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愛することはありませんが貴族の責務は全うしますと妻が言います

作者: 龍 たまみ

 伯爵令嬢のエレーナと、侯爵家次男のリカルドとの婚約が急遽決まった。


 ずっと長年、リカルドへ淡い恋心を抱いていたエレーナにとっては、とても喜ばしい縁組だったが、急に決まった家同士の婚約にエレーナは困惑していた。


(私は、ずっとリカルド様をお慕いしておりましたが、領地経営を失敗して落ちぶれ始めた我が家と婚姻を結ぶことは……ご迷惑なのではないかしら)


 嬉しさ半面、ちょっと申し訳ない気持ちになっていた。


 (でも、幼少の頃から遠くから眺めていたり、お兄様からの話を伺うだけでそれだけで十分でしたのに、本当に私がリカルド様に嫁いでも良いのでしょうか)


 エレーナはリカルドの気持ちを確認した上で、婚約に至ったのか疑問に思っていた。


 ■■■


 そんなある日の午後。


 リリア公爵令嬢のお茶会に参加していたエレーナは一つの噂を耳にした。


「リリア様、お招きいただきありがとうございます」

「あら? エレーナ様。ご婚約おめでとうございます! 今日のお茶会はそのお話で持ち切りですのよ!」

「ありがとうございます」


 一方的にお慕いしていた男性だったけれど、エレーナは妻となれることを嬉しく感じていた。


「リカルド様は……今まで、ご婚約者がいらっしゃらなかったでしょう?」

「ええ、確かにそうですね」


 リリア公爵令嬢がエレーナにいろいろと教えてくれる。

 同じテーブルの他のご令嬢も静かに頷いている。

(皆様、リカルド様にご婚約者が今までいらっしゃらなかったことを不思議に思っていらしたのね)


「でもリカルド様のご兄弟の皆様、それぞれご婚約者がいらっしゃるのに、なぜリカルド様はご婚約者がいらっしゃらなかったのでしょう?」

「そう言われてみればそうわね。とても、身長も高く礼儀正しい紳士ですのに、縁談が今まで無かったわけでもないでしょう?」


 おしゃべり好きのご令嬢が集まるといろんな憶測が飛び交う。

 真実を何も知らないエレーナも、静かに俯きがちにその話を聞き流す。


「実は、父が昨年、私との縁談を持ちかけたそうなのですが……断られてしまったそうですわ」

 リカルドと同格の爵位をもつ侯爵令嬢が、小さな声で皆に話す。


「それで、私のお父様がなぜ婚約を断ったのか、聞いたらしいのよ! そうしたら、何と想い人がいるからと断られたそうよ。でも、リカルド様もそろそろいいご年齢でしょう? さすがに26歳にもなって婚約者がいないのは……ということで、今年になって諦めたのか、しぶしぶ婚約することに同意したんですって」


 エレーナは、真っ青になる。きっと、誰の目から見てもショックを受けているのがわかってしまうだろう。


「ちょっと、エレーナ様の前で失礼ですよ!」

 リリア公爵令嬢はそういいながらも、薄ら笑いを浮かべて侯爵令嬢を注意した。


(あ……皆さま、すでに周知のことだったのですね。リカルド様に想い人がいることをさりげなく教えて下さったんだわ)


 エレーナは自分の無知を恥ずかしく思い、そのままお茶会をあとにした。


 ■■■


(リカルド様には想い人がいらっしゃるのに、婚約した私は本当に家の財政難を切り抜けて援助してもらうために、婚姻を結ぶのだわ。そのまま侯爵家に領地経営もお願いして、手放してしまうのかもしれない。私は、そのための駒にすぎないのだわ。この婚姻に愛なんか求めてはいけないのね)


 エレーナは自分の身の程をわきまえることに専念し、自分の気持ちには蓋をして婚姻を結んだ。


 そして迎えた初夜。


「リカルド様。私があなたを愛することはありませんわ。でも……貴族としての責務は全うします」


 エレーナは、寝室に訪れた夫であるリカルドに矛盾かと思える言葉をかけた。

(私の愛が重荷になってはいけませんから、私が愛することはないとお伝えして……でも、貴族として子を成さねばならないことも理解しているので、子供は産みます)


