【ヘタレ注意】あー、もうっ。結婚してあげますからっ!
私の足元で、東洋の伝統芸『土下座』を披露しているのは、この国の第二王子殿下――エルネスト様。
しかも、半泣き。
「僕にはシスティーナしかいないんだよぉ……結婚してよぉ!」
「なんで、フラれるたびに私に求婚してくるんですか」
「システィーナが一番好きなんだもん」
青みがかった銀色の長い髪を緩やかにひとつ結びにして、淡い水色の瞳を持つエルネスト様。今も昔も妖精のように美しいと褒めそやされているからこそ、余計に残念な姿だと思う。
私は見慣れてしまっているけれど。
幼いころからの付き合いであるエルネスト様。
お父様が宰相なこともあり、王太子殿下やエルネスト様とお会いする機会が多かった。
少し年上の王太子殿下は良きお兄様。同じ歳の第二王子殿下はヘタレな弟。そんな感じの付き合い。
王太子殿下に婚約者が出来てからは、エルネスト様と二人で遊ぶことが増えた。
『ぼく、システィーナとけっこんする』
エルネスト様が勝手にそう言い出したのは、六歳の春だった。
少し前に王太子殿下が十二歳になり、婚約者の発表をしたことで、彼は結婚というものを認識したのだと思う。かくいう私もそうだったから。
ただ、親や友に向けるものとは違う『愛』が存在しているのだと知りはしたものの、まだまだ他人事で実感は湧いていなかった。
ある日、国王陛下とお父様が、宰相の娘が王族と結婚すると癒着と思われかねないことや、政治的なパワーバランスが崩れるなど、難しい話をしていたことで、エルネスト様の宣言は叶うことはないのだろうと思っていた。
『システィーナは、ぼくのことすき?』
『……ふつうです』
『そっか! きらいじゃないなら、すきだね!』
『はなし、きいてます?』
エルネスト様との会話はいつもそんな感じで、意思疎通不可だよなぁといった感じ。
十歳になったころ、一度だけお父様からエルネスト様のことや結婚など、どうしたいかと聞かれた。私は、家のためになる結婚がいいので、エルネスト様は嫌だと答えた。
わが家――フェロルディ侯爵家には弟がいるが、まだ生まれたばかりだった。弟が独り立ち出来る年齢になるまでは、私が家を支えねば、という思いが強かった。
昔は契約結婚が当たり前だった貴族だけど、ここ最近は恋愛結婚も盛んになってきている。
なので、お父様は「好きな人が出来たら言いなさい」とだけ言った。
好きな人は沢山いる。でも、愛している人はこのときの私には分からなかった。
十二歳になったころ、エルネスト様がお付き合いしている人がいると言ってきた。
王子のくせに、我が家の私の部屋に乱入してきて、当たり前のように私の部屋のソファに座って、チラチラとこちらを見ながら。
「おめでとうございます。好きな方が出来たのですね」
「……好きって言われたから。好きになれるかなって」
そんな理由でお付き合いをして大丈夫なのだろうかと思っていたら、一ヵ月もしない内に破局したというゴシップが社交界に広がった。
「っうぅぅ。システィーナ結婚してよぉ」
「はい? なんでですか。嫌ですよ」
フラれたのだとベソかきながら、求婚された。いやまぁ、求婚というほどの真剣さは微塵もなかったけれど。
それからというもの、彼女が出来てはドヤ顔で報告してきて、フラれては半泣きで求婚してくるようになった。
私の部屋で。
十四歳の春は、天使のような見た目だと人気の伯爵令嬢。
「フワフワの金髪で本当に天使みたいに笑って可愛いんだ」
「ようございましたね」
「それでね、彼女がそれを自慢しながら、僕もそこが気に入ったんだろうって聞いてきたんだ。たから、僕はシスティーナみたいな燃えるような髪の色の方が好きなんだよね、って言ったら、頬を打たれたんだよね。見た目と違って気性が激しくてびっくりしちゃった」
――――こりゃ、フラれるわけだ。
「僕さ、システィーナじゃないと、やっぱり無理だよ」
「私はエルネスト様が無理ですよ」
「ケチ」
小一時間説教しつつ、何がどうケチなのかも説明させた。
十四歳の冬からは、マシュマロのように柔らかそうで色白な侯爵家のご令嬢だった。
「冬はピッタリとくっつかれるのもいいな、と思ったんだ」
「へぇ」
「でもね、春を過ぎてからしんどくて」
「…………」
「汗かくし、暑苦しいから、少し離れてほしいなぁってお願いしたらさ、鳩尾に拳が飛んできたんだよ!? 酷くない!?」
酷いのはお前だ! と脳天に拳骨した。
「なんでシスティーナまで殴るのぉ!」
マシュマロご令嬢には謝罪の手紙を書かせた。翌週フラれていたので、手紙の中身も最低だったのだろうなと思う。
