第14話 瑠火
セレネとソフィアの前から一時撤退した瑠火は、森を掻き分け進んでいた。
大きく、分厚い葉。瑠火の国にはなかった植物だ。
だが、その森の空気は、何故か瑠火に、守れなかった最期の景色を思い出させた。
***
「また、来ました…」
報告する兵の顔には、濃い疲労が滲んでいた。
城壁の上から外を見ると、赤い旗をなびかせた唐の軍勢。
これまで何度も退けてきた。
なのに、勝っても、勝っても、何度も奴らは攻めてくる。
それでも、兵たちの中心にいる瑠火の瞳は、まだ光を失ってはいなかった。
「大丈夫だ。私達なら何度だって跳ね返せる。そうだろう?」
「そうだ!」
隣に立つ若い武官が声を張り上げる。
「我々には瑠火様がついている!恐れるな!今日も守り抜くぞ!」
うおお!と鬨の声があがる。
女の身でありながら前線に立ち続ける瑠火の姿は、いつも兵士たちを奮い立たせた。
瑠火の母親は、王の側室の一人だった。
だが、ある日突然王宮を追われ、母娘はこの国境の砦で暮らすことになった。
幼かった瑠火には、詳しい事情は分からない。おそらく何らかの権力争いがあって、母はそれに巻き込まれたのだ。
だが、数年が経った今、瑠火にとってそんなことはもうどうでも良かった。
瑠火は、この砦が好きになっていた。
兵士たちは皆気さくで、瑠火を王女ではなく、仲間として扱ってくれた。
動物が好きなドンウは、砦で飼っている馬や鳥のことを色々教えてくれた。山犬のオンゴンだけは何故かドンウより瑠火によく懐き、少しだけドンウはむくれていた。
ミンソクは最近祝言をあげた。相手は幼馴染のヨンファだ。
実はヨンファは別の男からも求婚され、瑠火に相談に来ていた。顔も財力も性格も、よく言えば甲乙つけ難く、悪く言えば一長一短で、2人でギリギリまで迷っていたのはミンソクには内緒だ。それでも、祝言の日のヨンファは幸せそうだった。
そんな話を聞かせるうちに、当初は毎日泣いていた母も、徐々に表情が明るくなった気がする。
瑠火にとって、国とは、この砦だった。
男も女も関係ない。絶対にこの場所を終わらせない。
だって私は、高句麗の王女だから。
「それでは持ち場に向かいます、どうか瑠火様もご無事で。」
先ほどの若い武官が、瑠火の前で一礼する。
「頼むぞ、岳俊。後でまた会おう。」
そう言って瑠火も持ち場に向かう。
すれ違う時に、2人の手が少しだけ触れた。
瑠火は思わず動きを止め、振り返る。岳俊はそのまま進んでいく。
今日も、たくましい背中だ。いつからだろう。あの背中から目が離せなくなったのは。
…いや、そんなことを考えている場合じゃない。
さっき岳俊に少しだけ触れた自分の手の甲を、胸の前でぎゅっと握る。ここから、無限の力が湧いてくる気がする。
そして、前を見据えた。
王女と武官。身分は違えど、祖国を守りたい思いは同じだ。
瑠火は信じていた。
自分たちは負けない。
守り抜けば、いつか戦いは終わる。
そしてその時こそ、岳俊に想いを伝えるのだ。
しかし、戦いは終わらなかった。
勝てば次の年にはさらに大きな軍勢が押し寄せてきた。
敗れれば村が焼かれ、仲間が死ぬ。
勝っても、勝っても、終わらない。
気がつけば、ドンウも、ミンソクも、ヨンファも、いなくなっていた。
そしてついに砦が落とされ、数ヶ月後、都が陥落したとの知らせを受けた。
瑠火は母に別れを告げ、岳俊とともに山に向かった。母は何も言わず、ただ黙って頷いた。
山で合流した残党たちとともに、2人は祖国を取り戻すための抵抗軍として戦い続けた。
そして最期の日。
矢の雨を受ける瑠火の隣に、すでに岳俊の姿はなかった。
ああ…
瑠火は悟る。
間違っていた、と。
戦いは終わらない。
相手を完膚なきまでに殲滅しない限り、終わることはないーー。
***
今、瑠火は、新たな肉体を得て、異国の島を進んでいる。
誰がここに私を呼んだのか知らないが、今度は間違えない。
守るのではない。終わらせる。
「行こう。オンゴン」
瑠火は、次の目的地を島の中央の建物に定めた。




