表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/14

第1話 アマミヒメ

挿絵(By みてみん)



【島・西側の森】



背後で、巨大な獣が動く気配を感じる。

だが振り返る余裕はない。


密集する木々が自分を隠してくれることを祈りながら、アマミヒメは森を走っていた。


腕を振り、足を前に出す。

身体中に酸素を送りこもうと、息は荒くなり、心臓の鼓動が速くなる。

熱を少しでも逃すため汗が吹き出る。

新たな命を得たこの身体を、こんなところで終わらせるものかと、全ての細胞が叫んでいる。


(やっぱり…)


アマミヒメは確信する。


これは、私の身体だ。


でも、なぜ?

私は死んだはずなのに。

今、再び肉体を得ている。

私がもっとも強く生きていた、あの頃の姿で。



***



数分前。

太古の密林を思わせる鬱蒼とした茂みの中で、アマミヒメは目を覚ました。


外見は20歳前後。腰まで流れる長い黒髪に、白を基調とした古代日本の巫女風の衣装。

翡翠の勾玉の首飾りと金の髪飾りは、彼女がいた社会での身分の高さを示している。

湿った土の匂いで自分が横たわっていることに気づき、身体を起こす。

視界が徐々に焦点を結んだ。


(ここは…?)


目に入ったのは、見たことのない植物だった。

シダのようだが、アマミヒメの知るシダより大きく、葉も分厚い。

見上げると、木々の隙間から青い空が見える。

日は昇っているようだが、木がところ狭しと生えているため、森の中は薄暗い。


次にアマミヒメは、自分の身体に注意を向けた。


手。足。感覚がある。

顔の前に手を持ってきて、見つめる。

一度握って、開いてみる。動く。

息を吸うと、湿気を含んだ空気が肺に広がる。

その中にかすかに潮の香りがした。海が近いのだろうか。


(生きている…?)


たくさんの疑問が浮かんでは消えていった。

だがそれは前方の茂みが揺れる音で突如中断された。

目をやると、そこには巨大な生物がいた。


(ーー逃げなければ!)


その生物の風貌は、瞬時にアマミヒメにそう決断させた。


鮮やかな羽毛に包まれた鳥のような姿で、アマミヒメの背丈を超える大きさがある。

巨大な嘴と鋭いカギ爪は、明らかに捕食者のそれだ。


アマミヒメを見ている。


丸腰のアマミヒメが勝てる相手とは思えなかった。

アマミヒメはその巨大な鳥から視線を離さず、ゆっくりと下がっていく。

そして、茂みに飛び込み走り出した。



***



走っている。


そのことにアマミヒメは小さな感動を覚えていた。

私は病に冒され死んだ。動くこともできず、苦しかった。

なのに今は体が軽い。やはり若返っている。

まるであの頃ーー邪馬台国の女王だった頃に戻ったみたいだ。


邪馬台国。


かつて倭国と呼ばれていた日本に存在した、代々女王が鬼道を持って治めていた国。

歴史に消えたその国の、アマミヒメは最後の女王だった。


国が滅びた後も生き延びて、最後は病で死んだ私が、なぜここにいるのか。

そもそも、ここはどこなのか。

分からないまま、アマミヒメは走る。


「キイカ…」


口をついて出たのは、邪馬台国最後の日に、自分を逃がしてくれた友の名だった。


キイカ。

私のたった一人の友達。

そして、私が見捨てた友達。


もしここが死後の世界なら、あなたに会えるかしら。



***



森が途切れると、そこは海に面した砂浜だった。水平線の向こうには何も見えない。

波は穏やかだったが、アマミヒメは胸の奥に冷たいものを感じた。


この海は、外に出るためのものではない。

私はこの地から逃げられない。

確信だった。


走ってきた道を振り返ると、巨大な鳥の姿はなく、アマミヒメは安堵する。

先程までいた森の向こうには山があり、その中腹には建造物のようなものが見える。

遠くて判然としないが、倭国にはない造りの建物のように思えた。


ーーアマミヒメ…


突如、頭の中に声が聞こえた。

アマミヒメは息を呑む。


「誰?」


ーーアマミヒメ、聞いて。僕はあなたの味方。ここは、あなたが元いた世界とは異なる世界にある島だ。あなたは一度死んだ。けど、魂がここに呼ばれて、新たな肉体を得た。


「異なる、世界…?」


ーーこの島の中央に、歴史を変える力を持つ『書』がある。ある条件を満たせば、その『書』を1行だけ自由にできる。書き加えることも。消すことも。歴史を書き変えることも。


(歴史を…)


アマミヒメは頭の中で反芻する。


(変えられる…?)


「あの、歴史を変えるって…」


アマミヒメは問おうとして、口をつぐむ。

許される問いなのか、自信がなかった。

だが、声はその問いに答えた。


ーーうん。できるよ。邪馬台国を勝利させることも。キイカの、死の運命を変えることも。


ドクン。


アマミヒメの心臓が大きく跳ねる。


キイカ…。

今でも分からない。あの日、決めたことは、正しかったのか。


「どうすればいいの?条件って…?」


アマミヒメの問いに、一拍置いて、声が応えた。


ーー条件は、殺すこと。あなたと同じくこの島に呼ばれた、5人の亡国の王女を。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