十五歳の夏、お胸がたゆんたゆんな年上の伯爵家ご令嬢と海に行ったと報告があった。
「胸をね押しつけてくるんだ。バイーンって」
押し付けたわけでなく当たっただけなのでは? と思った。押し付けるものがないこちらとしては、想像でしかないけれど。
「ジッと見てたら、触っていいって言われたんだよね」
「……はい?」
「だから、揉んでみたんだよね。脂肪ってこんなに柔らかいんだなぁ、凄いねって褒めたら、拳が顔に飛んできたんだよ!?」
褒めてない。それは殴られて然るべきだと思う。左目の周りが薄らっと青くなってるのはそのせいか。っていうか、揉んだのか。
正直、ドン引きした。
「システィーナ、結こ――――」
「ぜっっっったいに、嫌です」
十六歳の冬からお付き合いしていたのは、八歳上の若くして未亡人になってしまった方。
「押し倒されてさぁ、馬乗りになられたんだよ!?」
「童貞を捨てたというお話です? おめでとうございます?」
「なんでさ!? 僕の純潔はシスティーナのものだからって叫んで、護衛の騎士を呼んだから大丈夫だよ!」
何がどう大丈夫なのかわからない。
未亡人の方がその後どうなったのか怖くて聞きたくないけれど、エルネスト様が嬉々として教えてくれるので、聞く羽目になる。
「王族を襲った罪で国外追放だってさ」
「エルネスト様が悪いのに?」
「僕、ちゃんとそういうつもりはないって断ったんだよ!?」
「あー、まー、はい。おめでとうございました」
「なにが!?」
珍しく、いじけて帰って行った。
十七歳になり、本気で好きになれそうな相手と出逢ったとエルネスト様が言った。
我が家の私の部屋で優雅に紅茶を飲みながら。
「おめでとうございます」
「なんでかなぁって考えてたけど、見た目がシスティーナにそっくりなんだよね。それでいて優しいの」
これは直ぐにフラれるパターンだなと思っていた。
「来週、二人で海に行くんだけどさ、水着とかってプレゼントしていいものなの?」
「ドレスと違いまして、身体の魅せ方や好みも大きく違ってきますので、やめたほうがいいと思いますよ」
「そっかー。システィーナはどんな水着が好きなの?」
――――なぜ聞く。
「海楽しかったよ! あ、これお土産」
「ありがとうございます」
綺麗な桃色の貝殻をもらった。砂浜で拾ったらしい。
「初めてお礼言われた気がする!」
「いつも言っていると思いますけど?」
「笑顔で!」
「そうですかね?」
どうやら顔が緩んでいたらしい。
嬉しければ笑顔になるものなので、いつもはエルネスト様が駄目駄目だったのでしょうね。記憶にありませんが。
「付き合って一年記念の旅行に行きたいって! どこがいいかなぁ?」
「なぜ私に聞くのですか」
「え、だって……あれ? なんでかな?」
「ご自身でお考えください」
「うん」
とりあえず、いちいち我が家に報告しに来るところから止めてはどうかと提案したものの、エルネスト様はあまり納得されていないようだった。
「システィーナ、聞いてよ……」
しょんぼりと肩を落としたエルネスト様が、私の部屋に来るなり、私のベッドにうつ伏せでダイブした。
確か、明日は現在付き合っているご令嬢のお誕生日だったと思うのだけど、なにしに来たんだろうか。
我が家の使用人たちはエルネスト様に慣れすぎていて、当たり前のように私の部屋に通す。本当にやめてほしいなと思っている。けれど、それは叶わぬことだと理解しているので、使用人たちには言わない。
言うなら、本人に。
「私も聞いてほしいです。毎回毎回、淑女の部屋に勝手に入ってこないでください」
「止められたことないよ?」
「当たり前でしょう!? 貴方は王子殿下なのです。我が家の者たちには止められません」
そう言うと、エルネスト様がベッドに寝転んだまま、顔だけこちらに向けた。
「システィーナも止めないじゃないか」
「……では、ベッドから下りて、出ていってください」
「嫌だ」
って、言うものね。まぁ、今まで許していたのに急に何でだって話でもあるけれど。
「ハァ。それで、今日はどのようなご用件で?」
「システィーナともう会わないでくれって言われたんだ」
「そうですか。それで、ここに来たと」
「うん」
「バカですか」
つい、口が滑りました。エルネスト様があまりにもおバカさんで。
お付き合いしている女性からしたら、当たり前でしょう!? 恋愛結婚が主流になってきているとはいえ、お付き合いイコール結婚予定という認識だ。
将来夫になる男性が、幼馴染とはいえ異性に頻繁に会いに行くなど、許せないのが当たり前だと思う。
「……じゃあ、システィーナが僕と結婚してよぉ」
「嫌です」
「ケチ」
ケチとかいう問題なの?
