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破綻的ミステリー

作者: 雉白書屋

 とある船の一室。ビリヤード台に暖炉、ソファー、バーカウンターとシックな雰囲気。そこに集められた乗客たち。探偵が室内をウロウロと歩きながら時折、彼らに鋭い視線を向ける。

 椅子に座る者。壁に寄りかかる者。窓の外を見つめる者。と、その中、ビリヤード台に腰かける者がチッと舌打ちし、痺れを切らしたように言った。


「おいおい探偵さんよぉ! 俺たちを集めてどうする気だよぉ! 推理ショーでも始めてくれるのかぁ!? ならさっさとしてくれよぉ! 俺も暇じゃないんでねぇ! このあと大事な商談があるんだよ!」


「おい、君。人が死んだんだぞ。商談など……」と別の者が咎めるように言った。


「へっ、うるせえな。殺人犯かもしれない奴の説教なんて聞けたもんじゃないね」


「な、それは君もだろ!」


「ふん。俺は奴を殺していない。つまり、俺以外が犯人だ」


「だから、それはみんなそう言っているんだ! 君もアリバイなどないだろう!」


「ふふん、どうだか。まともな人間は俺とあとはそう、探偵さんくらいなもんさ。なあ、そうだろ探偵さんよぉ! 警察公認なんだってなぁ!」


「……ええ、あなたもどうかお静かに」


「へいへい。プロにお任せしますよ……。まったく、こんな奴らとは一緒にいられねえよ。へへ、部屋に帰らせてもらってもいいか?」


「駄目です。殺人犯が近くにいるかもしれない。怖いのはわかりますが、どうかこの場に留まってください」


「こ、怖くなんかねえよ! たくよぉ……」


「……はい、静かになったところで事件についておさらいしましょう。被害者の部屋は窓がなく、鍵が掛けられていた。つまり、密室殺人。この船に乗った全員の中からアリバイのある者を除いた、あなた方が容疑者です」


「だから俺は! ……クソ。被害者の奴とこの談話室で会ったからか」


「そういうことです。ここにいる全員が被害者が死ぬ前に会っていた。死亡推定時刻からして、怪しいのはあなた方七人なのです」


「我々なら被害者が部屋に戻ってから死ぬように飲み物に毒を仕込むことだってできたってわけですね」


「まあ、そういうことです」


「毒……てことは犯人は」


 全員の目があるひとりの人物に注がれた。老人。呆けたような彼はそのことに気づくと片眉を上げ、笑った。


「ふふふ、わしかい?」


「おじいさん……確かあなた、薬に詳しいとか言ってましたよねぇ」


「いかにも。薬理学者だからな」


「おいおい、犯人はそのじいさんで決まりじゃねえか!? もう帰っていいよな探偵さんよぉ!」


「いえ、待ってください。私は毒が使われたとは言ってませんよ。ですが……そう、確かに使われたのかもしれませんね。……愛という猛毒をね! 犯人はあなたです!」


 今度は全員の目がこの場でただひとりの女性に向けられる。女は椅子から立ち上がり、言った。


「ちょ、ちょっと待ってよ探偵さん。ええ、確かにあたしに怪しいところがあるのは認めるわ。どうせもう知っているんでしょう? あたしが被害者と一緒にこの談話室から出たことをね……。でも待って。一緒に出たあと、すぐにあたし一人だけ戻ってきた。ねえ、そうよね?」


「あ、ああ。確かに彼女は一人で戻ってきたぞ」


「彼から一緒に部屋にって誘われたけど、ふん、急に気が変わっちゃったのよね。死亡推定時刻よりも前のはずよ」


「ええ、彼女の言う通りです。ですが……あなたは人殺しだ」


「ま、まだ言うの!? あたしは彼を殺してなんてないわ! それに、彼が出ていったあと、他にもこの部屋から出た人間もいるわよ! そこの彼とかね!」


「わ、私は殺しなど!」


「あなた、確か武道家なのよね? こう、秘孔を突くとか、あるいは、はあ! とか気を飛ばして人を殺すことだってできるんじゃない?」


「おいおい、そんなこと無理だろ……」


「……確かに我が四千年の歴史を誇る拳法ならそれも可能だ」


「は?」


「『螺旋神速王魔破壊虎口流砕血滅拳』……たとえドアが閉ざされていようとも、その内側にいる者の体内に気を送り込み、死に至らしめることなど容易いが」


「技名ながっ、いや、できるのかよ」


「ですが、あなたは修行中の身。ドアを破壊せずにそれを行うことはできない。そうですね?」


「ふっ……さすがは名探偵。お見通しというわけか」


「な、ならそっちの彼はどうなのよ! 確か、自分は超能力者で他人の脳と繋がれるとか言ってたわよね? あなたならこう、念じて脳をプチュン! ってできるんじゃないかしら?」


「おいおい、そいつはただのマジシャンだろうに……」


「確かに、僕ならできますよ」


「できるのかよ」


「ですが、被害者の男性は妨害チップを頭に埋め込んでいた。まあ、大抵みんな埋め込んでいますがね。翻訳装置も兼ねていますし」


「じゃ、じゃあ、そこのあなたはどうなの? ププシロン星人さん? あなたの星の技術はこの宇宙でも相当進んでいるそうじゃない。ドアのカギを開ける事なんて簡単でしょ?」


