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第三話 恋する人形姫

 笑うという行為は本来、獣が敵に対して牙をむく威嚇行動から生まれたものだから、シチュエーションによっては恐怖を与える効果があるらしい。


「あぁ、獅子堂だっけ? お前、千鶴子に――俺の獲物に手ぇ出すの、そろそろ止めてくれねえかなァ」


 僕がそう言って、獅子堂を睨め上げるようにニタァと口元を歪めると、彼女の肩がビクンと跳ねる。


 どんな言動をしても、僕はどうせ他人から強面悪魔だとしか思われないのだ。ようは犯罪行為にまで至らなければ、警察だって感情だけで僕を捕まえることは出来ないのだから……それ以外なら何をしたって自由。自分の凶悪な見た目を最大限利用して、何がなんでも目的を果たしてやるのも悪くない選択だろう?


「ア、アンタには関係ないでしょ!」

「あぁん? ガタガタ震えてんのに、威勢だけはずいぶん良いなァ……おしっこチビッてるくせによォ」

「チビッてないわよ!」


 そう叫びながら、獅子堂は少し内股になる。

 適当に言ったけど案外当たってたのかも。


「ククク、いいなァいいなァ! 千鶴子は最近のお気に入りなんだがなァ、良い声で鳴くから虐めがいがあるんだがよォ。獅子堂、お前もいいなァ」


 僕がそう言って舌なめずりをしながら一歩踏み出すと、途端に獅子堂の顔が青くなって、一歩後退りする。

 周囲にいるクラスメイトからも怯えた視線が集まって来るのだが……なんでだろうな。今はどう思われようが何も気にならない。むしろ僕を悪魔だと認識して欲しい。もっともっと怯えてくれ。なんて愉快なんだ……僕の悪魔顔なら、そんなことは造作もないのだ。


――誰が貴方を悪魔だと呼んでも、私は知ってるから。


 千鶴子が知ってくれていれば、僕は大丈夫。


「お前も千鶴子を虐めんのが好きなんだろォ?」

「ア、アタシは別に」

「そうだなァ、俺と一緒に虐める側をやってみるかァ? マジで良い声で鳴くんだぜェ、か細い声で『やめて、やめて』ってなァ。ククク、マジで傑作なんだよ……なァ、お前もそういうのが好きなんだろォ、そうやって人を嬲んのがさァ」


 出来るだけ薄気味悪く見えるように、気怠い雰囲気で足を前に進めていけば、獅子堂は逃げ損なって地面に尻もちをついた。

 僕はそんな彼女にスッと近づいてしゃがみ込むと、顎を荒々しく掴んで、グイッと持ち上げる。そして、もう一度意識してニタァと笑えば……彼女の目には、怯えたような涙の粒が浮かんでいた。


「一緒に千鶴子を虐めた後はよォ、お前のことも俺が目一杯可愛がってやるぜェ……ククク、愉しみだなァ、お前はどんな声で鳴いてくれんのかなァ……気の強い感じで、いつまでも屈服しない姿ってのも面白いだろうなァ……素質あるぜェ、お前は」

「ひぃっ!」


 ジョバァァァと音がして、獅子堂の下半身のあたりからアンモニア臭が漂ってくる。僕はスッと立ち上がると、彼女にギリギリまで顔を近づけて「お前、マジ最高だなァ」と呟いてからその場をはなれた。


 ヤバい。

 絶対やりすぎた。


 僕はもう自分のキャラがすっかり行方不明になっていたのだけれど、とりあえず千鶴子に「行くぞォ、ついて来い」と謎の亭主関白感を滲ませながら、その場から立ち去った。

 ど、どうしよう。本当にやりすぎた。ここまでやるつもりじゃなかったんだ、ごめん獅子堂さん。あぁ、僕はこの後どの方面から怒られるんだろう。退学になったりする? というか、高校生にもなってこんな強烈な黒歴史を生み出すなんてありえる? 完全に頭のおかしい奴じゃないか。あんなにオラついちゃって。うああああぁぁぁぁぁ。