 エレーナは歪曲して自分の気持ちをリカルドに伝えた。


 一瞬、リカルドの瞳が揺らいだように見える。

 すぐに意味が理解できなかったせいだとエレーナは解釈した。


 一方、リカルドはエレーナの兄から、小さい頃からリカルドの事を一途に想っていてくれているという話を聞いていた。

 その話を子供の頃に聞いてから、リカルドもエレーナの事が気になり始め、いつのまにエレーナに心を奪われてしまっていた。


(え? えーーー。どういうこと? エレーナがオレのこと好きだってお兄ちゃんからずっと小さい頃から聞かされていたんだけど。何これ? ヤンデレ? そういう演技? どうしようかなぁ…) 


「……エレーナの言いたいことは、わかった。 エレーナは、私を愛さなくてもいい。でも、家の為に子供を産まなければならないのであれば、それは構わないのだね?」


「ええ。そのように受け取って下さい」


(えーーー。めっちゃ可愛いやん。オレの事好きなのに、好きじゃないって言うの? 何それ? しばらく付き合ったほうがいいかなぁ。ちぇー子作りは先伸ばしになるけど、エレーナがどうしたいのかちょっと様子見て、付き合ってあげようかなぁ)


「じゃあ、今日は初夜だけれど……私はそこのソファで休むから、エレーナはそのベットでゆっくり休みなさい」


(残念ーーーーー。楽しみにしていたけどもーーーーー。とっておくよ、楽しみはね!!)


 リカルドは、エレーナの髪にそっと触れようとして手を引っ込める。

 理性と戦っているからだ。


「ありがとうございます。リカルド様、おやすみなさい」

「あぁ、おやすみ。エレーナ」


 夜はそのまま更けていった。


 ■■■


 婚姻を結んでからというものの、リカルドは毎晩エレーナとの夫婦の寝室を訪れ、そこで夜が眠るようにしていた。


(きっと、婚姻を結んだばかりの二人が別々に寝るのは、……使用人にもわかってしまうから、そうならないように夜は一緒にいてくださるのだわ)


 エレーナは、リカルドが想いを寄せている人の傍に行っても構わないと言うべきか、悩んでいた。

(私の傍にいなくても、愛する人の傍に行っても構いませんよと伝えるべきかしら)


 本当は、そうしてあげたいけれど、エレーナは恋い慕う夫が別の女性のところに行ってしまうことは、耐えられそうになかった。


(はぁ。愛しているのに、伝えられないって……辛いわね。どうしたらいいのかしら)


 そんないつもの寝室で横になっている時。


 エレーナは、思い切ってリカルドに想い人の件を尋ねてみることにした。


「リカルド様。お話がございます」

「どうしたんだい? エレーナ」


(お?これは、もしや何か展開を仕掛けてくるのか? 何々、どうしたいのエレーナちゃん)


「実は婚姻を結ぶ前に他の方からお聞きしていたのですが……リカルド様には想い人がいらっしゃるというのは、本当ですか?」


(ウップス。それかーーーー。オレの好きな人、エレーナに決まってるのに。いや~。今、告白しちゃう? どうする、オレ?)


 まさか、妻であるエレーナがその噂を知っていたとは思わなかったのだろう。

 リカルドの目が大きく見開いた。


「なぜ……エレーナがそれを……。いや、今はそんなことはどうでもいいか」


 リカルドは婚姻を結んで、初めて夫婦のベットに一緒になって腰を下ろす。

 そして、エレーナの右手をとってリカルドの両手でそれを包み込む。


(ん~~。ずっとエレーナが好きだったって告白するの……このタイミングで合ってる? 合ってない気もするんだけど……。よし、さり気なくエレーナのことを思っているとにおわせてみよう。でも、気が付くかな~~。エレーナ、そういうの疎そうだからなぁ~)


「エレーナのその聞いた話は、事実だ。私には、確かに想い人がいる。でも、もうエレーナと婚姻を結んだのだから、今は……エレーナを妻だと思って大事にしたいと思っている。でも私はお互いが深く愛している状態で子供を作りたいと望んでいるから、エレーナが私を愛せないというのなら……子供は作らないでいいと思っている」


(いや、今のはちょっと嘘。早く子作りしたいんだけど。エレーナちゃん、いつまでオレの気持ちを弄ぶつもりなの~。焦れ焦れを楽しみたいのか?)


