ゴールデンゴージャス ~普通の少女が放つ、黄金の輝き~
バレーボールコートの床が、夕陽を浴びて黄金色に染まる時間帯。
汗の滴が床に落ち、小さな水たまりが光を反射する。その光景はまるで、砂浜に打ち寄せる波が太陽の光を砕いているかのようだった。
「佐藤!レシーブが甘いぞ!もっと腰を落として!」
コーチの声が体育館に響き渡る。
「は、はい!」
佐藤花は慌てて姿勢を低くした。彼女の動きは不器用で、どこか空回りしている。
「ごめん、ごめん!また失敗しちゃった…」
佐藤花。17歳。身長158cm。体重…まぁ、女の子の秘密ってことで。
彼女は県立桜ヶ丘高校バレーボール部の二年生。特筆すべき特技もなく、成績も平均点。自他共に認める「普通の女の子」だった。
「普通って、時々すごく重たく感じるんだよね」
花は幼い頃からそう思っていた。
クラスには目立つ美少女がいて、成績優秀な天才肌がいて、運動神経抜群のスポーツ少女がいる。みんな何かに輝いている。でも花はただの「普通」。
桜ヶ丘高校バレーボール部。県内でも無名の弱小チーム。
去年の県大会では初戦敗退。今年こそは…という気概はあるものの、現実は厳しい。
「花ちゃん、大丈夫?」
副キャプテンの三浦美咲が、水筒を差し出してくれた。
「ありがと、美咲ちゃん。私って本当ダメだよね」
「そんなことないよ。花ちゃんは…花ちゃんなりに頑張ってるじゃん」
「花ちゃんなりに」という言葉が、どこか痛かった。
練習終了後、夕暮れの帰り道。花は一人で遠回りして、山の上の古い神社に立ち寄った。
「神様…私にも、何か特別なものをください」
そう祈った瞬間、不思議な風が吹き、賽銭箱の陰から金色に輝くペンダントが転がり出てきた。
「これ、誰かが落としたのかな?」
花がペンダントに触れた瞬間、強烈な光が彼女を包み込んだ。
「な、なに!?」
全身が金色に輝き、体の芯から力がみなぎる感覚。髪は金色に染まり、視界が鮮明になる。
「こ、これは…私が…変身?」
花は自分の手を見つめ、驚きに目を見開いた。その手は、今までの自分のものとは思えないほど力強く、そして美しく輝いていた。
「私が…特別になれるの?」
その時、花はまだ知らなかった。この不思議な力が、彼女の人生を、そして弱小バレーボール部の運命を、どう変えていくのかを—。
ペンダントの不思議な力に戸惑いながらも、家に帰った花。
「変身した自分、まるで別人だった…」
鏡に映る普通の自分を見つめる。ペンダントは再び静かに輝きを失い、ただの装飾品に戻っていた。
その夜、花は夢を見た。
黄金の光に包まれた自分がコートに立ち、驚異的な跳躍力でスパイクを打ち込む姿。観客は総立ちで彼女に歓声を送っている。
「まさか…これが現実になるなんて…」
朝、目覚めた花はペンダントを首にかけ、いつもより少し早く家を出た。
「おはよう花ちゃん!珍しく早いね」
朝練に現れた花を、チームメイトたちが驚いた顔で迎える。
「今日はなんか、体が軽いんだ」
体育館で素振りをする花。昨日までの動きとは何かが違う。
「佐藤、その動き、いいぞ!」
顧問の山下先生が目を細める。花のフォームには昨日までなかった伸びやかさがあった。
「次の練習試合、佐藤をレギュラーに入れてみようか」
チームメイトたちの間に驚きの声が広がる。花自身も信じられない思いだった。
「私が…レギュラー?」
そんな時、体育館の扉が勢いよく開いた。
「おはようございます!見学に来ました!」
入ってきたのは隣町の強豪校・鷹ヶ峰学園の選手たち。その中央に立つ長身の少女の眼差しが、花に向けられる。
「あなたが…桜ヶ丘の新戦力?」
鷹村凛。鷹ヶ峰学園の絶対的エース。県内屈指のスパイカーとして名を馳せる天才選手。
「え?私?いや、私なんて…」
花が慌てていると、ペンダントがポケットの中で微かに温かくなる。
「面白そうね。次の練習試合、楽しみにしてるわ」
凛の挑戦的な微笑みに、花は言葉を失う。
その日の放課後。
「県内トップ校と練習試合ですって?無理でしょ!」
部員たちの間に動揺が広がる。
「でも、これがチャンスなんだ」
山下先生の真剣な表情に、部室は静まり返った。
「強いチームと戦うことで見えてくるものがある。それに…」
先生は花を見た。
