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第一話 強面悪魔と人形姫

本作は全ジャンル踏破「恋愛_現実世界」の作品です。

詳しくはエッセイ「なろう全ジャンルを“傑作”で踏破してみる」をご覧ください。

https://ncode.syosetu.com/n0639in/

 人間は顔よりも性格が大事だ、と皆が言う。

 その意見については、僕も異論はない。


 けれど、性格を知ってもらう前提条件として、最低限の顔が必要になるのもまた事実だろう。顔面偏差値が一定水準を下回れば……つまり、そもそも人が近寄って来なければ、顔か性格かを論じる段階にすら至らないのである。


――不気味で暴力的な、強面(こわもて)悪魔。


 僕、鮫島(さめじま) 源太郎(げんたろう)はずっとそう呼ばれてきた。

 落ち窪んだ暗いギョロ目。一向に生える気配のない眉毛。色素の薄い髪と、赤みがかった瞳。背も高くて威圧感があるから、笑顔をニッコリ浮かべるだけで人は絶叫して逃げていく。我ながら、邪悪を煮詰めたような顔面だなぁとしみじみ思う。


「そんな感じで、僕はずっと強面悪魔って避けられてきたんだけど。黒木さんは僕のことを怖いと思わないの?」

「別に…………私も、同じだから」


 四月の半ば、よく晴れた放課後。

 僕らは公園のベンチに並んで腰掛ける。


 ハンバーガーの入った紙袋をガサゴソと漁りながら、黒木さんの小さな声を聞き漏らさないよう集中する。


「私は……みんなに人形姫(にんぎょうひめ)と呼ばれる」

「そっか。確かに人形みたいに可愛いもんね」

「違う…………そんなポジティブな理由じゃない」


 同じクラスの黒木(くろき) 千鶴子(ちづこ)さん。

 小柄な体躯。艷やかな長い黒髪で、普段は顔まで隠れてしまっているけれど……その隙間からチラチラと見え隠れする彼女の顔は作り物のように整っている。全体的にクールな印象だが、目元は大きくて可愛らしい。


 すごく美人だと思うんだけどなぁ。

 でも、どうも周囲からの評価は違うらしい。


「みんなが言うには…………私は、捨てても捨てても戻ってきて、気がつけば背後にいるような……無機質で禍々しい、呪いの日本人形みたいなんだって」

「へぇ。よく分かんないなぁ」

「……幸運を吸い取られそうな暗い声色。ピクリとも動かない表情筋。怨恨の情を感じさせる目……その全てが不快で、耐えがたいみたい」


 あぁ、僕もそういう系のよく言われるなぁ。

 あるある。


 話を聞きながら勝手に親近感を覚えてしまい、つい僕も似たようなエピソード(生贄の儀式のために人間を連れ去るような凶悪な顔をしてるらしい。どんな顔だ)を彼女に話してしまったのだけれど、案外楽しそうに聞いてもらえたから良かったかなと思う。


 今日になって突然、こんな風に黒木さんと放課後を過ごすことになったのには理由がある。


 高校に入学して間もないこの時期。クラスには、黒木さんのように附属中学から上がってきた内進生と、僕のように高校受験によって入学してきた外進生が入り混じっているのだけれど……その二つの生徒の間には、どこか心理的な壁があった。

 そんな中、クラス委員になってリーダー面をしている内進生の男が『クラスの親睦会をやるぞ!』と言って、クラスメイトを集めて今日の放課後にカラオケボックスに行こうと計画し始めたのだ。すごいバイタリティだなぁと感心する。


 ただ、僕は昔からこういう類のイベントに参加して喜ばれた試しがない。不用意にその場にいれば、みんなの楽しい雰囲気を問答無用で破壊してしまうからだ。イベント企画者から『来るなよ、絶対来るなよ』と無言の圧力を受けるのはいつものことである。