  ◆   ◆   ◆


 僕は絶対に怒られると覚悟していたのだけれど、結局あの後、学校から「退学だァ!」と叱られることも、獅子堂さんの親御さんから「慰謝料を払えェ!」などと責め立てられるようなこともなかった。

 むしろ獅子堂さんを含めたクラスメイトみんながあの出来事を「そんなことあったっけ?」くらいの感じですっとぼけて扱うので、僕としては拍子抜けしてしまった形だ。


「源太郎……これからずっと隣だね、よろしく」


 事件の一週間後には、リーダーぶっているクラス委員の男が担任に掛け合って、季節外れの席替えを強行することになったのだが。

 その際、なぜか僕と千鶴子の席は一番後ろの窓際に固定されることになってしまった。リーダーくんが言い出しためちゃくちゃな案だけど、どうやら他のクラスメイトには事前に根回しがしてあったようで、超スピーディに全会一致で可決されることになったのだ。


「狐につままれた気分だ」

「……メッセージアプリのクラス用チャットで委員長からみんなに通達があったらしい」

「え? 僕そのチャット知らないんだけど」

「大丈夫……私も未だに招待されてない」


 まぁ、仮に招待されたところで、僕と関係のない人たちが盛り上がるのを虚無の心で眺めているだけになる気がするけれども。


「それにしても、あの件がお咎めナシだったのは意外だったなぁ。最低でも先生に怒られるくらいはあると思ってただよね。最悪、慰謝料とか退学とかさ。ちょっと覚悟してたんだ」

「当たり前………………そんなの私が許さない」

「ん?」


 その口ぶりだと、千鶴子が何かしたように聞こえるけど。


「千鶴子のおかげ?」

「……私は、適切な情報提供をしただけ。それより源太郎……今日もお弁当を作ってきた。後で一緒に食べよ?」

「お、ありがとう。もうこれが毎日の楽しみだよ」


 なんだか少しうやむやな部分もあるけれど、とにかくこれからは、授業中でも隣の席に常に千鶴子がいるようになったことだけ素直に喜んでおこう。


 昼休みになると、僕らは学校から指定された空き教室に向かう。どうも学校としては僕らにカフェテリアへは絶対に近寄ってほしくないみたいで、代わりに最高の場所が割り当てられることになったのだ。

 ここはかつて「第二家庭科室」として使われていた場所なので、お弁当を温め直したり、お茶を淹れることも出来る。実際にやってはいないが、下拵えだけしてきた食材をここで料理して完成させることも可能だろう。


「ご馳走様でした。お弁当、美味しかったよ」

「お粗末様でした。源太郎はそういう言葉を丁寧に言ってくれるのが、その……好き。友達として」


 ちょ、そういうの! 千鶴子は少し、思春期男子の勘違い力を舐めすぎだと思う。まぁ、千鶴子にとっても僕が初めての友達だから、色々と加減が分からないんだろうけれど。


 でも、ここで勘違いしてはいけないぞ、僕よ。

 相手が自分を好きかもなんて勘違いした男は悲惨な末路を辿るのが世の常だ。特に可愛い女の子から「良い人だね」と言われたくらいで舞い上がる程度の男なんて、イケメンの引き立て役としてバッサリ斬り捨てられる運命なのだ。だって千鶴子から借りた少女漫画にそういうの出てきたからね。僕は詳しいんだ。


「そうだなぁ。千鶴子にはいつも貰ってばかりだから、さすがに何かお返しをしたいんだけど。欲しい物とか、して欲しいこととかはある?」

「……何でもいいの?」

「何でもはちょっと。僕にできる範囲なら」


 僕がそう言うと、千鶴子は顎に手を当てて何やら思考を巡らしている。


「……腕枕」

「えっ」


 そうして……僕は静かに押し倒される。

 頭の中が真っ白になって、思考が働かない。


「腕枕で……頭なでなでして」


 千鶴子は僕の左腕に頭をのせると、柔らかい手つきで胸板を撫でてきた。髪からはふわりと、最近嗅ぎ慣れてきた爽やかな柑橘系の香りが鼻に届き、反射的に心臓の鼓動がバクバクと早くなる。なんだこれ。頭が痺れて何も考えらんないんだけど。


