の少女が立っている。
かつて首があった場所から赤黒い血が流れ
足元が血だまりになっているにもかかわらずそこを動かない。
その人を殺したのはまどかの親友、そこにいる少女みちるであった。
「どうして・・・・・・・」
「どうしてなの?みちるちゃん・・・。」
なんとか声を絞り出してそう問いかけた。
みちるは「どうしてって・・・」と苦しいとも憎いともいえる表情をまどかに向けた。
「あなたのせいなんだからっ・・・・・・・。」
遡ること半年前桜が満開の季節、学年が一つ上がり三吉まどかは中学二年生になったばかりであった。
「今日から中2だぁ。楽しみだな。」
といってもクラス替えがあるわけでもなくメンバーは変わらないのだが。
ピンポーン
チャイムが鳴り去年に引き続き今年も同じクラスで友達の壱原つばさが迎えに来た。
「まどかー。迎えに来たよ、行こっ!!」
「つばさちゃん~待ってぇ~。」
学校へと続く桜並木を歩くおどおどとした新入生の姿が目立った。
ちょうど1年前とまどいと喜びのなかこの桜並木を通ったことを思い出す。
「初々しいねぇ。うちらも1年前はあんなんだったんだね。」
「つばさちゃんは最初からこんな感じだったよ。」
「そうだっけ?」
「そうだよ。」
こうやってつばさともこの道を談笑しながら歩くのも1年近くになるのかと思うと
時が過ぎるのは早いものだとまどかは感じていた。
春風に誘われ桜の花びらがひらひらと舞う。
と、突然に突風が巻き起こり枝の先の花びらも地上に舞い落ちた花びらも一斉に宙へ流れ込む。
視界が桜色に染まったまどかが目を細めた先にある少女がこちらを見ていた。
それは美しい少女だった。
「うわぁー今のすごい風だったね。」
「あの子・・・・・・」
「ん?どうしたの、まどか。」
「今そこに女の子が・・・。」
「いないじゃん。」
まどかが指差した場所には誰も居ず、ただ並列に桜の木が立っているだけであった。
「見間違いじゃない?それよりも早く行こ、新学期早々遅刻はまずいよ。」
しかし脳裏にはしっかりとあの少女の映像が焼き付いていた、あれが見間違いであろうか。
「早く早くっ。」
まどかは後ろ髪を引かれながらもつばさに促されその場を後にした。
「Good morning!Every one.久しぶりですね!元気してましたか?
今日から新学期です、気を引き締めてがんばりましょう。」
必ず英文を混じらせながら喋るのも相変わらずだなと担任を眺め
続いて空いている横の席を見つめる。
どうやら変わり映えがないだろうと思っていたこのクラスにも新しい風が吹くようである。
「それではいきなりですが、このクラスに新しいStudentが来ますよ。
そのDoorの向こうにいます。では、二階堂さーん。Come Here.」
ガララと扉が開く、私は窓の外を見続けていたがクラスメイトの感嘆で
ハッと息を止める音が聞こえてくるように教室の雰囲気が一瞬で変わったのが分かった。
黒板の前にいる人物をチラリと見る、とそれはあの桜の少女であった。
やはり自分の見間違いではなかったのか。
長い黒髪が歩くたびにサラサラと揺れて切り揃えられた前髪から覗くキリリとした瞳は
理知的であり冷たさもありどこかしら人を寄せ付けないような感じがする。
「では、Miss二階堂。挨拶を。」
「この度父の仕事の都合でこちらに越してきました。二階堂みちるです。
みなさん、どうぞ仲良くしてくださいね。」
先程の冷たい瞳とは打って変わって笑顔を見せるみちるの華やかな美しさに
男子だけでなく女子もボォと見惚れてしまっている。
「じゃあ席はMiss三吉のBackで。」
「はい。」
彼女がすれ違う時目が合った、ドキリとした。
「久しぶり。」
微かな声に聞き流してしまいそうになったが確かに彼女はそう言った。
そしてその後の先生からのプリントを後ろへ回していく際に
「あの、二階堂さん。これプリント・・・」
その時の彼女の顔はとても悲しそうな表情であった、まるで裏切られたかのような。
何故みちるがそのような顔をしたのかその時のまどかには皆目見当もつかなかった。
