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幻視  作者: 青磁奏
3/4

 夜風が気持ちいい。


 (さき)は、駅までの道のりをゆっくり歩いていた。

 飲み会での騒ぎの後、軽く酔いを醒さました後花音(かのん)とともに店に戻ると、謙太(けんた)はもういなかった。

 花音(かのん)はまだ飲みたいと言い店に戻ったが、テーブルに戻るなり他の友人達から説教をくらっていた。憧れの人だが、これまでの交友関係にはいなかったタイプらしく、どうアプローチしたらいいのか判らなかったらしい。だけどこの機会を逃せば、もっとチャンスは減ってしまう。


「彼女はいるらしいんだけどさ、友達くらいにはなりたいじゃない? そもそも印象にも残らなかったら意味無いし」

「気持ちは判るけど、地雷確定じゃん!」


 あきれたような友人達に囲まれ、花音(かのん)は肩をすくめた。(さき)も苦笑いである。



「ごめん、私は先に帰るね。明日バイトあるから」


 ひとしきり笑いあった後、残念そうに見上げる花音(かのん)の肩を軽くたたき、(さき)は居酒屋を後にしたのだった。




 9月も中旬になると、夜は少し肌寒い。

 空は高くなるにつれ黒一色になり、地上の灯りが消せないほどの星の光がぽつぽつと針の孔のように散らばっていた。

 駅手前のロータリー付近は、まだ人の流れも車の流れもある。だが、一瞬その流れが途切れると、駅前から左右に伸びる県道沿いは、薄暗い闇に覆われる。

 昼間は、県道沿いに建つビジネスビルから様々な人々があふれて賑やかなのだが、夜も21時を過ぎると、多少田舎でもあるこの地域は静かになる。街灯があるにも関わらず、その道の先が人気のないビルばかりだからで、この街に越してきたばかりの(さき)は、街も夜は眠るのだと初めて知った。


 後少ししたら、()()が変わる。


 人が多い場所では感じることもないが、周りが今のようにがらんどうになった時、ある時間帯から空気が変わるのを感じるようになった。それからは、(さき)も可能な限りその時間帯は、外で一人にならないように気を付けるようなった。

 駅前ロータリーで信号待ちをしている間、(さき)はふと謙太(けんた)の驚いたような表情を思い出した。端正な顔立ちで、確かにカッコよかった。目鼻立ちもそうだけど、(あご)がしっかりしていたのが好みだった。そしてあの驚いたような瞳。


 可愛かったな。ふと頭をよぎった思いに驚き、慌ててその考えを打ち消す。花音(かのん)の顔が脳裏にちらりと現れ、(さき)の意識に「罪悪感」として浮かび上がる前に消えていった。


 それよりも早く帰ろう。この場所、()()()()()()()()がする。




 パアァン




 遠くで車のクラクションが聞こえ、不意をつかれた(さき)は、はっとして顔を上げた。

 右の暗闇からヘッドライトのような細い光が差し込み、その光を見上げた先に広場の時計台が白く薄暗い闇の中に浮かびあがっている。

 瞬間、広場の空気が何かに変質したかのように、あるいは透明なフィルターで覆われ隠されてしまったかのように感じ、(さき)は慌てて手を強く握りしめた。手のひらに食い込む爪の感触はあるが、それでも「感覚」が戻らない。頭の中の軸がゆぁんとわずかに曲がり、目の前に「少しだけ」ずれた世界が広がる。一瞬だけ、昼間サークルの部室で触れた貝の化石が脳裏によぎった。


 まずい、思い出さなければ。


 ここは、駅前。飲み会では花音(かのん)が悪酔いして大変だった。今はこれから切符を買って電車に乗って帰るところ。そう自身に「現実」を言い聞かせ、再度周囲を見回した時―――視界の隅を過ったモノを、咲は()()しまった。






 (さき)が駅前のロータリーで立ちすくむ少し前。


 上条謙太(かみじょう けんた)は夜風に吹かれながら、駅前に向けてぶらぶらと歩いていた。

 21時を過ぎ、駅前に向かう通りは、昼間や夕方ほどではないが、人の波がまだ途切れずにぱらぱらと流れている。帰り道に少し歩こうとも思ったが、あまり遅くなるとまた飲み会帰りのメンバーと鉢合うので、諦めて駅に向かう。


 今日の飲み会にいた酔っぱらいの友達は、不思議なコだったな。


 居酒屋での出来事はもう忘れかけていたが、あの黒い吸い込まれるような瞳と、直接頭に入ってくるような凛とした声だけはまだ頭から離れない。顔立ちはまあ整っている位の認識だったが、それ以上に目と声の印象が強すぎるのだろう。顔かたちから服装まで、あまり覚えていないのだ。

