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第2話 影の重さ



時間は遅くならなかった。


――止まった。


魔物の鉤爪が、俺の顔の数センチ手前で空中に凍りついていた。

世界そのものが不自然な静寂に包まれ、まるで空気でさえ動き方を忘れてしまったかのようだった。

心臓が――止まった。


俺は視線を横へ滑らせた。


……また、そこにいた。


ヒロシ。


静かで、揺るぎない。

黒い瞳には、絶対的な確信が宿っていた。

彼は一度だけ、ゆっくりとうなずいた。


世界が、砕けた。


乾いた音とともに時間が再び流れ出し、激流のような水が悪魔に叩きつけられた。

俺の体から引き剥がされ、遠くの壁へと叩きつけられる。

衝撃波が全身を濡らし、肺の空気を一気に奪った。


「どういたしまして、アレックスちゃん」


破壊の中心に立つアユミは、混沌の中ですら優雅だった。

まるで今しがた命を救ったばかりとは思えないほど、余裕の笑みを浮かべて。


戦闘は即座に再開された。


「アレックス、援護して!」

エミの叫び声。


恐怖が、背骨を貫いた。


派手な能力はない。

強くもない。

特別でもない。


……けれど、俺には“一つ”だけ能力がある。


俺は慎重に、ほとんど怯えるようにルーンを起動し、エミに意識を集中させた。

眩い光も、エネルギーの爆発もない。

目立つものは――何も。


少なくとも、目に見えるものは。


彼女の動きが、わずかに研ぎ澄まされた。

魔力が、より濃く。

反射神経が、ほんの少しだけ速くなる。


それで十分だった。


エミは気づかない。


だが――悪魔は気づいた。


攻撃が、ありえないほど僅かな差で外れる。

取るに足らないミス。

だが、それが命取りだった。


エミは迷いなく隙を突き、容赦なく止めを刺した。


戦いが終わっても、誰も俺を見なかった。


ヒロシとアユミは女王に呼ばれ、

エミは俺に礼を言った――まるで、精神的な支えだったかのように。


俺は、うなずいた。


それでいい。


影にいる方が、いつだって安全だ。


……少なくとも、そう思っていた。


次の村へ向かう途中、エミが笑顔で振り返った。


「なんだか、この旅……面白くなりそうだね!」


俺は、ため息をついた。


主人公になりたくない人間に限って、

なぜか厄介ごとに執着されるらしい。



---


回想 ――二年前


頭を貫く激しい頭痛。

吐き気。

現実から引き剥がされ、無へと放り出された感覚。


目を開けると――


俺は、複雑なチョークの魔法陣の中で、三人とともに跪いていた。


左にはアユミ。

背が高く、気品に満ち、今この瞬間でさえ隠しきれない貴族的な佇まい。

名門校の制服は乱れ一つなく、こめかみを押さえ、不機嫌そうにしていた。


右にはヒロシ。

真剣な表情、漆黒の髪。

すでに周囲を冷静に分析しており、その眼差しは背筋が凍るほど鋭かった。


正面には――

ふらつきながらも、目を輝かせているエミ。


俺の、親友。


歴史の試験勉強中に、

「なんか光ってて綺麗!」とか言いながら

怪しいメダルを見つけて――触った張本人。


……そして、俺たちはここにいる。


部屋は荘厳だった。

天井まで届くステンドグラス。

床には、まだ煙を上げる秘術の紋様。


部屋じゃない。


召喚の祭壇だ。


白金の王冠を戴く女性が、玉座から立ち上がった。

その存在感だけで、空気が押し潰される。


女王だ。


「異世界の勇者たちよ」

彼女は宣言した。

「汝らを召喚した。セフィロの支配により、我が王国は滅びゆこうとしている」


幻影が現れる。

天使のような美貌。

光の翼。

完璧な顔立ち。


だが――像は歪んだ。


真実が露わになる。

真珠質の冷たい物質で作られたバイオ・アンドロイド。

犠牲者を歪んだ奴隷へと変える怪物。

五年にわたり王国を蝕み続ける疫病。


「汝らの神々は、この使命のために恩寵を与えた」


アユミの手の上で、水のオーブが舞った。

水操作。

彼女は満足そうに微笑んだ。


ヒロシの前には、霊的な砂時計。

時間操作。

彼の表情が引き締まる――その危険性を理解していた。


エミの掌では、ステンドグラスの光が湾曲し、小さな太陽を形作った。


「見える! すごい……綺麗!」

彼女は笑った。


光創成フォトジェネシス


最も汎用性が高く、

最も強力な力。


そして、エミが俺を見た。


腕を掴み、面白いものを見つけたかのように俺を立たせる。


「この人は?」

「この人の力は何?」


沈黙。


女王は眉をひそめた。


「……この若者は誰だ?

儀式は三人分だ。三人のみ」


視線が、俺に集まる。


同情。

哀れみ。

好奇心。


俺は、ため息をついた。


「彼女のせいです」

エミを指さして言った。

「引きずられました。物理的に」


足元のルーンが、不規則に点滅した。

欠陥品。


俺には、恩寵がなかった。


短い協議の後、女王は俺の手の甲にルーンを刻んだ。

小さな強化。

補助。


……慰めの賞品。


実際、そうだった。


二ヶ月で、彼らは

五年かけても成し得なかったことを成し遂げた。


俺は、ただ見ていた。


――エミを除いて。


彼女は、決して俺を置いていかなかった。



---


記憶が、霧散する。


「アレックス……本当に」

エミが声を落とした。

「あなたがいなかったら、どうしてたか……」


彼女は悪くない。


彼女には見えない。

見えない“糸”が。

今日、目覚めたこのルーンが。


俺は、ただ平穏に生きたかった。


その時――感じた。


気配。


森の縁、断崖の上で、一人の男が静かにこちらを見ていた。

歓声も、拍手もない。


視線は――俺に固定されている。


好奇心じゃない。


認識だ。


背筋に、冷たいものが走った。


初めて――


誰かが、俺の影を見たのだろうか?


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