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魔性の彼女  作者: 明太子
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魔性の彼女

珍しく恋愛を書いてみました。正直ラブコメとしては落第かもしれませんが、まぁ温かい目で見てもらえると助かります。


短編



 魔性の女という言葉を聞いたことがあるだろうか?

 

 因みに言うと俺も高校入学するまでの間、その言葉をよく理解していなかった。幼稚園年中の頃、当時の担任の先生に心の底からの好意と言うモノを抱いた事はある。ただそれが魔性に当てられたからかと言われれば恐らくは違う。単純に弱弱しい俺に対して優しかったから惚れたのだろう。

 当時の俺が聞けばその場で、怒髪天を衝く勢いで高校一年生の俺に飛びかかってくるだろうがあえて言おう。そんなモノは仕事として優しくしてもらっているだけだと。つまるところ名も忘れた当時の女の先生に惚れた理由は、その人の魅力ではなくその人の義務感に有難いとガキながらに感じていたからだ。


 そこから小学校に入ったものの、全学年担任が男であったこともありそんなイベントが起きることは無かった。仮に優しい女性の先生が現れたところで、それが仕事だからだとすぐに気づくのだろう。何せ俺は、随分とませていたからだ。

「好きなんだけど.....」

それがいつ頃であったのかはもう覚えていないが、恐らく小学五年生の頃どういう道理かは分からないが人生で初めて告白されたことがあった。相手はクラスではそれなりに可愛いと評判の在った女子であったが、生憎特段好みと言う訳では無かった。一体俺がどのようにして断ったのかは覚えていないが、初めての被告白が恋に繋がることは無かった。

 中学は相も変わらずと言った具合であったなと僕は思った。公立中学に入ったせいなのだが、周りを見ても知っている顔しか居なかった。名前順の関係で当時告白してきた女子が隣の席だったときはそれなりに肝を冷やした。

 特段入りたい部活が無くて俺は、帰宅部を選択した。けど今思えば文化部にでも入っておくべきだなと感じた。

 そんな中学校生活だったからであるからか、告白されることも無かった。周りに可愛い女子は居たそうなのだが、あの記憶の中の先生を忘れられない思春期真っ只中の俺は故意に堕ちることも無かった。そしてこれからもそんな事は起きることも無いと思っていた。


 ──────扇千鶴に会うまでは。


 


 そして今に至るわけなのだが、二月の入試を無事に終え今俺は地元から一駅離れた公立高校に入学した。つい先ほど高校の入学式を終え、疑似的なホームルーム活動の最中だ。岡本と名乗る中年女性の担任が面白くも無い話をつらつらと語る中、皆一応にその視線だけは向けている。いくら思春期の終盤に差し掛かった俺でさえ流石にうつ伏せるなんて事はしなかった。

「はい。それじゃあ出席番号一番の人から自己紹介をしてもらうかしら」

話を終えると岡本は貼り付けたような満面の笑みを浮かべ、そう指示を送る。

 俺の出席番号は二十番代な訳で、前者が確立したテンプレをなぞるだけで特段恐怖も緊張も無いわけだ。

「えぇっと....西中の東です。よろしくお願いしゃす」

茶髪にロン毛のいかにも陽々しい性格の男が、一端に羞恥心を感じながらそう自己紹介を終える。どうしてああいう類の人間は、襟足を触りながら喋るのか俺には良く分からない。

