ドアーズ〜教室の男〜
私の学校、とても古いんです。
国立ですから、当然でございますが
この物語の主人公も
同じ国立の学校に通う男子生徒。
古い校舎で彼が出会った
日本人が忘れてはいけない
あの話を……。
とにかく僕の学校は古く、歩くと床がミシミシと鳴る。なので、他の学校からは「お化け屋敷」だとか、「学校の怪談のロケ地」だとか呼ばれている。
みんなは、とても夜に一人では入れないと言うけれど、その点僕は……同じく怖がりである。同様に、入る勇気など無い。
しかし、夏のある日、僕は教科書を教室に忘れてしまい、学校へ取りに行った。先生はまだいて、「暗いから気を付けなさいよ」と声を掛けてくれた。
しん…と静まり返る廊下を、ただ一人歩いた。
正直、怖かった。
教室へ入り、さっさと教科書をとった。
何も見ずに出ようとした時、ふと、気配を感じた。
ぱっと振り返った時、机に一人の少年が座っていた。
頭は丸刈り、歳は僕と同じくらい。僕に気づいてないのか、黙々と勉強していた。
「……君……誰?」
と声をかけると、その子は
「あ……その……糸村っていうんだけど……君は?」
「僕は……真田です。真田康夫」
僕は、糸村君といろいろな話をした。いつもは無口な僕がだ。家のことから、友達のことまで、得体の知れない目の前の少年に、ひたすらしゃべり続けた。
糸村君も、僕の話にしっかりと答えてくれた。それが、僕はうれしかったのだ。
長い話の中で、いつしか戦争の話題に入っていた。
確か、僕が広島の原爆ドームを見た時の話をしたのだった。
「それで、原爆ドームを見たんだ。その瞬間、涙が出ちゃってね」
「原爆ドーム?なんだい、それは?」
「知らないの?ダメだなぁ。あのねぇ……」
僕は得意気に口を開いた。
「太平洋戦争……僕は大東亜戦争って呼び方の方が好きなんだけどね。その戦争では、多くの人々が意味もなく死んでいるんだよ。それに……」
その時だった。糸村君の強烈なパンチが、僕の左頬にぶち当たった。
僕はどんと吹っ飛び、咄嗟に起きあがろうとしたが、糸村が上から猛烈に殴ってきた。
「な……何をするっ!」
そう叫んだ時、糸村は振り上げた拳をすっと止めた。
「多くの人々が、意味もなく……意味もなく死んだって?ふざけるなっ!」
「……なぜだ。事実じゃないか!」
「みんな……日本の進んだ道は間違っているものだと気づいていたんだ。でも、それは誰のせいでもなく、自分たち……日本人のせいだったんだ。だから、この国を愛いしていたから、死んでいったんだ。戦争に負けるとはどういうことか、戦争をするとどうなるか……未来の日本を守るために、みんな死んでいったんだ。それが……なぜ無駄になるッ!」
すーっと静かになった。ただ、糸村の体が震える音だけが聞こえた。
僕は、出そうにも出す言葉がなかった。ただ、彼の迫力というか、気力に圧倒されていた。
僕は青あざを付けたまま帰った。次の日学校へ行ったが、彼の姿は無かった。どうも、昨日の出来事が頭から離れず、その「糸村」少年について調べてみることにした。
しかし、在校生の生徒の名簿には無く、ぼんやりと、60年前の貴重な名簿を見ていた。
「秋田……石川……糸村……えっ!糸村!?」
釘付けになった。確かに糸村と書いてある。いや、まさか同姓だろう。
しかし気になった僕は、とりあえず当時の写真を眺めていた。そして、再び驚いた。
「……この子だ!そっくりだ!」
背筋は凍り付き、今までの記憶を疑った。あの子は一体……何者か?
糸村……糸村……何者なんだ!60年前に……何が起きたんだ!
そんな中、一つのニュースが舞い込んできた。
「……臨時でニュースをお伝え致します。今日未明、株式会社「三光丸」の社長・糸村さんが、脳溢血のため、倒れたことが分かりました。今は、意識不明の重体です……」
糸村!直感だが、嫌な予感がした。僕はその糸村社長の入院している病院へ、至急向かった。
バッとドアを開けたら、そこには大勢の人々がいた。みんな、涙を浮かべていた。
「糸村さんは……糸村さんは!」
ベッドの上には、あの少年の面影が残る、一人の老人が寝ていた。
「糸村さん!」
突然入ってきた僕に、客は驚いていたが、もっと驚いたのが、その瞬間糸村さんが目を開けたのである。
「糸村さん!」
「あぁ……真田君か……夢の中だったのに……不思議なものだな……」
「糸村さん……死なないでください!」
「あぁ……糸村さんだなんて……呼ばないで……糸村君と……呼んでくれぇ……」
僕はうなずき、彼の手を強く握った。
涙は、滝のように頬を伝った。
その後、彼はどこかの国で蝶が死ぬように、静かに死んでいった。
彼は最期にこう言った。
「戦争の体験者が……戦争の意味を語らんと……日本の未来は……なくなってしまうよ……」