 この言葉を聞いて、エレーナはリカルドは子供を作る行為はお互いに愛がある状態でないと行わないと告げているのだと気が付いた。


(私が初夜にあなたを愛さないって言ったから、子供を作る行為はしないということね……)

 白い結婚のままずっといるということは、離縁する可能性も出てくる。


(私はリカルド様に想い人がいらっしゃるなら、心から愛してもらえなくても構わないけれど、リカルド様のお傍にはずっといたい。どうすればいいのかしら……)


「わかりました。リカルド様に想っていただけるよう、最善の努力を致します」


(ちっがーーーーう! そうじゃない! もうオレ、大好きなんだってば!! 言っていい?いいよね?)


「おやすみなさい、リカルド様」

「……あぁ、おやすみ、エレーナ」


(あーーーー、今日も失敗した!! タイミング逃してしまったよ!!)


 ■■■


 エレーナの兄、ダニエルは不思議に思っていた。

 なぜだが、妹のエレーナと友人のリカルドに同時に呼び出されたからだ。

 しかも、相手にばれないようにこっそり会って欲しいという。


「おい、エレーナ。どうした? 何か問題が発生しているのか?」


「あのぅ、お兄様。私、まだ貴族としての責務を果たせていないのですが……一体どうすれば良いのでしょうか?」


 エレーナが遠回しに言った内容でも、兄であるダニエルは何のことを言っているのか予想がついた。


「ん? エレーナはリカルドが好きなんだろう? なんでまだ…その行為をしていないんだ?」

「だって、リカルド様にはお慕いしている女性がいると聞いたものですから、私のことは愛してくれなくても良いと、婚姻を結んだ日に申し上げたのです。でも子作りはしても良いとも申し上げました」


(馬鹿か。お互い両想いなのに何やってんだよ)


「なんで、そんな余計なことを言ったんだ? そんなこと言われたら、エレーナを愛していたって男なら抱けなくなるだろう。もし仮にそれでお前を抱いたとしたら、野蛮な男性だとエレーナに思われると思ったら、一切手は出せなくなるだろう」


(あーあ。原因は、エレーナの片想いか。こじらせてるなぁ。本当は両想いなのに、なんでこんなことになっているんだ?)


「いいか? お前は、嫁いだんだから、今までリカルドに片想いしていた気持ちを素直に伝えろ? 素直が一番だ。いいな?」

「……はい。わかりました、お兄様。今晩……素直に伝えてみます」

「よし、約束だぞ」


 そうエレーナと会話をした後、ダニエルはリカルドと待ち合わせをしている酒場を訪れた。


「リカルド……オレの妹が、その……すまない! 片想いの期間が長すぎて、めちゃくちゃこじらせている。今晩、素直にリカルドに告白するように伝えたから、それまでその……待ってやってくれ」


「ありがとう。なんだ、こじらせているだけか。まぁ、オレもエレーナへの片想い期間が長すぎて、いつ本音を伝えたらいいかわからなくなっていた。愛さなくてもいいわよ!って言われて、愛しているんだ!!って言えなくなってしまったんだよなぁ。まぁ、オレも今まで好きだったと言葉で伝えることにするよ」


「まぁ、そうだな。それがいいなぁ。よし、一杯だけ飲んだら、すぐに帰れよ」

「あぁ、そうするよ」 


 楽しい友人同士の会話を早めに切り上げて帰ろうとしていた時だった。


 隣の席で飲んでいた男性たちが何やらもめ出す。

 それを仲裁に入ろうとしたお店の女性が転んだところに、喧嘩で我を忘れた男性が剣を抜き、喧嘩相手に切りかかろうとしたところ、誤ってお店の女性に剣先が向かう。


「危ない!」


 リカルドは咄嗟に、その女性に覆いかぶさり身を挺して守る。

(あ、ヤバい。リカルドのやつ、結構深く刺さったんじゃないのか?!)


