第15話 羽化
アマミヒメとアナスタシアは、三日月の背に乗り中央の遺跡に向かっていた。
足場が悪いため、三日月は慎重に足を運ぶ。
そのため歩みは遅く、ようやく森の切れ目に出たときには、日が傾きかけていた。
(なんとか、暗くなる前にたどり着きたいけど…)
遺跡にはまだ距離がある。
火を起こす道具もないこの状況で、森で夜を迎えるのは避けたい。
夜の森は完全な闇。危険すぎる。
背後のアナスタシアの消耗が激しいのも気になった。
息が荒く、顔が赤い。なのに、汗があまり出ていない。体の中の水が尽きかけているのかもしれない。
寒冷な土地で育ったアナスタシアにとって、この高温多湿の原始の森は過酷なのだ。
そうでなくても、5人の王女と戦わなくてはならない異常事態で、緊張しっぱなしだというのに。
「アナスタシア、もう少し頑張れる?」
「ええ、大丈夫…。ちょっと…喉が乾いただけ…。」
「頑張って。三日月、遺跡まで最短距離でお願い。」
アマミヒメが三日月の首を撫で、指示を出す。
だが、三日月は進まない。低く鼻を鳴らし、首を振る。
「三日月…?」
すると突如、アマミヒメが進ませようとした方向の土が崩れ、深い穴が現れた。
一見普通の土だったが、足元に空洞があったのだ。
もしあのまま進んでいたら。アマミヒメはぞっとした。
これはもう、仕方ない。
アマミヒメは腹を決めた。人が主役ではないこの森を焦って進んでは、遺跡にたどり着く前に全滅だ。
どこかで夜を明かそう。
幸運にも、そこから少し進むと、小川があった。
アマミヒメは手ですくって口に含む。
(うん…大丈夫。)
「アナスタシア、水を飲んだ方がいいわ。」
川の水を直接飲んだことのないアナスタシアは一瞬ためらったが、喉の乾きには勝てず、口に含む。
「おいしい…!」
「少し横になりなさい。ついててあげるから。」
「ありがとう…。」
アナスタシアはその場で仰向けに寝転んだ。
耳元で聴こえる川のせせらぎが心地良い。空はもう薄暗く、ぼんやりとみていると少しずつ星が見え始めた。綺麗だわ。
アナスタシアはアマミヒメを見る。
アマミヒメは三日月と並んで座り、三日月に身体を預けている。
「ごめんなさい。あなたも疲れているはずなのに。私、守られてばかりね。」
「そんなことないわ。あなたがいないと、私も心細かった。」
アナスタシアは、少しだけ、アマミヒメの言葉に嘘が混ざっているのを感じた。
出会ってそんなに時間も経ってないけど、分かる。
アマミヒメが助けてくれるのは、心細かったからじゃない。きっと、助けずにはいられないのだ。
「心細かった」なんて理由をつけてしまうのは、アマミヒメが自分のその性質を認めたくないからだ。
出会ったとき、アマミヒメは何度も「私たちは殺し合う運命」と繰り返していた。
こんなに優しいのに。
きっと、そうまでしても変えたい何かが、裏切れない誰かがいるんだ。
ーー不甲斐ない。
アナスタシアは、溢れそうになる涙をこらえる。
私は、アマミヒメと友達になりたいのに。アマミヒメの思いを、一緒に背負ってあげられる強さがない。
強くならなければ。
守られているばかりじゃ、だめだ。
アナスタシアは起き上がった。体調はだいぶ良くなっていた。
でも、まだ少しだけ身体が熱を持っている。
ーーよし。
腰紐を緩め、ボタンを外す。肩をすくめると、厚手の服が肩から落ちた。
「ちょっと、何してるの?」
アマミヒメはアナスタシアの突然の奇行に面食らう。
アナスタシアはそのまま服を脱ぎ捨て、川に入って行った。目をつぶり、勢いよく全身を沈める。
あー、気持ちいい!
顔を出して、立ち上がり、アマミヒメに声をかける。
「アマミヒメもおいでよ!冷たくて気持ちいいよ!」
「いや、他の王女や獣が来たらどうするの…。」
アマミヒメは呆れ顔だ。
アナスタシアは、もう一度水に顔をつけた。
脱ぎ捨てるんだ。これまでの自分を。
…ところで、どうやって身体を乾かそうかしら。