そもそも、付き合っている相手がいるのに求婚してくるな! とこっぴどく叱った。
そんな話をした翌日のお昼。エルネスト様がまた我が家に来た。
「デートじゃなかったんですか」
「フラれた」
「また、ですか」
そう言うと、エルネスト様が口を尖らせてプチプチと何か文句を言っていた。
「僕にはシスティーナしかいないんだよぉ……結婚してよぉ!」
「なんで、フラれるたびに私に求婚してくるんですか」
「システィーナが一番好きなんだもん」
なんだもん、とか言われても。
ちょっとかわいいけども。
今までずっと口実に使われているんじゃないかと思っていた。エルネスト様から、好かれてはいると思う。でも、ただ単に居心地がいいだけなんじゃ?と思うことが多い。
部屋に来て好き勝手過ごしたり、人のベッドで泣いている姿を見ていると。
「ねぇ、システィーナは誰かを好きになったりはしないの?」
「……どう、でしょうね」
エルネスト様の『おかげ』か『せい』か、私は『エルネスト殿下のもの』といった認識だ。
誰も言い寄ってきてはくれないのよね。まぁ、私も他の誰かを見ることなく、今まで来たわけだけれど。
「システィーナがそうやって一瞬言い淀むのは、嘘ついてる時だよね?」
急に真顔になって、そういうことを言うのだから、エルネスト様は本当に掴めない人だ。
長年一緒にいる私でもそう感じるのだから、歴代の彼女たちは、余計に不安だったろうなと思う。
「そういうところだけは、聡いんですよね」
「褒めてないよね!?」
まぁ、直ぐにベソかきエルネスト様に戻るんだけど。
「お嫁に行きたいとか、ないの?」
「家のためになればいいなと思ってますよ」
「違うよ、システィーナの気持ちだよ!」
「ですから、先ほど言ったことが、私の気持ちです」
本心からだと伝えると、エルネスト様が何やら考え込んでいた。
しばらくすると、パッと顔を上げて、淡い水色の瞳をキラキラと輝かせた。
「それなら、僕と結婚すればいいじゃないか!」
「なぜ」
こちらの気持ちとか全部無視のエルネスト様にモヤッとして、思ったよりも低い声が出てしまった。
「え、こんなんでも、王子だし。将来は安定してるよ?」
「……政治的パワーバランスを考えてください」
「今どき、そんなこと考える令嬢なんて……あっ、システィーナは考えてくれていたんだよね、ごめん。システィーナを否定したいわけじゃなかったんだ」
エルネスト様が何を言おうとしたのか瞬時に分かってしまい、自分でも顔がクシャッと歪んだことに気が付いた。
エルネスト様が言うことは正しいと思う。
情勢や時代は刻一刻と変わっており、以前は対立しがちだった王族派閥と有力公爵派閥や議会派閥は、今はわりと仲が良くなっている。
たとえ意見が対立しようとも、それはそれとして横に置くようになってきている。
だからといって、十年近く蓋を閉めて奥底に隠していた想いを解放するのは、なんだか違う気がしていた。
「システィーナ、だから僕と結婚しよ? ね?」
「嫌です」
「ケチだなぁ。あっ! ねぇ、来月の夜会は来るよね?」
「急になんですか? 行きますけど」
「パートナーいなくなったし、久しぶりにダンスしようよ!」
エルネスト様は、ダンスは気疲れするから苦手だと言っていた。でも、私とは昔から一緒に練習していたおかげか、あまり気負わずに踊れて楽しいのだとか。
誘い方はそこそこ最低だが、エルネスト様とのダンスは私も好きなので、了承しておいた。
夜会の日はエルネスト様が屋敷に迎えに来てくれた。
久々にエスコートしてもらい、馬車に乗り込んで他愛ないおしゃべり。
いつもひとつ結びのエルネスト様だけど、夜会のときはサイドを編み込んでいたりする。そこらの女子より美しいのだから、なかなか目に毒だ。
「システィーナの方が綺麗だよ。煌々と照る夕陽のようで、いつも目が離せないんだからね?」
エルネスト様の髪型を褒めていたら、流れるように褒め返されてしまって、悔しくも少し照れてしまった。
こういうところ、凄く自然なのよね。
「あり、がとうございます……」
「ふふっ。照れてるね! システィーナ、可愛い!」
嬉々として顔を覗き込んでくるところは、ちょっと嫌い。
王城に着いて、エルネスト様にエスコートされながらの入場。
両陛下に挨拶していたら、なぜか少し申し訳なさそうな顔で、エルネストがいつもすまないね、と謝られた。いつものことなので気にしていませんと言うと、更に申し訳なさそうな微笑みに。
――――何かあったのかしら?