「ええ、ちょろいっすねバシッとやってブシッってなもんですよ」


「ですが、この宇宙船のセキュリティもまたラルイア星人により万全となっております。破るのはともかく、その跡も残さずとなるのは難しいでしょう?」


「まぁ、認めたくないっすけどウッス。そうっすね」


「じゃあ、そこのアンドロイドさんは」


「私を犯人扱いすることは最近、制定せれた宇宙法第八万九百九十七条によるアンドロイド差別禁止に抵触する恐れがあります。よろしいデスカ?」


「あ、すみません……ほんとごめんなさい……。じゃ、じゃあ、やっぱりおじいさん! あなたでしょ! なんか、こう新発見の時間差で人を殺せて検出できない毒を盛ったのよ」


「そんな都合のいい毒あるはずないだろーが」


「あるよ」


「あんのかよ」


「ええ、確かに、あなたは毒をお持ちだ。でもその鞄の中の瓶の中身は減っていない」


「ふふっ、お見通しだな。さすがは名探偵」


「じゃあ、やっぱり犯人はその女か。でも、確かにすぐに戻ってきたぞ。被害者の男を部屋で殺し、戻ってきたにしては早すぎる気がするな。……おいおい、まさか実は双子だったとか言うんじゃないだろうなぁ! これがミステリー小説なら読者から総スカンだぜ!」


「……そのまさかですよ」


「えええぇぇ……」


「そして、犯人はあなたであってあなたではない。彼を殺したのはもう一人のあなただ!

これはクローンを用いたトリックだったのですよ。もう一人の彼女、つまりクローンが被害者の男性と一緒に部屋に行き、そして口紅に仕込んだ毒で殺す。

ふっ、愛のキスでね。勿論、自分はリップ下地により無事。その後、自分と相手の唇を綺麗に拭き取り証拠隠滅。毒も検出されない少量で人を死に至らしめる強力な新発見のものを使ったのでしょう」


「結局、都合のいい毒が出てきた……だが、そうなるともう一人の彼女、クローンが船内のどこかに潜んでいるってわけか」


「いいえ、そのクローンの彼女もまた口封じに、ね。皆さんご存じの通り、クローンは宇宙法により製造が禁止されている。

殺される運命にあったというわけですね。彼女たちは船内のダストシュートの前で落ち合い、そして」


「実行犯のクローンを船外へ、か……アリバイ作りのためとはいえ自分は手を汚さず、クローンに。確かクローンはオリジナルの命令に逆らえないよう作らてるんだよな? それをいいことにとんでもない女だぜ。おん? 待てよ。じゃあ、密室はどうなった? 鍵はどうやって戻したんだ」


「小規模のワープホール形成装置を使い、ドアを抜けただけですよ」


「そんなのありかよ!」


「か、彼が悪いのよ……。大好きだからって、彼に言われてクローンを作ったのに……クローンの方が好きって、あたしはいらないなんて言うからぁ! あたし、あたしは……」


「……彼が死んで悲しいですか?」


「え、えぇ、当然よ……殺しなんて……したく、なかった……」


「ふっ、その涙に嘘はなさそうだ。博士、それにププシロン星人さん。あなたたち二人が協力すればまだ彼を生き返らせることができるんじゃないですか?」


「ほう、わしの毒を気付け薬に使う気かい?」


「あー、自分もちょっとそれ考えてたんすよね。まあ、確信はないんでこのまま黙っていようかと思ったんすけど、おじいさん、ちょっと見せて貰ってもいいっすか? あ、これはあれっすね、あーじゃあ、この装置を使えば……」


 一同は被害者が横たわる部屋に移動した。そして……



「はっ! ぼ、僕は一体……」


「あなた、あなたぁ!」


「いや、生き返るのかよ」

「さすがは名探偵と言ったところだな」

「そうだな。見事だ!」

「お見事デス」

「負けましたねこれは」

「いや、マジさすがですわ」


「ふっ。誰も死ななかった。つまり事件は起きなかったのも同然。事件を未然に防いでこそ、名探偵というやつですよ」


「あ、でもクローンは……」


「クローンに人権はない。そもそも違法な存在なんですから」


「それもそうか、じゃあ、めでたしめでたしってやつだ! はははは!」


 和やかな雰囲気の中、探偵は女にそっと耳打ちした。

 これであなたはずっと自由ですよ……と。


 アリバイ作りのために談話室に戻ったのはクローン。手を汚したのはオリジナルの方。彼と愛し合っていたクローンを信用しきれなかったのと自分で手を下すため。事が済んだあと、ダストシュートの前で落ち合った二人。本来ならば、クローンはオリジナルの命令には逆らえないようプログラムされているのだが、愛する者の死、そして自分の命の危機という過度なストレスにより、ほんの一瞬彼女は自由になった。そして、本体の隙をつき……。

 と、探偵は全てを知っている。未解決のまま終わったはずのこの事件の顛末を。

 その後、ひとり生きていくことを苦にした彼女が書いた遺書により発覚したニュースを。そして、もしかしたらあの男を救えたかもしれないという博士やププシロン星人の悔恨。他の容疑者にも聞き込みをし、全て知っている。

 名探偵とはこの宇宙で数多の種がおりなす恋模様、複雑怪奇な事件を、タイムマシンで未来に行き、結末を知ることによって解決することを許された特別捜査官のことを指すのである!

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