 あの男が築いたテンプレを二番、三番とがバケツリレーのように繋いでいくが俺は別に見向きもしない。ただ岡本の頭上一メートルに備え付けられた壁時計に視線を送る。

 九時三十三分。恐らくは一時間目と二時間目の合間となる小休憩時間なわけだが、今日はそんな事は気にしないのだろう。


 一人の自己紹介が終わる度に疎らに起こる拍手が、すっと静まると同時とある人間が椅子を引いた。

「──────第七中出身の扇千鶴です」

その声を聴いたとき、随分と男前な声だとそう感じた。中性的な名前ではあるが、その声色の芯に当たる部分はやはり女性らしさがある。

 だからと言って振り返ろうとは思わなかったのだが、前の席の男がやけに真剣に扇千鶴を見つめるせいで不意に首だけを振り返らせてしまった。

「一年間よろしくお願いします」

そう言うと彼女は椅子に座る。


 一言で言おう。俺は瞬間惚れた。


 まるで魔法にでも掛けられているように扇千鶴の事が好きになった。

 無論媚薬なんて飲んでいないし、昨日頭を下すような変なものは食べていない。それでも俺はそう直観した。


 あの女が、扇千鶴の事が好きであると。



釘付けとは正にこのことか言わんばかりに僕は、彼女を目で追った。それがどのような俗称で呼ばれているのかは知らないが、背中程まで伸びたその髪を一つで結び前髪を中心で二つ分けする髪型はまさに俺の中で至高と呼べた。

 きっとこれがデフォルトの世界であれば僕は鼻血を垂らし、眼がハートに、心臓は胸骨と皮膚を貫通して躍動する。

 ただそんな事は当然起きる筈はない。僕が人間である以上そんな不可思議な現象は起こってはならないのだ。


しかしそんな中俺は一つの発見をした。どうやら人は心から惚れると心臓の音が煩く感じるほど骨を揺らすのだと。









 あれから三日が経ち、まともな授業がいよいよと始まる。ぎりぎりの偏差値で入学してたこともあってそれなりに俺は緊張していたのだがどうやら杞憂だったらしい。

「それでは、今日から歴史総合の授業を本格的に開始していこうかなと思います」

四時間目。定年すれすれの老兵が、掠れた声で授業を始めたのだが他の教科もそうであったがやはり簡単なのだった。

 やはり偏差値などと言う概念は、学校側が見栄を張る為の厚底ブーツ役なのだろう。


「結構余裕だな」

「思ってた以上にね。身構えてたのが馬鹿みたいだ」

「ははっ!それな」

小中の九年間の内七年間同じクラスで過ごしてきた、立浪祐希と飯を食いながら俺は談笑していた。

 母親も父親も忙しい事もあり俺は通学途中のファミマで揃えた不健康飯を口に運ぶ。

「あぁそうだ!みっちゃん知ってる?」

お喋り気質な立浪は、主語のない問いを俺に投げかけた。相変わらず俺に『何?』という返しをして欲しいのか適当な男である。

「何が?」

「御剣さん覚えてるだろ!あの子高校入学前に不良と一夜明かしたせいで妊娠したらしいぜ」

俺は歯で噛んでいた、蕎麦を噴き出した。それはもう大胆に。

「ゲッホ!!ゲッホ!!......馬鹿野郎!!んな話題食事中に出すんじゃねぇよ」

俺がそう言い睨むと立浪は、反省の色を見せずけたけたと笑っていた。理性を働かせていなければ恐らく俺は親友の脳天に拳を喰らわしていただろう。

 御剣というのは小学五年の頃俺に告白をしてきた女子の苗字だ。中学の初頭はそこまで目立った悪さをしていなかったが、中盤にかけて地雷系と化していったのをよく覚えている。俺の通っていた地元が馬鹿校だったせいもあるが、金髪不良野郎としかつるんでいる素振りはなかった。

 やはりあの時告白を切っておいて正解であったと。五年ぶりの解答発表に胸を撫でおろす。

「ってか御剣って高校受かったんだな」

「らしいねぇ。まぁ聞いた話じゃ西高らしいけど」

「納得....」

俺は噴き出した衝撃で机に飛び散った、麵つゆをティッシュで拭く。

 大方拭き終えると俺は再び蕎麦タイムに戻るのだが、

「そう言えばさぁ.....(あの扇千鶴ちゃんってマジ可愛くね)」

立浪は俺の耳元でそう囁いた。


 俺は再び蕎麦を吐き出した。今度は驚きなどではなく、動揺なわけで。

「っておいおい!大丈夫かよみっちゃん。今日は逆流性食道炎デイかな?」

「ゲッホ!!......そんなイカれた記念日がこの世界の何処にあるってんだ!?」

訳の分からないボケを捌かなければならない俺の気持ちにもなって欲しいモノだ。

「んでさ......どう思う?」

「そりゃあ......まぁ可愛いというか、美人と言うか、何というか.......」

自分ながらに何と気持ちの悪い答え方なのだろうとそう感じた。きっぱりと嘘を吐くわけでも肯定するわけでもなく、もじもじとするなんて俯瞰せずとも俺らしくないと思った。そんな異変を当然竹馬の友である立浪が気づかない訳もなく