「佐藤には、何か光るものを感じるんだ」
「光るもの…」
花はポケットのペンダントに手を当てた。その瞬間、再び体の中から力がみなぎるのを感じる。
「私…頑張ります!」
その言葉が、彼女の運命を大きく動かし始める。まだ花は知らない。次の練習試合で、彼女の隠された力が世界を驚かせることになるとは—。
運命の練習試合の日が明けた。
「お守りにしよう」
花はペンダントを首元に隠すように身につけ、深呼吸した。
体育館には既に鷹ヶ峰学園の選手たちが整列していた。その圧倒的なオーラに、桜ヶ丘の部員たちは緊張の面持ち。
「あら、来たわね」
鷹村凛が花を見つけ、微笑んだ。その目には興味と挑戦が混ざっている。
「いよいよだね」美咲が声をかける。「花ちゃん、緊張しないで」
「う、うん…」
花の手は震えていた。レギュラーとしての初試合。しかも相手は県内トップ校。
「練習試合、桜ヶ丘高校対鷹ヶ峰学園、始めます!」
試合開始。序盤から鷹ヶ峰のプレッシャーに押され、桜ヶ丘は点差を広げられる。
「このままじゃ…」
花は必死だった。だが彼女のプレーは空回り。上手くいかない。
「タイムアウト!」
ベンチに集まるチーム。山下先生の険しい表情。
「佐藤、お前の力を見せる時だ」
その一言に、花の中で何かが目覚めた。
「そうだ…私には…」
コートに戻った花は、密かにペンダントに触れる。
「お願い…力を貸して…」
その瞬間だった。
体育館の照明が一瞬ちらつき、花の体が金色の光に包まれる。
「な、なに!?」
全員の視線が彼女に集中する中、花は変わっていった。髪は黄金色に輝き、目は琥珀色に変化。全身から光が放たれる。
「これが…私の本当の姿…!」
「ゴールデンゴージャス、参上!」
花自身も驚くほど堂々とした声が体育館に響き渡った。
「花ちゃん…?」美咲が目を見開く。
対面コートの鷹村凛も言葉を失った表情。
「さあ、本気の試合、始めましょう!」
その後の展開は圧巻だった。
花…いや、ゴールデンゴージャスとなった彼女の動きは超人的。信じられない跳躍力でスパイクを打ち込み、どんな速攻も見切るレシーブ。
「すごい…あれが佐藤?」観客席から驚きの声。
しかし徐々に、違和感も生まれる。
「みんな…私のことを恐れてる?」
第二セット途中、突然ペンダントの光が弱まり始めた。
「え?どうして…?」
変身が解け、元の佐藤花に戻りつつある。
「まだ…試合の途中なのに…!」
その瞬間、鷹村凛のスパイクが花に向かって飛んできた。
凛の強烈なスパイクが花に迫る。
「間に合わない…!」
全身の金色の輝きが消えていく中、花は本能的に体を伸ばした。
ペンダントの力は消えつつあるのに、彼女の体は動いた。純粋な反射神経と意志の力で。
「うおおおっ!」
ボールが花の腕に当たり、高く舞い上がる。
「ナイスレシーブ!」
チームメイトがフォローし、繋いだボールは相手コートに決まった。
「や、やった…」
完全に元の姿に戻った花。しかし、彼女の目には新しい光が宿っていた。
「力がなくなっても…私は…」
「佐藤、どうした?続けられるか?」山下先生が心配そうに声をかける。
「大丈夫です!むしろ…今からが本番です!」
花の言葉に、チームメイトたちは驚きの表情。
「花ちゃん、さっきの金色の…」美咲が小声で聞く。
「後で話すね。今は試合に集中しよう!」
第三セット。元の姿に戻った花だが、その動きは以前とは違っていた。
ゴージャスな変身はなくとも、花の中には確かな自信が灯っていた。
「私の強さは、ペンダントだけじゃない…」
彼女のプレーはシンプルだが効果的で、チームの流れを変えていく。
「あの子…変わった」鷹村凛が目を細める。
接戦の末、最終セットは鷹ヶ峰に敗れたものの、桜ヶ丘は強豪校を追い詰めた。
「いい試合だったわ」
試合後、凛が花に歩み寄る。
「あなた、本当は何者?あの金色の力は…」
「私は…ただの佐藤花だよ。特別でも何でもない、普通の女の子」
花は微笑んだ。もう葛藤はない。
「でも、普通であることも、悪くないんだって思えたんだ」
凛は不思議そうな表情を浮かべたが、やがて納得したように頷いた。
「次は県大会で会いましょう。その時は…全力で潰すわ」
「待ってるよ!」
放課後、古い神社に一人で訪れた花。
「神様、ありがとう。特別な力をくれて」