 今回も早々に参加を辞退すると、案の定リーダーくんは露骨にホッとした顔で『残念だよ』と建前を述べた。一応、表面上の言葉だけでも取り繕ってくれたので、僕の精神的なダメージは最小限に食い止められたと思う。


 そんなことを考えていた時だ。

 内進生の女子、たしか獅子堂とかいう名前の子が、なにやら神経質そうな金切り声をあげてクラスメイトの注目を集め始めていた。


『気持ち悪いのよ! アンタなんかが親睦会に来たら皆の迷惑だって理解して! そこにいるだけで場が最悪になるの! 空気を読んで遠慮してよ!』


 そんな酷い言葉の数々を、黒木さんは無表情のままただ聞いている。そして、荒れ狂う獅子堂さんのセリフがようやく途切れたタイミングで、小さな声で『……私は不参加で』と告げた。

 彼女が懇親会に参加しないと分かると、張り詰めていたクラスの雰囲気は急に弛緩して、みんな波が引くように彼女たちの周囲からいなくなる。そんな中――


 ポツリと取り残された黒木さんを見て。

 僕は居ても立ってもいられず声をかけた。


『帰りに少しお茶しませんか』


 普段の僕からは絶対に出ないような言葉。下手クソなナンパでももう少し語彙力があるだろうというシンプルな誘い文句に、しかし黒木さんは、表情をピクリとも動かさないままコクコクと頷いたのだった。



――この世で最も美味しい食べ物は、放課後に公園で食べるハンバーガーである。


 僕はそんな新しい発見に、ジーンとこみ上げる涙が溢れないよう上を向いて我慢した。そもそもクラスメイトと一緒に放課後に寄り道をすること自体がファンタジーなのに、まさか会話までちゃんと成立してしまうなんて。いつからここは夢の国になってしまったのだろう。


「……鮫島くん?」

「あー、ごめんね黒木さん。ちょっと今の状況が、あまりにも夢みたいで感動しちゃって。クラスメイトと一緒に放課後を過ごすとか、現実にありえるんだって思ったら、生きてて良かったなぁって」

「分かる。私も今……夢じゃないかと疑ってた。気持ちがフワフワしてて現実感がないの……こんな放課後が実在していたなんて。それに……こんなに美味しいハンバーガーを食べたのは、生まれて初めて」


 僕らはそう言って、クスクスと笑い合う。

 なんだこれ、なんだこの感じ。


「あー、でも僕から『お茶』を誘った手前、本来なら喫茶店とかに入って、のんびり紅茶かカフェオレでも飲むのが良かったんだろうけどね。ごめん」

「大丈夫、ちゃんと分かってる。鮫島くんは私と同じだから……下手に飲食店に入ると、他の客がみんな逃げて営業妨害になるんだよね」


 そうそう、そうなんだよ。

 あぁ、ちゃんと通じ合ってるこの感覚。


 何だろう。この心の奥底から湧き上がってくるような、喜びの感情。その静かで涼しげな声にいつまでも身を委ねていたい、心地良さと安心感。ついつい彼女の顔を凝視してしまいたくなる、気恥ずかしい欲求。もしかしてこの気持ちこそが、今まで幻想だとばかり思って存在すら疑っていた、例のあの感情――


 友情、というやつなのか……?


 え、もしかして僕は、人生で初めて友達を作るチャンスに直面しているのだろうか。

 そう思うと、なんだか途端に落ち着かない気持ちになって、キョロキョロと視線が泳いでしまう。待って待って、僕は今、絶対に挙動不審だ。黒木さんに変に思われるぞ。落ち着くんだ。ビークール。