「あれぇ?......もしかしてみっちゃんもそう感じたのかな?それとも好きになったのかな?」

にちゃりと。効果音などは付いていない筈が、確実に立浪の微笑みにその音が聞こえた気がした。何故だろうか、俺は無性にその顔面を殴りたくなった。

「まぁ別に、他人を可愛いと思う事を恥ずかしがる必要はないよ。可愛いものは可愛いとそう言えば良いさ」

「.......いやそうじゃねぇ」

今度はすんと。立浪の表情が無に帰る。

「可愛い事にどぎまぎしてるんじゃなくて......その単純にあいつの事好き。なんだよな.......」

仮にこれが録画されていると知らされれば俺は、自殺を選ぶほどに恥ずかしい告白であった。

 どうせ馬鹿にされるんだとちらりと立浪の顔を見つめると、思いの外そうでは無かった。いやむしろその逆と言えた。

 まるで鳩が豆鉄砲を食ったような表情で立浪は俺の事を心配そうに見つめていた。顔にも口にも書かれてはいないが、二つの眼球に正気か?と書かれているように見える。

「............あ、あのみっちゃんが?女を好きになる?」

この世全ての真理を覆された様に立浪は重心を俺から遠ざける。

「別に良いだろ!.......俺が人を好きになっちゃ行けないなんて法律は無いわけだし」

特段馬鹿にされたわけでもないのに俺は、へそを曲げてそうぼやく。いや実の所、軽々しく立浪に公言したのは理由が在った。それは俺をこの夢から覚ましてくれるのではないかと思っていたからだ。空の彼方へと笑い飛ばして、極上の夢に金音を差し込んでくれると期待していたのだ。

 しかし現実はどういう訳か違うらしい。

「こ、これは一大事だ...........」

「そんなにかよ。俺だってガキの頃幼稚園の先生を好きになったことぐらいあるぜ」

「バカか?いや馬鹿だ!あのなぁみっちゃん。年上のお姉さんを好きになるってのは基本恋心じゃなくて好意なんだよ」

「けど好きに違いはねぇはずだぞ」

悔し紛れにそう反論を示すが、立浪は憐れむような眼を向けた後天井を見上げた。

「やっぱり大馬鹿野郎だ。食べ物の好きと人への好きが同じはずがねぇだろ!!しかも相手は同級生に絶世の美女の扇千鶴だぞ!!」

「だからそうじゃなくて、」




「──────あの、私がどうかしましたか?」




箸にも棒にも掛からいような小競り合いは如何やら中々の音量になるまで発展を遂げていたようだ。周囲が気づきだす事は愚か、そのガヤは当の本人の耳までをも揺らしてしまったらしい。

「あぁいや、別に悪口を言っていたとこじゃないからな」

咄嗟のフォローのつもりで俺は口を開いたが、正直最悪のファーストインプレッションだと自覚している。

「そうなの?なら別に良いんだけど.....あんまり大きな声出すと周りに迷惑だよ」

正にその通りです。と俺は言わんばかりに頭を下げた。

「あの扇さん?本当に俺とみっちゃんは、そう言う風評被害的な事は口にしてないから、」

ゴマすりかのように立浪は、低身低頭でそう語り掛ける。

「別に気にしてないから大丈夫だよ。ただ静かにした方が良いよねって言いたかっただけだから」

「あぁそうですか。はい気を付けます」

少々機械じみた説明を受け、立浪もまた頭をぺこぺこと下げているわけで。


「君名前何て言うの?」

余りに突飛な質問に二人は下げた顔を見合わせた。

(どっちに言ってんのかな!?)

(多分みっちゃん!!)