「そういえば……源太郎、鍛えてるの? 筋肉」

「う、うん。昔は細くてヒョロヒョロだったんだけど、それが『逆に怖い』って言われてしまったからね。頑張ってトレーニングをしたんだ」


 逆に怖い? 逆にってなんだよ!

 なんて思いながら体を鍛えたのは良い思い出だ。


「その結果、筋肉が付いた今は『普通に怖い』って言われるようになったんだけどね」

「……おかしい」


 千鶴子はそう言うと、僕の右腕をひょいと掴んで自分の頭に乗せた。手のひらで彼女の髪に触れていると、なんだかいけないことをしている気分になる。


「源太郎とこうしてると……幸せ」

「うん。僕も千鶴子と一緒にいると幸せだよ」

「良かった。ねぇ、源太郎……このまま頭なでなでして? お願い。昼休みが終わるまででいいから」


 そんな風に、僕たちの時間はゆっくりと流れていった。


  ◆   ◆   ◆


 僕と千鶴子のいる教室後方の席は、休み時間になると周囲の人々が離れていく。たぶん僕ら二人のホラーな空気に耐えられないんだろう。だからいつも、基本的には二人きりで過ごしているのだが。

 どういうわけだか、今日はクラス委員をしているリーダーくん――早乙女くんが俺たちところに現れた。


「突然すまない」

「ん?」

「二人に相談したいことがあって」


 彼はそう言って、相談内容を語り始めた。


 猫高(にゃんこう)の文化祭、肉球祭の開催は毎年七月。

 来場者はクラスの出し物に対して投票券が配られていて、最も得票数の多かった最優秀クラスにはメリットがある。具体的には、今年の賞品である「冷蔵庫」を教室に設置するのが許可されたり、焼き肉食べ放題チケットを貰えたりするらしいのだ。


 でも正直、そこまで魅力的ではないかなぁ。

 たぶん僕ら二人はみんなに配慮して、冷蔵庫も使わないと思うし、焼き肉にも不参加だろう。


「……親睦会をやり直したいんだ。もう一度」


 早乙女くんはそう言って、僕と千鶴子を順番に見る。


「ごめん、二人とも。僕はクラス委員として全然ダメだった……二人は何も悪いことをしていないのに、二人を除いた形で親睦会を開催するなんて」

「いや別に。辞退したのは僕だし」

「そうさせてしまったのは、こちらの落ち度だ。あの日……君が泥を被ってまで黒木さんを救う姿を見て、僕は自分の不甲斐なさにようやく気づいたんだ。強面悪魔や人形姫……そういった君たちへの誤解を解消するためにこそ、僕は親睦会を開催するべきだったって」


 早乙女くんは深々と頭を下げる。


「だから、まずは二人と一緒に文化祭をやりたい」

「早乙女くん」

「一致団結して、クラスの出し物を盛り上げるために、協力して欲しいんだよ……お化け屋敷の怪物役として」

「それが理由か!」


 ちょっと感動しちゃったじゃないか!

 僕の優しい気持ちを返せ!


 さて、これまでの人生で強面悪魔と呼ばれて恐れられていた僕や、同じように人形姫なんて呼ばれて遠巻きにされていた千鶴子。僕たちの状況が少しずつ変わり始めたのは……思えばこの頃だったのかもしれない。


「…………やろう、源太郎」

「千鶴子?」

「一人じゃない文化祭…………初めて」


 僕たちが――強面悪魔と人形姫が、このあと一体どんな高校生活を送ることになるのか。今はまだ、予想できる者は誰一人としていなかった。

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