ボールルームに向かいつつエルネスト様に聞いたけれど、きょとんとした顔で首を傾げられた。
「いつものことじゃない?」
「そうですが……いや、そう開き直られるのもなんか癪なのですが?」
「ふふふっ。システィーナは怒ってても可愛いよね」
覗き込むようにこちらを見てくるエルネスト様。
幼いころは私のほうが背が高かったのに、いつの間にか追い抜かれていた。
「さ、行こう?」
ボールルームに着いて、すぐに中央へ誘われた。その日の一曲目は、王族がいる場合は王族が中央で踊るのがルールだ。だから、他の人たちが壁際にいることに、違和感を覚えなかった。
だだ、妙に浮ついたような空気ではあった。
ボールルームの真ん中に立ったところで、なぜか辺りがシンと静まり返った。
そして、目の前に立っていたエルネスト様が真剣な表情で私の名前を呼んだ。
「システィーナ」
「…………はい?」
そこからは、スローモーションだった。すべてがゆっくりと動いて、時間に置いていかれているような感覚。
エルネスト様が床に両膝を突いた。そして、両方の手のひらも床に突き、ゆっくりと屈み込んだ。
東方の国から謝罪の最上位姿勢だと伝わっている、伝統芸・土下座。
それをこの国の第二王子殿下が披露した。
私に。
「システィーナ、僕と結婚してくださいっ!」
「なっ……」
なにをやっているんですか!と叫びたかった。でもこの場では流石に出来ず、声を必死で抑え込んだ。
「幼いころから、大好きなんだ。システィーナしか無理なんだ! 僕と結婚してくださいっ!」
ゴンと床に頭をぶち当てながら叫ばれた。ボールルームのど真ん中で。
周囲のご令嬢たちは両手を胸の前で組んで、期待に満ちたキラキラとした視線をこちらに飛ばして来ている。
――――くっ。
「システィーナ……だめ?」
淡い水色の瞳を潤ませて見上げてこないでほしい。私は、この目に本当に弱い。いつだって、こうやって『お願い』をされると、折れてしまう。
「システィーナ、お願いっ」
「っ、あー! もぅっ! 分かりましたからっ! 結婚してあげますからっ!」
「ほんと!?」
「とりあえず、婚約者からですからね?」
「うんっ!」
パァァァァァッと光が差したような笑顔でエルネスト様が飛び上がり、抱きついてきた。
辺りからは割れんばかりの大きな拍手。
これは完全に仕組まれていた……断れない。
本当に嫌だったら断れるのだけれど、私には断れなかった。
エルネスト様の事が、好きだから――――。
「はぁ、ほんと……騙されました」
「えっ、今それ言うの!?」
初夜の真っ只中、軽く意識を飛ばしかけたところで、ふと昔のことを思い出した。
後ろから抱きしめて来ているエルネスト様が何やら焦ってるけれど、無視でいい。
あの日のプロポーズは、かなり仕組まれまくっていた。
エルネスト様がしっかりと両陛下もお父様も説得し、関係各所に連絡を入れ、箝口令を敷いていた。
今までお付き合いした彼女たちとは、エルネスト様なりにちゃんと精算も終えていたらしく、それぞれからおめでとうございますや、割り切ってお付き合いしていたので――なんて言われた。
私を捕まえるための、罠。
私が素直になれるための、罠。
「まぁ、いいんですけどね、べつにっ」
「えっ、何が!? ねぇ、何がぁ!? システィーナ、怒ってる……?」
「多少?」
なぜ疑問形なんだとしつこく聞かれたが、教えてあげない。
少しは私の心労と疲労も察してほしい。
幼いころからずっとずっと我慢していたとか言って、明け方まで抱き潰されたのだ。
多少の自業自得とはいえ、ちょっとは八つ当たりさせてほしい。
「エルネスト様」
「はいっ!」
少し低めの声で名前を呼んだら、ベッドの上で正座された。
全裸なんで、変態感が凄いんですけど?
「待て、が出来ないと捨てますからね?」
「はいっ、ごめんなさいっ!」
エルネスト様は今日も綺麗な土下座を披露してくれた。
ちょっと可愛いから許してあげよう。
「でもまぁ、愛してますよ」
「っ!? 僕もっ! 僕もだよ!」
また、押し倒された。
―― fin ――
最後までお付き合い、ありがとうございます(*´艸`*)
ヘタレ過ぎるだろ……、 伝統芸・土下座か☆、可愛いかもしれない、調教してしまえ……とか、そんなんでいいので、ブクマや評価、感想などいただけますと、作者がスライディング土下座をカマすかもしれません。
_(⌒(_´・ω・`)_シュタッ