ペンダントを手に取ると、それはゆっくりと光を放ち、砂のように崩れ始めた。
「え?」
驚く花の前で、ペンダントは完全に消えてなくなった。
「そっか…もう必要ないんだね」
その夜、部室に集まったバレー部のメンバーたち。
花は全てを打ち明けた。神社で見つけたペンダント、ゴールデンゴージャスへの変身、そして力が消えたこと。
「信じられないけど…あれは確かに花ちゃんじゃなかった」
「でも最後、普通の花ちゃんに戻っても、すごかったよ!」
チームメイトたちは花の話に耳を傾け、次第に笑顔になっていく。
「ねえ、提案があるんだ」美咲が立ち上がった。
「私たち全員で、ゴールデンゴージャスになろうよ!」
「え?」
「金色の力は花ちゃんだけのものじゃない。私たち全員の中にあるんだよ」
美咲の言葉に、部員たちが次々と賛同する。
「そうだね!私たち全員でゴールデンゴージャスだ!」
翌日から、桜ヶ丘バレー部は生まれ変わった。
ユニフォームに金色のアクセントを加え、「ゴールデンゴージャス」をチームスローガンに掲げる。
練習は厳しくも楽しく、それぞれが自分の役割を見つけていった。
「私の金色は、みんなの支えがあってこそ輝くんだ」
県大会予選。桜ヶ丘は強豪校を次々と破り、ついに決勝で鷹ヶ峰と再戦する。
決勝戦、五セットの死闘の末、最後のボールを花がスパイク。
「これが…私たちの…ゴールデンゴージャス!」
鮮やかな決勝点。桜ヶ丘の初優勝が決まった瞬間だった。
試合後、凛が花に近づいてきた。
「あなたの言っていた『普通の輝き』、少し分かった気がする」
二人は固く握手を交わした。
顧問の山下先生は、感極まった表情で花に告げた。
「佐藤、お前が神社で見つけたという『特別なもの』は、最初から力じゃなかったんだ」
「どういうことですか?」
「それは『自分を信じる心』だよ。金色の輝きは、いつだって君たちの中にあった」
花は胸に手を当て、今も確かに感じる温かさに微笑んだ。
「私たち全員が、ゴールデンゴージャスなんだね」
~ あとがき ~
皆さん、『ゴールデンゴージャス』を最後まで読んでいただき、ありがとうございます! バレーボール小説第10作目となる今回、思い切って「スポ根×魔法少女」という新しい挑戦をしてみました。いかがだったでしょうか?
実は私自身、高校時代はバレー部で「ベンチの温め係」だった経験があります。佐藤花のように「特別じゃない」と感じる気持ちは、まさに高校生の私そのものでした。「普通」という言葉にどれだけ悩んだことか…。その思いを花の姿に重ねています。
物語の構想は去年の夏、久しぶりに母校のバレー部の試合を見に行った時に生まれました。小柄でスタメンにも入れないような子が、ピンチサーバーとして入った瞬間、体育館の空気が変わったんです。その子が放った一本のサーブが流れを変え、チームに活気をもたらした姿は、まるで「変身」したかのようでした。「これだ!」とその場でスマホにメモしたのが始まりです。
執筆で一番苦労したのは、変身シーンの描写です。華やかさと臨場感を出すために、実際に目を閉じて「自分が変身したらどんな感覚か」とイメージし、十回以上書き直しました。夜中に「ゴールデンゴージャス、参上!」と小声で叫びながら書いていたら、家族に心配されました(笑)
バレーの技術シーンは、現役の高校コーチに確認してもらい、リアリティを追求しました。でも魔法の要素は思いっきりファンタジーに振りましたね。この「リアルとファンタジーの融合」が私のこだわりポイントです。
「特別な才能がなくても輝ける」というテーマは、実は前作から温めていたものです。競技スポーツの世界は時に残酷で、才能という言葉で人を区切ってしまうことがあります。でも本当の輝きは、それぞれの場所で全力を尽くす姿にこそあると思うんです。
次回作も既に構想中です!今度はバスケットボールを舞台にした青春ものになりそうです。引き続き応援していただけると嬉しいです。
最後に、いつも感想をくださる読者の皆さん、本当にありがとうございます。皆さんの「続きが読みたい!」というコメントが、私の原動力です。「私たち全員がゴールデンゴージャス」。これからも皆さんと一緒に、普通の日常に小さな輝きを見つけていきたいと思います!