「……鮫島くん?」

「あ! あの、も、もし良かったらなんだけど」


 ふぅ、ふぅと呼吸を落ち着ける。

 大丈夫、黒木さんが僕に対してめちゃくちゃ優しく接してくれる良い子なのは既に理解している。仮に断られるとしても、酷い罵倒をされることはない。勇気を出すんだ、僕よ。


「黒木さん。僕ととと、と、友だゃひに」

「噛んだ……」


 うあああああぁぁぁぁぁ……。

 僕が絶望のあまり両手に顔を埋めていると。


 ふと頭頂部を、ペタペタと触られているような……いや、撫でられているような感触があった。


 ゆっくりと顔を上げれば、黒木さんは表情をピクリとも動かさないまま僕の頭に手を伸ばしている。もしかして……これはもう一度、もう一度チャレンジさせてくれるって理解でいいんだろうか。やっぱり優しいなぁ黒木さんは。いいんだよな。よ、よーし。


「黒木さん、僕と――」

「はい、やり直し」

「……へ?」

「千鶴子って呼び捨てにしないと」


 黒木さんはそう言って、両手ですくい上げるように僕の右手を掴んだ。え、呼び捨てってどういうこと? それって日本国憲法で許されてたっけ? なんかの国際条約で禁止されてたりしない?


 困惑する僕の目をまっすぐに見て、彼女はゆっくりと言葉を紡いだ。


「だって……どんな漫画や小説でも、親しい友達同士はいつも下の名前で呼び合うものでしょ。源太郎」


 こうして僕は黒木さん――千鶴子と友達になった。

 

  ◆   ◆   ◆


 私立猫山大学附属高等学校。略して猫高(にゃんこう)と呼ばれる僕らの高校は、創立百年以上の歴史を誇る名門校だ。エスカレーター式に猫中(にゃんちゅう)猫高(にゃんこう)猫大(にゃんだい)と進学するのは将来のエリート街道を約束されたようなものである。

 また名門というブランドだけでなく、校章の意匠が猫の肉球のみたいだったり、制服のデザインも端々に猫っぽさがあって可愛いと人気だったりもする。ジャケットの袖口やポケットがモフモフっとしてたり、シャツの襟が猫耳っぽくなってたりするのだ。


 最近は開放的でオシャレなカフェテリアが出来たことが、学校外でも話題になっていたが。


「まぁ、カフェテリアなんてオシャレ空間に僕たちが足を踏み入れるワケにはいかないだろうけど」


 教室で千鶴子にそう言うと、彼女は深く頷いた。


「私が行ったら……お葬式みたいな空気になる」

「僕の場合は阿鼻叫喚の地獄絵図だなぁ」


 結果が容易に想像できるので、わざわざ見えている地雷を踏みに行くような真似はしない。


 そんな話をしながら、昼食をどこで取ろうかと意見を出し合っていく。教室だとみんなの迷惑になるし、屋上は現在出入り禁止。これまで一人の時はその都度適当な場所で菓子パンを齧るだけだったんだけど。


 なんと今日は、千鶴子が僕の分までお弁当を作ってきてくれたらしいのだ。


「……空き教室を使えるか、先生に聞いてみる」

「え、それはアリなの?」

「分からないけど……もし場所が見つからなかったら、私と源太郎が二人で毎日カフェテリアに突撃する……そう宣言すれば、学校側が何かしら場所を用意してくれるような気がする」


 ほう、それは確かに有効な一手かもしれない。

 千鶴子は今日も冴えてるなぁ。


 僕と千鶴子があの日から急速に仲良くなったのと同じように、クラスメイトたちもまた親睦会を通じてかなり仲良くなったようだった。

 今まであまり話していなかった奴らが集まって盛り上がっていたり、女子グループの構成メンバーに入れ替えが発生していたりして……もちろん、僕らは蚊帳の外なんだけれど。


 そんな中、学校生活において心を削られる瞬間ランキング第3位……グループワークの時間が来る。これは「現代社会」を担当している先生の趣味みたいなモノだと思うのだが、今日のように近くの席の人と強制的に班を組まされて課題に取り組むことが多いのだ。

