第9話 アナスタシア
やはり王女だった。
やってしまった、とアマミヒメは思った。
キイカともう1度会うためには、5人の王女の血を捧げなければならない。
この子は敵だ。見捨てるべきだった。
だが、目の前の王女には戦う気はないようだった。
アマミヒメは尋ねてみる。
「あなたは、どうしてここに?」
アナスタシアは伏目がちに答えた。
「家族を…取り戻すために。」
「そのために、何が必要かは知ってるの?」
「知ってる…ミーシャが教えてくれた。」
ミーシャ。
アマミヒメにとっての三日月のような存在が、アナスタシアにもいるのだろう。
だが姿は見えない。先ほどのこの子の危機にも現れなかったのだろうか。
アマミヒメの疑問に答えるように、アナスタシアは続けた。
「でも、ミーシャをここには呼びたくないの。あの子に怪我をさせたくないから。私、家族にまた会いたい。でも、戦いは嫌い…。」
困った。
アマミヒメは再び思った。
会話などしなければ良かった。
殺さないと、キイカに会えないのに。
目の前の王女は、ただの優しい女の子だ。
これ以上この王女の内面を知ると、刃が鈍ってしまいそうだった。
アマミヒメは、自分に言い聞かせるように言葉を発する。
「私、友達を生き返らせたいの。そのためには、5人の王女を殺さないといけない。だから、あなたとも殺し合う運命にあるわ。…殺せば生き返るのが本当だったら、だけど。」
本当だったら。
そんな条件を最後に付け足したのは、アマミヒメの弱さだ。アマミヒメはそれを自覚していた。
三日月の言葉を信じて、キイカのために手を汚すと決めたのに。
いつだって逃げて、矛盾して、後悔ばかりの自分が嫌になる。
だがアナスタシアは、あっさりとその条件を否定した。
「あ、そのルールは本当だと思うわよ。」
そう言うとサーベルを抜く。
アマミヒメは一瞬身構えるが、アナスタシアは気にせず、慣れない手つきで自分の指先に傷を入れる。
「痛ったあ!」
「ちょっと、危ないよ!」
思わず素で止めてしまう。
アナスタシアが何をしてるのか、こんな状況で自分が何を言ってるのか、アマミヒメはもうよく分からない。
「見てて」
アナスタシアはそう言うと、血を一滴、地面に垂らした。
すると、その血を吸い込んだ地面から、草が芽吹き、あっという間に育ち、花が咲いた。
しかもそれは1本や2本にとどまらず、血を垂らした場所を中心に瞬く間に広がっていく。
「本当に歴史を変えられるかは、やってみないと分からないけど…。この島では、王女の血が力になるのは確かだよ。」
アマミヒメはごくりと唾を飲み込んだ。
1滴でこんなに命が育つなら。5人分の血があれば。
にしても、この王女はどういうつもりなんだろう。
私の迷いが消えて、自分に襲いかかってきたらどうするつもりだったのか。
…なにも考えてなさそうだ。
「あなたは、自分でこれに気づいたの?」
「ううん。実は、さっきミーシャが教えてくれたの。」
アナスタシアは舌を出した。
「島に来てすぐ、誰かが頭の中に直接語りかけてきたでしょう?」
「ええ、この子…三日月が語りかけてきたわ。」
「でも今は話せないでしょう?この世界に一度呼び出したら、もう会話できなくなるらしいの。でも私、ミーシャをまだ一度も呼び出してないから。」
そういえば、さっき鳥に襲われている時も、アナスタシアは1人で剣を振り回していた。
ミーシャに怪我させたくない、とも言っていた。
自分の命が危ないのに何を言ってるのだろうと思ったが、引き続き言葉での情報を得られるなら、これは利点だ。
「アナスタシア。…提案があるの。」
アマミヒメは言った。自分への言い訳ができたことに、少しだけ安堵しつつ。
「私たちは、最後は殺し合う運命にあるわ。でも…途中まで一緒に行かない?助け合えることもあるかもしれない。」
アナスタシアの表情が一気に明るくなった。
「もちろん。せっかく知り合いになったんだもの。少しの間でもあなたと話して、沢山好きになれたら嬉しいわ。ところで…」
アナスタシアは三日月を見上げた。
アマミヒメはふと気付く。三日月は、倭国に1頭しかいない馬だった。この王女にとって、私は神獣に乗って現れた英雄のように見えたかもしれない。三日月が神獣だなんて、こんな状況だけどちょっと誇らしい。
だがアナスタシアの反応は期待と違った。
「この馬、可愛いわね!」
「え…この生き物を知ってるの?」
「え?馬でしょ?」
「馬です…」
倭国では珍しかった馬だが、他所の国ではそうでもないらしい。
こんな状況だけど、少しだけがっかり。
その時、また、遠くの森がかすかにざわめいた気がした。
声は小さい。島のどこかで、今度こそ戦っている王女がいるのかもしれない。
アマミヒメは、緩みそうになった気持ちを再び引き締めた。
「中央の遺跡に向かいましょう、アナスタシア」
そこで、殺し合うことになるとしても。