一瞬のアイコンタクトを終えると、俺はゆっくりと頭を上げる。

「えぇっと......奈雲光義」

一方的に名前を憶えている事を恥ずかしく思いながらも俺はそう名を名乗った。

「奈雲君ね......」

すると扇千鶴は突然俺の方に顔を寄せて来た。身長は百七十三の俺より頭半個分は小さいから、百六十前半と言ったところだろう。これ程までに上目遣いに心拍が鳴ったのは初めての事だった。恋愛漫画の一コマを笑っていた俺よ。これは相当心臓に応える様だ。


 するりと彼女の手は蛇のように俺の顎に伸ばしてきた。

 夢か幻か現実のどれであるかと問われれば、恐らく当時の僕はこの描写を夢か幻かと答えていただろう。しかし現実であった。質の悪い夢なんかよりもよっぽど心臓を揺れ動かしてくる。

「奈雲君......静かにしないと、駄目なんだよ」

頬を寄せ、俺の耳元でそう囁いた声を受けた率直な感想を吐露しよう。

 

 ここが学校でなければ、普通におっ勃ってる。そこに間違いはない。中学の頃初めて見たアダルトビデオと比べても恐らくこちらの方が刺激的だと自信に満ちて言える。立ち込めた鳥肌だがそれは別に恐怖だからなのではない。単純な興奮だとも断言できる。


「分かった?」

恐らくギンギンに血走った眼で俺は、雑にプログラミングされたロボットのように低いフレームレートで首を振っていただろう。

 自己紹介から今に至るまで、氷漬けにされたよう一度たりとも変わることの無かった表情に妖艶な笑みが浮かんでいた。扇千鶴はそう言い残すとこの教室からゆっくりと出ていった。


 顎が外れる限界まで口を開いた立浪は、扇千鶴の背を追った後俺の方を向ていた。とはいっても俺自身は一ミリたりとも動くことは出来なかったのだが、正直それでも良かった。

「ってみっちゃん鼻血鼻血!!」

本来期待していた役割が遅延して効力を利かせると、ふと俺は我に返った。そう言われて鼻の下を手の甲で擦るとべっとりと血が付いていた。

 正直な話思い切りぶん殴られてもここまでの量は出ないであろう。


(あれ?何か、意識が遠のいて.......)


後に聞いた話だが、どうやら俺はこの時俺は無理やに立たせた人形がへにゃりと崩れるよう失神したそうだ。



 高校入学四日目の昼休み。俺は魔性の女の模範解答を見た。













──────暗転。



 色々と気を利かせてくれた立浪が、魔性の女。もとい扇千鶴について調べてた。

 とは言っても本当に知りたい彼女の詳細については特段分からなかったらしい。どうやら中学三年の十二月という余りに異例過ぎる時期に転校してきたそうだ。

「才色兼備で良くモテてたらしいんだけど、必要な場面以外で喋ってる所なんて見た事ないらしいぜ」

「んじゃあ何で昨日はあんな事、俺にしてきたんだ?」

「みっちゃんの事が好きなんじゃねぇか?普通にイケメンよりだし」

それを軽々しく肯定すれば、ナルシストの異名が付きそうで少々嫌なのだが案外に俺は顔立ちは良い。だからと言ってアイドル事務所に一撃合格を貰えるほどのモノではない、あくまで一般的に見た時上の下に居るという程度だ。

「けど、あの美貌と釣り合うかと言われたら?」

「それは思ったわぁ......あの扇千鶴ちゃん。余りに不思議ちゃんでね」

何かしらはボケてくれるかと思いきや立浪やスルー気味に話を終わらせる。しかしそれが正解であった。彼女は俺と違いアイドル事務所に一撃合格を貰えるうえ、堂々とセンターを牛耳ることのできるポテンシャルを持っている。芸能界で見てもその顔立ちは上の上と言っても差し支えない。

