遺書
この文章を読んでいるという事は既に私は死んでいる。或いはそれに準ずる状態になっていることでしょう。どうしてこうなってしまったのか、その理由以上に君は今、このような状況に陥ってしまったことに怒りを感じていることでしょう。
もし、君が私を救えたかもしれないなんて思っているのであれば、それは余りにも傲慢です。君はすぐに図に乗る奴だからな、あらかじめその鼻をへし折ってからこの先を読んでもらおうと思ったのさ。あと、ここから先は堅苦しいのが慣れないからラフに書いてるわ。
結論から書こう。俺が死ぬことはたとえお前であっても避けられない事象だった。お前がどれだけ心を尽くしてももう死んでやろうと思っていたから、何にも響かなかったと思う。というか、お前にとって俺が何も言わずに死んだ方がダメージが少ないと思ったんだ。お前はすぐに自分を傷つけるからな、もし、お前に話していたら俺が死んだ時にきっとよりダメージを受けていただろう。それこそ、この文章を読むことが出来ないほどにはね。
なぜ、死のうと思ったか。まぁ、簡単な話で単純にこの世界に、生きているという事に飽きた。そう、飽きた。の一言に尽きる。別にお前が嫌いだったとかじゃないし、お前と居てつまらないとは一度も思ったことは無い。じゃあどういうことかと言うと、それ以外なのだ。お前と居ると楽しいがその他の時間は退屈に苦痛を感じる程なのだ。この苦痛は孤独とも言える。
それに、俺は死という新しい刺激の可能性を見出してしまったのだ。痛みというのは当然ながら刺激である。脳が健全でなくなった体に対して起こす刺激の反応。この痛みは日々の退屈を埋めるには余りにも強力であった。それでなぜ死につながるのか? その答えとしては慣れだ。よく慣れは怖いというが、あれは良く言ったもので、確かに慣れてくると前まで満足できていたことが出来なくなる。初めはちょっとしたケガでも満足できたが俺も次第に痛みに慣れてきてしまった。これは本来、非日常であるべき痛みが日常になってしまったからに他ならない。そうして、漸く死というものに直面した。
ここからは俺の死因について触れておこう。おそらく俺は出血死か出血性ショック死で死んでいることだろう。というのも俺が切腹を選んだからだな。これまた古風な死に方だと思っただろう? ま、選んだ理由に別に大きな意味は無いな。自死にしろ、ありきたりなぞ退屈だろう? そんな死に方を選んでしまっては死んでも死にきれない。退屈して死んでしまうぞ。って、もう死んでるんですけどね。あっ、使った小刀、見てくれた? あれ結構高かったのよ、骨董品で60万した。お前のパソコン2台買えるぞ!! ちなみに、BANされてなければ俺の死に様は俺のYouTubeチャンネルから見れるゾ、生配信予定だからな。
ここから下は、お前に送る言葉な。お前とバカやるのは楽しかった。色んな奴、一緒にボッコボコにしたよな。あの頃が一番楽しかった。だから気を病む必要はねぇ。強いて言うなら俺を楽しませなかった世界が悪い。色彩を欠いたこの世界がな。じゃあ、お元気で100年後の宇宙のどこかでまた会おう!
ーーお前の心の親友 煌星牙王 より
僕の親友は死にました。