 ちなみに僕と千鶴子は席が離れているので別の班である。眼鏡を掛けた真面目そうな男子、滝口くんが、少しビクビクしながら僕に声をかけてきた。


「鮫島くん。よ、よろしくね?」

「あぁ、よろしく」

「ひっ」


 あー、やってしまった。

 人に挨拶をする時、僕にはついつい微笑んでしまう癖があるのだが……本来笑うという行為は獣が敵に対して牙をむく威嚇行動から生まれたものだから、シチュエーションによっては恐怖を与える効果があるらしい。特に僕が笑うと、いつだってみんな引きつった顔になるんだよなぁ。


 ポケットに手を入れて、鈴のキーホルダー……母親が昔くれた「お守り」に触れると、僕は気持ちを落ち着ける。


――お前は見た目が悪魔なのだから、目立ってはいけない。笑ってはいけない。怒ってはいけない。やり過ぎるくらい善行を積んで、机がすり減るほど勉強をして、それでやっと人間並なのだから。


 心の中で母親の言葉を繰り返し、僕は自分の顔から少しずつ感情を消していく。


 言葉面だけで考えると、母が子に語る言葉としては酷いものにも聞こえるが、これは実際かなり実用的な教えなのだ。

 いつだってトラブルになるのは、僕が目立ったり感情的になったりしている時だった。それに僕のような人間が将来ちゃんとした仕事に就こうと思ったら、たくさん勉強をして何かしらの資格を取る必要があるのは間違いない。


 そうして、僕がグループの隅で気まずい時間を過ごしている時であった。


「耐えらんない! アンタのじっとりとした気持ち悪い目で見られると、鳥肌が立つのよ! ストーカーみたいなねっとりした目! 同じ班なのはもう仕方ないけど、こっち見ないでくれる? マジで呪いの人形みたい、もう無理なんだけど!」


 以前も千鶴子に暴言を吐いていた獅子堂さんが、再び発作を起こしたかのように叫んでいた。千鶴子はいつもの無表情でじっとしていて……僕は助けに行きたいけれど、頭の中には母親の言葉が大きく響いている。


――目立ってはいけない。


 僕は椅子から立ち上がることもできないまま、ただ無様に千鶴子が傷つく様子を見ていることしかできない。彼女を守ってやりたい……心の底では、はち切れそうな感情が今も暴れているのに。


――怒ってはいけない。


 臆病者め。自分の保身のため、人から悪魔だと言われたくないが故に、動き出すことができないだけだろう。母親の言葉のせいにするな。動け。千鶴子のために、お前は動くべきだろ。

 そうやって僕が頭の中でグチグチと言い訳をしているうちに、千鶴子は小さく「ごめんなさい」と言って、班から少し離れた場所へ移動した。


 結局何もできなかった……こんな僕に、彼女の友達を名乗る資格なんて、本当にあるのだろうか。


  ◆   ◆   ◆


 土曜日の朝が来て、僕はダラけそうになる自分を叱咤してベッドから這い出る。


 一人暮らしのこの部屋は、僕が何もしなければあっという間に腐海に沈んでしまうだろう。せめて部屋くらいは人間らしさを保っておかないと、僕のような強面悪魔は胸を張って生きていけないのだ。

 電気ケトルでお湯を沸かしながら、窓を開けて布団を日光に当てる。部屋の空気を入れ替えつつ、フローリングワイパーで一週間分の汚れをかき集める。そうして燃えるゴミをまとめ上げた僕は、コーヒーを一杯だけ飲んだ後で、ゴミ袋をアパートの下の集積所へ持っていくことにした。


 時刻は午前七時。

 サングラスとマスクで顔を隠し、ゴミ袋を片手に玄関のドアを開けると、そこには――


「………………おはよう。源太郎」


 家の場所など教えていないはずの千鶴子が、長く伸ばした黒髪の隙間から、無表情のまま僕のことをジッと見つめていた。


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