放課後になり つばさと下校していると転入生の話になった。
「あの子、二階堂みちる。確かに美人で一見愛想良さそうだけど
なーんか胡散臭い感じがするんだよね。まぁあたしの勘だけど。
ねぇ、まどか聞いてる?」
「え?うん、聞いてるよ。」
「二階堂ってまどかの知り合い?」
「違うけど、どうして?」
「だって授業中もずっとまどかのこと見てたし、
ほかの人見る時となーんか違うんだよね。」
「どんなふうに?」
「ん~例えるならごはんを目に前に置かれて待てをずっとしていた犬みたいな。」
「何その例え、よく分からないよ。」
「ハハだよね~、正直あたしもよく分かんないわ。」
結局分かれ道に入って別れるまでつばさと話していたのはずっと二階堂みちるのことであった。
翌日、起きてきたまどかがすでに席に着いて食事をしている父が観ているテレビの
報道に自然と目がいってしまった。
それは今日未明に発生した殺人事件であった、それはなんとこの街で起きた事件であった。
「嫌ね、こういうこととは無縁の街だと思っていたのに。」
「無縁な場所なんてどこにもないさ、どんな場所だって起きるときは起きるさ。」
そう呟く母の言葉に父は厳格な性格らしい言葉で食事を終る合図とした。
学校に着くとみんな今日の事件で教室内は騒然としていた。
先生からはとりあえず犯人が捕まるまでは放課後の部活は早めに切り上げて
速やかに帰宅するようにすることというお達しだった。
「いやはや、新年度早々こういった事件が起きるなんてうちらって運がなさすぎるよね。」
「なんだか怖いね。」
「まどか気をつけなよー、あんたお人好しですぐひょいひょいくっついていきそうだもん。」
「そっそんなこと―――――」
ガタンッという小さいが危ない音が真後ろでしたものだからまどかとつばさの談話も
途中で区切ることとなり、まどかは顔が青白くなっているみちるを連れ保健室へと向かうこととなった。
「あの、二階堂さん大丈夫?」
肩を貸し、項垂れて歩くみちるの顔は長い髪に隠れてよく見えない。
「二階堂さん?」
「みちるって呼んで。」
「え?」
唐突にそんなことをいい顔を上げたみちるの表情は具合が悪そうではあるが
微かに口元を上げなんとか笑顔を作っている。
「私、なかなかお友達が作るのが苦手で。けれどあなたとなら良いお友達になれそうな気がするの。」
「そうなんだ、じゃあ私の事もまどかでいいよ。みちるちゃん。」
「よろしくね、まどか。」
近寄りがたい雰囲気がしていたみちるが実はただの女の子だったのが分かって
まどかも今まで自分が感じていたものを払拭して彼女と友達になろうとした。
翌日、新しい殺人事件がこの街で起こった。警察によると犯人は昨日の事件と同一犯らしい。
そして翌日も翌々日も同じ手口の事件が続いているにも関わらず犯人は捕まらなかった。
「ったく警察は何やってるのよー。ねぇ、まどか、みちる。」
「そうね、けれど壱原さんぐらい運動神経いいと逆に捕まえちゃいそうだけどね。」
「またまたー、いくらあたしでも連続殺人犯は捕まえられないよー。」
「つばさちゃん、そんなこと言いながら顔は嬉しそうだね。」
この2,3日でみちるは難を示していたつばさとも仲良くなり、
クラスのみんなとも打ち解けて既にマドンナの位置にたとうとしていた。
「けれどやっぱり心配だから夜は出歩かないようにしてね、壱原さん。」
まさか、こんな話をした次の日につばさが殺されるなんて誰が想像できたであろうか。
クラスの雰囲気は鬱々としていて誰もが彼女の死を悲しんでいた。
「まどか、泣かないで。」
「だって、だって――――――――」
みちるは泣きじゃくっているまどかの肩をそっと抱き寄せ彼女の涙を拭った。
「もし、私がいなくなったらまどかはこうやって泣いてくれる?」
「泣くよ。当然だよ。」
「じゃあ、ずっと一緒にいてくれる?」
「当たり前だよ、だって友達だもん。」
まだ数日間しか共に過ごしていなかったがどうしてか昔から彼女と
知り合いだったかのようにみちるの存在はまどかの中で大きくなっていた。
「そう、嬉しいわ。」