「おい、リカルド! リカルド!!」

 傍にいたダニエルは慌てて、待たせていた馬車までリカルドを運び、侯爵邸に連れ帰った。


 ■■■


「おい! 開けてくれ! 大変だ!!」


 ダニエルは侯爵邸の玄関扉を勢いよく蹴飛ばして、リカルドを運び込む。

「早く医者を呼んでくれ! 刺されたんだ」


 玄関ホールが騒がしいことに気が付いたエレーナが、階段から降りてくる。


「お兄様! 何があったのですか!!」

 半泣き状態でエレーナがリカルドの傍に駆け寄り、彼のダラリとした手をとる。


「今は、手当が先だ。エレーナ、医者に任せるんだ」


 そう言われて、エレーナは侍女長に落ち着くよう諭され、リカルドと引き離される。


(あぁ、なんてことなの! このまま、リカルド様が……目を覚まさなかったら、私は自分の気持ちを伝えることが一生できなくなってしまうというのに。神様、お願いです。リカルド様を助けて下さい)


 泣き崩れたエレーナは、リカルドの治療が終わるまでずっと両手を組んで、彼の無事を祈った。


「どうぞ、治療は終わりました。……がしかし、まだ今夜が山場となるでしょう。奥様、気をしっかりとお持ちください。諦めてはいけませんよ」

「はい。ありがとうございます」


 よろよろとよろけるエレーナに兄のダニエルは付き添ったまま、リカルドの横たわっている寝室まで付き添う。


「エレーナ。お前、リカルドに話があるんだろう? 今夜、素直な気持ちを打ち明けると約束したじゃないか」

「……そうですわね。たとえ眠っていらしても、私の幼い頃からのリカルド様への気持ちを伝えようと思います」

「その方がいい。後悔する前にな」

「はい。ありがとうございます。お兄様」


 ■■■


「リカルド様……、まだ傷は痛みますでしょうか。実は、私は自分の気持ちを上手にお伝えできておりませんでしたので、今、お話させてください」


 エレーナは目を閉じているリカルドの横に椅子を持ってきて、彼の手をとりポツリポツリと幼少期の一目ぼれから話を始めた。


 朝を迎えるまで、コンコンとひたすら今までの出会い、感じたこと、遠くから見たときに思ったこと、兄から聞いていた話……思いつく限り、どれだけ好きだったのかと溢れる思いを言葉にして伝える。

 何時間も話続けて、やっと最後に


「愛しております……リカルド様」


 やっと、その一言を伝えられることができた。


 するとその瞬間!!


「いや~~~~。エレーナ! 頑張ったね!! ありがとう! 素敵な告白に頬が赤くなったまま一晩話を聞いていたよ!!」


 横たわっていたリカルドがベットの上で、ガバッと上半身を起こした。


「え? リカルド様……お目覚めに……なられたのですか? 良かったーーーーー」


 エレーナはわんわんと子供のように泣きじゃくる。


「エレーナ、ごめん。実は演技なんだ。私が、死に直面したら気持ちを言ってくれるんじゃないかと思って……」

「へ? 演技?」


 エレーナは、リカルドが傷を負っていないことに心の底から安堵する。


「良かったです。演技も……素晴らしかったですわ。おかげで私も自分に素直になることができました」

「いや、まだ私の気持ちを伝えていないからね。今度は私の番だよ」


 そこまでリカルドが言うと、寝室の扉を誰かがノックする。


「ちっ、邪魔が入ったか」

 リカルドは舌をペロッと出して、いたずらっ子のように笑う。


「おい、入るぞ。騒がしいと思ったら……エレーナ、きちんと気持ちは伝えられたのか?」

「ええ。ありがとうございます、お兄様」

「それと、リカルド。オレまで巻き込んで芝居をするな!! 本当に刺されたと思って、心配したんだぞ!」

「ごめんごめん。騙すなら義理の兄からっていうだろう?」


 どうやら、兄妹二人ともリカルドの演技に騙されていたらしい。


 昨晩、ダニエルは執事長に本当のことを教えてもらい、赤い液体を洋服に仕込んでいたことと酔っ払いの振りをして喧嘩したのも、お店の女性が転んだのも全て芝居だったことがわかった。


「あとで、店で芝居してくれたみんなにも御礼言わなきゃいけないな」

「そうですわね……と言いますか、それがリカルド様の素の話言葉ですか?」

「あ? そうだね。こっちの方が私らしい話し方かな。身内にしか見せない顔ね!」


 エレーナの一大イベントである長年の拗らせ片想いの告白は終わった。


 その日の夜、エレーナとリカルドは本当の夫婦になることができた。

 もちろん、リカルドの長年の片想いの告白を聞いてから。 

読んで下さりありがとうございます!


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お互いに本当の気持ちを伝えるって決意した時には頑張れ〜と応援できたのに いきなり禁じ手に手を出す夫のクズさにドン引きしました。 それでも好きだというなら別れた方がいいとまでは言いませんが、 妻は夫婦喧…
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