「もしかしてSっ気があるんじゃねぇかと俺は思うんだよ」

「何でまたそう言う展開になるかな?.....」

「いや現実問題そうだろ。男を興奮状態にして失神させるほどの言葉攻めってMの出来る事じゃねぇだろ」

「.........それはそうだな」

端的に肯定せざるを得なかった。

 あれで私М何です。と言われれば少々困惑するというモノだ。

「まぁ俺たちの中で考えまわしてる暇あったら直接聞いた方が良いんじゃねぇか?」

「いや何て!?」

もしかしてSですか?とでも聞けと言うのかこの男は

「普通にどうして俺の名前聞いたの?とかで良いんじゃね」

「............ッチ!!」

「えっ舌打ち!?」

邪な思いを抱いていたのが俺だけだった恥ずかしさで、勝手に舌が動いた。



 だがどのように話しかけるタイミングを作ればよいのだろうか。昨日あんな一件も在ったせいで、悪い意味で俺と彼女の名前は独り歩きしていた。

 俺の評判は良いとして、話しているタイミングを見られれば彼女にも風評被害が回るのではないか?それだけはやはり避けるべきだ。


数学の授業と言うのは、中学の頃から相も変わらず面白みに欠けていた。何が面白くて関数などを解くのか俺には分からない。

(やっぱり放課後とかの方が良いよな。ベタだけど朝下駄箱に手紙入れといて、誰も居ない所で待ち合わせとか?)

ノートの隅に喋りかけよう大作戦の予定をちまちと書き連ねる。

(けどここら辺に人の少ない場所なんてねぇしな.....それに扇千鶴の家がここから遠いんなら迷惑にもなりかねない)

ノートの一角に留まっていたそれは時間が経つごとに、その占領面積を増していった。

(あぁそう言えば近場にちょっとモダンなカフェが在ったな。そこを待ち合わせにし、



 俺の脳天のよりすぐ後ろに、何か円柱のモノが一閃とする。首が縦に落ち、俺は咄嗟その痛みに耐えかね頭を抱えた。

「ッううぅ!............」

「おい奈雲!!お前が当たってるんだ。さっさと答えろ!」

「えぇ?」

中々に強面な剣道部顧問の数学教師が俺の前に立ち尽くしそう言い付けてくる。

 当たってるという言葉の意味が分からずに立ち上がった。すると隠れていた数式がちらりと俺の視線に飛び込んできた。


 無限小数2.09090909......を既約分数にして表せ。と


頭の上に?マークが浮かぶこの謎の問題に俺は当然首を傾げたわけで、うんとだけ唸る。

 しかし答えは恐ろしいまでに出てこない。あれほど高を括っていた高校の授業であるが、眼を離したすきにどうやらおいて行かれることを今日俺は知った。





 

 正直な話、四月とは言え校舎の廊下は良く冷えた。

「窓が開きっぱなしだぁ.....換気も良いけど、少しは廊下に立つ人間の事を考えろってんだ」

いや廊下に立つ人間など、今このご時世にいるのだろうか。

 即答するが、いないであろう。居たとすれば普通にニュース沙汰になる大問題だ。

「まぁいいや。ここならあの作戦も十分に立てられるしな」

機転を利かせと言うか、単に諦め半分に俺は先程の何とも言えぬ可愛らしい作戦を組み直す。やはり何かしらの方法であのカフェに誘導すれば良いのではという案が最有力候補である。

「良しッ。やっぱりこれだな」

「何が?」

瞬間身の毛弥立って。

 いやふざけているわけではなく、本気で鳥肌が立ち込めた。そもそも昨日の出来事で弱点であることを知った耳元へのダイレクトアタック。そして無人の空間である廊下からの発声。いや俺でなくとも普通にビビり散らかしているはずだ。