抱き寄せられていてその時のみちるの表情はよく分からなかった。
その夜、初めてみちるから家に電話が来た。時刻は午後七時半。
内容はこの街にかつてあった遊園地に来てほしいとのこと、来るまでいつまでも待っていると。
今は連続殺人犯がこの街を徘徊しているのにみちるは一体何を考えているのであろう、
けれどまどかが来なければいつまでも待っているというのも女の子を一人
朽ち果てた遊園地で朝までというのも気が引ける。
迷いに迷った結果、夜十時。まどかはそっと家を出て遊園地へと向かった。
彼女からの一本の電話で物語は急速に終局を迎えようとしていた。
かつては栄えた遊園地は夜ということもあって実に不気味だ。
こんなところには長く居たくない、早くみちるを探して帰ろうと
あたりをきょろきょろしながら歩いていくと人の姿が見えた。
「みちるちゃん!!」
すぐに人物に駆け寄っていくとそれは明らかに少女ではなく成人男性であった。
彼は斜めっているガラスの屋根の下でよく眠っていた。
「危ないっ!」
落ちてくる先が鋭いガラスの下にいる彼に走ってゆき、こっちへと引っ張った
なんとか危機一髪といったところだ。
どうしてこんなところに酔っぱらったサラリーマンがいたのか不思議で仕方がない、
この人を一人放っておくことも出来ず形を保っているベンチを見つけ
男の人をそこまで引きずり寝かせるとみちるを探しにさらに奥へと踏み込んだ。
奥に進むにつれまどかはこの場所をどこか懐かしいと感じていた。
この遊園地はまどかが5歳の時に廃園となり行ったことがあっても記憶はないものだと思っていた。
しかし徐々に明白に記憶の断片がつながってくるかのように
まどかはある場所へと足を真っ直ぐ向けていた。
みちるはそこにいた。
廻る首といっしょに。
「わたしのせいってどういうこと?」
「あなたは何も覚えていないのね、わたしたちはここで初めて会ったの。」
そうだ、はっきりとみちると出逢ったときのことを今更ながら思い出す。
「ここパパの遊園地だったの、でもね経営が上手くいかなくなって私とママを守るために
パパは自殺。後を追うようにママも自殺。親戚に引き取られて私は一人っきりになっちゃったんだ。」
「ここが・・・。」
「経営が傾いていた頃、私はずっとメリーゴーランドで一人馬に乗っていた。
そんな時にあなたに会ったのよ、まどか。
あなたはあのころから今もずっと私のたった一人の友達、ううん親友。
親戚に引き取られる時もあなた言ったわよね。悲しくて仕方がないって。
ずっとみちるちゃんのこと覚えているから、また会おうねって。」
まどかはただみちるの言葉を黙って聞いていることしかできなかった。
「けど、久しぶりに会ったあなたは私の事を忘れていた。よそよそしく呼ばれた時は悲しかった。
私はずっと覚えていたっていうのに、片時も忘れたことなかったっていうのに。
あんまりだわ、だから私は恨んだ、憎んだ。
パパとママを奪ったこの街を。あなたから私を忘れさせたこの街を、友人を。」
「そんな・・・・・・、みちるちゃんが犯人?」
「そうよ、みんな。壱原さんもそう。」
「そんな逆恨みだよ!」
「うるさい、うるさい、うるさい!」
「だって、だってつばさちゃんは何も悪いことしてないよ。
殺されていった人たちだってそうだよ。」
「あの子は私からあなたを奪ったのよ、私からあなたの親友という立場を。当然の報いよ。」
「そんな。もうこんなことはやめて!お願いだから。」
まどかは床に腰をつけそのまま両手で顔を覆いすすり泣き始めた。
そんなまどかに赤い足跡をつけながらみちるはゆっくり近づいていく。
「じゃあ、今度こそ約束守ってくれる?」
「やくそく?」
目を涙でためたまどかは顔を上げ見下ろすみちるの微笑む顔をみた。
「そう、言ったわよね。ずっと一緒にいてくれるって――――――」
翌日、廃園して立ち入り禁止であった遊園地で三人の遺体が発見された。
一人は男性のもので首と胴体が鋭利な刃物で切断されていた。
あとの二つは少女のもので回転木馬の馬車の中で眠るように死んでいた。