第3話 顕現
(キイカを、救える…?)
だがアマミヒメは、すぐに動き出せなかった。
殺せば救えるのが本当なら、自分の手を汚す覚悟はある。
だが、先ほどから語りかけてくるこの声を、信じていいのだろうか。
「あなたは…だれ?」
知っている気がする。けどどうしても思い出せない。
ーー僕は…
しかしその答えは中断された。
アマミヒメが出てきた茂みの中から、先ほどの巨鳥が再び現れたからだ。
(まずい!)
ここまで追ってくるなんて。
さっきいた森の中とは違う。視界の良いこの砂浜では、逃げ場がない。
だが、その巨鳥は、数歩フラフラと歩いたかと思うと、突如倒れた。
見ると、巨鳥が歩いてきた道には血痕が続いていた。その血は巨鳥の腹から流れていた。
森から出てきた時、すでに致命傷を受けていたのだ。
「…誰?」
巨鳥が出てきた森から人の気配を感じ、アマミヒメは声をかけた。
現れたのは、剣を持ち、真っ直ぐにこちらを睨む少女だった。
18歳くらいだろうか。後ろで束ねた漆黒の髪。革製の籠手が手首から前腕を覆っている。
深い緑色の上下に分かれた服は、見習いの頃に見た魏の国の使者の衣装にどことなく似ていた。
おそらく、大陸の者だ。
「待って。私はアマミヒメ。あなたは?」
言葉は通じるだろうか。
警戒しながらも、戦意がないことを身振りで示し話しかける。
「高句麗王女、瑠火だ。」
少女の言葉を、アマミヒメは理解できた。
この世界では言葉の壁がないのだ。そういうものなのだと、アマミヒメは理解した。
高句麗。
聞いたことがある。大陸の半島に、そのような名の国があったはずだ。
いずれにせよ、この王女のおかげで助かった。
それに、ここに来て初めて出会えた人間だ。
少し話せるだろうか。
だが、口を開こうとするアマミヒメの頭に、大きな声が響いた。
ーー気をつけて!
それと同時に、瑠火が剣を構えた。
その目には、明らかな殺意の炎をたたえていた。
ーーこの島には、あなたを含めて6人の王女がいる。目の前の王女もその1人だ。彼女も、他の王女を殺して歴史を変えようとしてる!
「え…?」
瑠火が近づいてくる。
アマミヒメは焦る。
さっきの巨鳥と同じだ。逃げ場がない。戦うための武器もない。
なのに、目の前の相手は、巨鳥よりも遥かに強い。
ーー僕を呼んで!
また声が聞こえた。
ーー僕の名を呼んで!あなたを必ず守る。
だがアマミヒメは戸惑う。
だって、私はあなたが誰か分からない。
ーーあなたは僕を知っているよ。ずっと側にいたから。
ずっと側に?
でも、邪馬台国が滅んだ後、私はずっと1人だった。
追手から逃れるために小さな村を転々とし、一生を終えた。
ずっと私の側にいてくれた人なんて…。
まさか。
「三日月…?」
アマミヒメが呼んだのは、キイカが残してくれた軍馬の名だった。
アマミヒメは三日月の背に乗り、追手から逃れ、村から村に移動した。
そして死の直前まで、ずっと三日月はアマミヒメとともにいた。
その瞬間、空気が震えた。そして光を裂くように、巨大な黒馬の姿が顕現した。
キイカの手製の手綱。鞍にはアマミヒメが生前使っていた鉾がくくりつけられている。
紛れもなく三日月の姿だった。
「三日月!」
アマミヒメは、目覚めてから初めて少女のような笑顔を見せる。
嬉しい。また会えた。
三日月が顔を上げいななく。先ほどまで聞こえていた声は、三日月のものだったのだ。
瑠火は、突如現れた三日月の姿に驚き、警戒しているようだった。
アマミヒメは三日月の背に飛び乗る。
「三日月!お願い!」
「…っ、待て!」
瑠火が慌てて追うが一足遅く、アマミヒメはその場を逃れた。