 どこの学部の子なんだろう。そういえばお互い自己紹介するまでもなく、店を出てしまった。もう少し話したかったが、もれなくあの酔っ払いが一緒なので、どのみちそんなに長くは話せなかっただろう。

 でも、縁があればまた会えるかもしれない。同じ大学だし、他の学部のキャンパスもさほど離れていない。多分…多分、近いうち会えるだろう。




 パアァン




 車のクラクションに、謙太(けんた)は思わず顔を上げた。


 駅前ロータリーに入ろうとするタクシーが他の車に鳴らしたようだ。自分がぼんやりと歩いていたことに気付き、慌てて周囲に目をやる。周囲はいつもの夜の駅前の風景だ。明るい駅の構内に吸い込まれていく人々、駅前のコンビニの明かりの周辺にたむろする若者。

 ロータリーを横切る横断歩道に向かおうとし、謙太(けんた)は一瞬声を上げそうになった。信号待ちの人々の中に、1人だけ、薄青い燐光りんこうをまとう人影があったのだ。

 一瞬何か燃えているのかと思い、謙太(けんた)は瞬きをしてその人影を見直した。若い…若い女性だ。肩までの髪、白い肌。ワンピースを着ていて、普通にどこにでもいるような感じの、同年代の女の子に見える。だけど……だけど、その身にまとう青い小さな炎はなんなのだ。なぜ、周囲の誰も気づかないのだろう。

 その女の子がちらりと顔を謙太(けんた)が立っているあたりに向けた。ふうわりと何かを追うような視線で顔を傾ける。何かを視ている。なにかを視ているその瞳は……。

 謙太(けんた)は思わず声をあげた。


「君、もしかして、さっき居酒屋にいた?」


 あの酔っ払いの友達じゃないか! 


 女の子の瞳はゆっくりと謙太(けんた)に焦点を合わせてきた。憑き物が落ちたような、我に返ったような表情で、先ほどまでのぼんやりとした何かを視ていた瞳とは違う。

 側まで駆け寄ると、薄青い燐光はちろちろと彼女の全身を覆っているが、熱くはない。無意識のうちに肩に手を触れると、その反動か女の子ががよろめいた。謙太(けんた)は慌てて彼女を道路の端から植込みまで下げ、座らせた。


「どうしたの? この、青い火みたいなのは何?」


 謙太(けんた)は彼女の顔を覗き込み、まともに彼女の黒い瞳を見た。黒いがつややかな光を帯びた瞳だ。周囲の白い部分がさらに青みを帯びて白く、彼女を取り巻く青い燐光が宿っているようにも見える。確かに飲み会に居た酔っ払いの友達だ。



「君、さっき居酒屋にいなかった? ほら、教育学部の桜井が幹事の。俺、さっき君の友達に絡まれてた上条謙太(かみじょう けんた)


 あ、と小さく呟き、黒い瞳が瞬いた。謙太(けんた)の顔を見て、そうだと言わんばかりに小さく頷いた。どうやら、当たっていたらしい。


「……ねえ、君、何か見えてる?」

「え?」

「……私、どうなってる?」


 いきなりの問いに謙太は戸惑ったが、彼女の身体には青白い炎が未だにチロチロと纏わりついている。この事を問うているのだろう。自覚しているのなら、隠す必要はない。


「君の周りに、…青い火が見える」


 彼女は驚いたかのように目を見開いた。そして、何か大きな空間の中でその身の拠り所を求めるかのように辺りを見回し、そのうち肩に添えられた謙太(けんた)の手に気付いたように視線を落とした。


「あ! ごめんね、勝手に触って」


 視線に気づいた謙太(けんた)が慌てて肩から手を離そうとすると、(さき)は慌ててその手を反対側の手で押さえた。


「いい、このままでいい。私、今、浮いてしまいそうだから」

「浮く?」

「……ごめんね、意味わかんないよね。私も()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。……私の感覚が戻るまで、このままでお願い」


 そう呟くと、彼女はついと視線を外し、空を見上げた。その途端、彼女を取り巻く薄青い燐光りんこうが泡のようにこぽこぽと彼女の体を包んで渦巻き、黒い夜空へと舞い上がっていく。


 周囲の人間が誰一人この光景に気付かないまま、謙太(けんた)だけがあまりの光景にあんぐりと口を開いたまま、その燐光を見つめていた。

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