 叫び出す声をギリギリの所で殺し、俺は右に急いで首を旋回させる。

「ん?お、扇さん?........」

「奈雲君だったよね?.......それで何が?」

やはりマイペースに彼女は俺のターンを許さない。ただ今回は少々負けるわけにはいかない。

「いやそんな事より、何で扇さんここに居るの?」

「..........そんな事知ってどうするの?」

からかう様子もなく、彼女は本気で俺にそう問い返してきた。

「いやどうにもならないけど、普通に気になるじゃん」

「.......確かにそうだね。ちょっとトイレに行きたくて、席を立っただけ」

「あぁそうなんだ.....なら女子トイレはあっちだよ」

俺は右手側の廊下の先を指で指し示した。普通は隣通りになっている筈の便所なのだが、この学校は西側に男子便所が、そして東側に女子便所が配置されている。全く難解だ。

「知ってるよ」

「じゃあ何で行かないの?」

「私の疑問がまだ解消していない」

確かにそうであった。俺の疑心だけを解いて、彼女の疑心は蚊帳の外と言うのは少々口惜しい。

「そうだったね。えぇっと........」

いや待て。ここで君と二人きりで話すための良い作戦を考えたんだと言えるわけがない。仮に言えたところで、平然とドン引かれてそのまま終わるだろう。

「今日の晩御飯は何にしようかなと。思ってね」

「.......へぇ」

何なんだその含んだような笑みは。自分自身でも嘘くさいとは思ってはいるが、瞬間でバレるほど仰々しかったのだろうか。

 だが変にしらければ、さらにその確率上げるだけか。

「両親とも忙しくてね、普段俺が作ってるんだ」

「.......奈雲君は料理好き?」

「まぁまぁかな。別に好きで作ってるわけじゃないから」

「.......そう」

「それで扇さん?トイレは行かなくていいのかな?」

「.......もうトイレは良いかな」

「は?」

好きな人に向けてだというのに随分と荒々しく俺は、疑問詞をぶつけてしまった。掴みどころが分からないとは思っていたが、ここまでとは思わかったよ。

「奈雲君とお喋りしてたら、もう尿意は過ぎ去ったかな」

またこの女は。姿形に留まらず、こういう要素でも俺を喜ばせてくる。

 やはり魔性の女と言う単語は彼女の為に在るのだろう。

「へぇぇ、そうなんだ.....」

いやこれはむしろ幸運なのではないか。今ここであれば、昨日の言動の真意もどうして俺にだけ話しかけてくるのかも知れる。

 ただどのように口にするのかがやはり命題となる。

「あ、あのさぁ」

腹に力を込めたは良いが、それでも緊張で声が震えた。彼女は俺の言い出しに興味を持つように俺に顔を寄せてくる。人形のような睫毛。通った鼻筋。血色の良い唇。やはり何処をとっても俺を惑わしてくる。

「ど、どうして昨日あんなことしたの?」

「......もしかして嫌だった?」

「いやそれはない!!」

しくじった。単純に声を上げ過ぎたこともあるが、それ以上に彼女を不快な思いにさせた事にもだ。

 声に驚いたのか扇千鶴は面食らったように眼を見開いた。

「嫌だったとかじゃなくて......扇さんって中学の時誰かと喋ったりしなかったて聞いててさ。それで普通に気になったというか」

目を合わせられなくて俺は廊下の外の風景に目を向けながら、右頬を指で掻いた。

「.........何でだろうね」

俺は咄嗟彼女の顔に目を向けた。無表情に近しいが、少々頬が赤くなてるような気がしなくも無い。

 それもそれでまた一興である。もしかしたら俺は下手な性癖を拗らせた、小僧なのだろうか。恐らくその性癖が捻じ曲がったのは間違いなくあの幼稚園教諭の所為であろう。







「もしかしたら奈雲君の事が好きだからかもしれないね」

「.................ふへぇ?」


扇千鶴はそんな事を簡単に口にしてくれた。

 この女は本当に魔法でも使えるのだろう。ただの言葉の羅列だけで人を此処までエクスタシーにさせるのはやはりおかしい。仮に魔法使いでないであれば、恐らく彼女は天性の男垂らしなのだろう。

「それで奈雲光義君は、私の事.......好き?」

「はい」

即答してしまった。ここで匠な駆け引きを用いて彼女を逆にたぶらかす事も冷静になれば出来たのだろう。

 しかしこの状況で出来るわけがない。これは絶対に断言できる。

「へぇそうなんだ。じゃあ両想いなんだね」

「そ、そそそそそうだな」

またしても断言できる事だが、俺は相当に目が血走っていただろう。

「それじゃあ付き合おっか」

「よろしくお願いします!!!!!!」

何処ぞの映画の最後のように俺は大声を上げた。

「うるっせーぞ!!奈雲ぉぉぉ!!!!」

数学教諭の男が、俺の後頭部に向けて失跡してきたが正直気にならなかった。

 


 ただ今は俺の目の前にいる、人生初の彼女に目を奪われていた。




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