第2話 アマミヒメの回想
これは、アマミヒメの記憶。
4世紀の、倭国での出来事。
その日、広場には、大勢の人が集まっていた。
処刑に立ち会うヤマトの有力者たち。
息をひそめ見守る民たち。
その中心には、縛られたキイカがいた。
まだ15歳の、小柄な少女。
だがその正体は、天才的な戦いの才能で何度もヤマトの軍を打ち破り、劣勢の邪馬台国を支えた将だった。
最後の戦いで、迫る敵軍にキイカはひとり突撃し、ついに捕らえられた。
だが彼女の奮闘は、敵の統率を乱し、女王・アマミヒメを逃す隙を作った。
今は、捕虜になってからの過酷な日々のせいで、立ち上がる力もない。
それでも、広場を警備する兵は、過剰なほど多かった。
キイカは、女王の友だった。だから、キイカを助けるために女王が現れる。
ヤマトはそう読んでいた。かつての支配者を捕らえる好機を逃す気はない。
そして、その読みの通り、アマミヒメは広場に向かっていた。
キイカ。
ずっと私のために戦ってくれた。
敗北が見え始め裏切りが相次ぐ中、あなたの一途さにどれだけ救われたか分からない。
いつだっけ。遠征の帰りに見かけた、西の村の村長の息子が格好良かったって言ってたよね。
でも私は、どこが良いのか分からなくて。思わず「どこが?」って聞いたら、あなたちょっとムキになってたね。
もっと、そんな話がしたかった。
キイカ。
あの日邪馬台国は滅びたけれど、あなたのおかげで、私はまだ生きてるよ。
せめてそれを伝えたい。
(あそこまでだ)
アマミヒメは、広場の手前の位置に狙いを定めた。
キイカに託された軍馬「三日月」の背に乗り、姿を現す。
群衆がざわめいた。
キイカがこっちをみたような気がした。
隊長らしき男が、近くの兵に何か指示を出すのが見えた。
キイカは縛られ、広場の中央に跪かされている。
捕らえられてから今日まで彼女が受けたであろう屈辱を思うと、胸が裂けそうなほど痛んだ。
今すぐキイカのところに行きたい。
広場の中央まで走り、キイカを抱きしめ、礼を言いたい。
次の瞬間にヤマトの兵士たちの槍に貫かれるとしても、キイカと一緒に人生を終えられるなら、どんなにいいだろう。
それでも。
アマミヒメは決めていた。
助けない。
私が近づくのは、ヤマトの兵が気づいて追ってきても逃げ切れるギリギリの距離まで。
キイカは私を守ろうとした。
だから私はキイカの思いに応えるために、絶対に、キイカの目の前で捕らえられたりしない。
助けようとして死ぬより、生き抜く姿を見せることが、キイカにとってきっと救いになるはずだと信じた。
見て。キイカ。
私、馬に乗れるようになったよ。
昔あなたが勧めてくれたときは、怖くて乗れなかったけど。
あなたが守ってくれた命で、生き抜いてみせるから。
キイカの顔は見えない。
どうか、少しでも安らかにと願う。
アマミヒメはヤマトの兵を振り切り、広場を去った。
***
これは、アマミヒメが自らの意思で決めた結末。
だが、その後のキイカのいない人生でアマミヒメを支配したのは、明確な後悔だった。
キイカの処刑が予定通り執り行われたと聞いたとき。
自分で決めたはずなのに、涙が止まらなかった。
キイカ……ごめんね…!
ごめんなさい…!
生きることこそが、あの子のためだ。そう自分に言い聞かせた。
でも、本当にそうだったんだろうか。
確かめる機会は、もう、永遠に来ない。
もし叶うなら。
もしあの時に戻れるのなら。
今度は、何を置いてもあなたを助けたい。
アマミヒメは今際の際まで、ずっと、そう思っていた。
***
今、死んで土に帰ったはずのアマミヒメは、キイカとともに過ごしたあの頃の姿で、なぜか異国の島にいる。
そして声は確かに言った。
5人の王女たちを殺せば、キイカの、死の運命を変えられる、と。




