1−2:古代の遺産
メディと初めて口を利いたのは俺がまだ小さい頃の話だ。
俺の両親ははるか昔に失われた古代文明の研究家で、小さな家にはおびただしい数の研究書類や遺跡の破片に検査器具、王国から貸し出されていた遺物が置いてあった。
ある日、俺の家を犯罪者の集まりであるブラックカイトが襲撃してきた。
保管していた遺物を求めていたのか、それとも両親達の研究データに用があったのか、はたまたその両方だったのか、それは今になってもわからない。
確かなことは奴らの手により両親は命を落とし、両親のおかげで俺は生き延びることが出来たということだ。
王国の警備兵が到着して目にしたのは荒らされてめちゃくちゃになった家と倒れている両親、そして一つの遺物を手に棚と棚の隙間に隠れていた幼い俺だった。
両親を亡くし天涯孤独の身となった俺は同い年の子供がいるという警備隊長の家に引き取られる事となった。
そして、俺はそこでメディと出会ったのだ。
ショックで誰とも話をしようとしない俺を気にかけて彼女は健気にも話しかけてくれた。
両親の形見である遺物を抱えて塞ぎ込んでいた俺だが、いつも明るく前向きなメディの姿を見ているうちに心を縛る硬い結び目が徐々に解けていくのを感じた。
今思えば、この頃から俺は彼女の事が……
そんな大切な存在だからこそ、俺の個人的な復讐に巻き込みたくはなかった。
しかし、あの黒い鳥の鎧――レイブンによってその願いはかき消されてしまった。
体の自由を取り戻した俺は遺跡を後にすると、街の人間や旅をしている商人達の情報を頼りにレイブンと連れ去られたメディの行方を追った。
噂によれば少し離れた未開拓の遺跡に何者かが入っていく姿が目撃されたらしい。
周囲の治安が悪いため遠目からだったそうだが、見間違いでなければ鳥に似た黒い大柄なヒトの姿をしていて左腕に何かを抱えているように見えた、とのことだ。
更に、その遺跡はブラックカイトのメンバーと思われる犯罪者達が頻繁に出入りしているとの情報も俺の耳に届いている。
レイブンが一体何者なのかは不明だが、あんな強力な遺物を所持している事から推測するに恐らくはブラックカイトと何らかの関わりがあると見て間違いないだろう。
俺はブラックカイトの拠点と思われるその遺跡へと向かいながら、新たに手にした遺物の性能を確認した。
まず防御力に関してだが、そこらで手に入れた防具などと比較しても格段に優れている。
敵からの攻撃は装着した遺物が弾いてくれるので生身の体はおろか鎧自体にも傷一つ負うことはない。
ただ、怪我はしなくとも被弾時の衝撃は中にまで届くので、強力な攻撃が何度も命中すれば俺の体にダメージが蓄積されていってしまう。
また、全ての攻撃に耐性があるわけではなく、古代文明由来の攻撃――例えば、遺跡の影響で凶暴化した野生生物や犯罪者達が扱う遺物などは他の攻撃と比べて内部への衝撃がひどく、一撃食らう度にミシミシと鎧の悲鳴が聞こえてきた。
いつも回復してくれていたメディがいない事も踏まえると、今後は冷静な立ち回りが必要になりそうだ。
幸い鎧の力で運動性能も向上している事から敵の攻撃を回避しながらの戦闘については問題なさそうだが、回復が絶たれた影響はそれだけではない。
右腕の遺物から放つ光線は装着者の生命力を使用しており、生命力がなくなれば攻撃する事が出来なくなり、最悪の場合は文字通り命が尽きてしまう可能性もある。
そんな危険な代物を俺が今まで弾切れの心配をせずに使ってこれたのは巫女として無尽蔵の生命力を持つメディが自身の生命力を俺に分け与えてくれたからだ。
自然回復でしか生命力が戻ってこない以上、今までのような無駄打ちは避けなければならない。
だが、そこで鎧に隠されたある機能に気がついた。
フルフェイスのヘルメットの前面は半透明の板のような物が材質で出来ており、そこを通して視界を確保するような仕組みになっているのだが、その板には映った物を分析する機能が備え付けられているようで、隠れている物体の捕捉や物体表面及び内部の強度の判定などを行える。
合わせて表示される文様の意味を解読する事は出来ないが、実際に使用する分には問題ない。
この機能によって遺跡の罠や影に潜んでいる敵を簡単に見つけ出せるようになっただけでなく、戦闘では弱点部位へ効率よく攻撃を加えることが可能になった。
結果として今までよりも余裕を持ちながら遺跡の中を進んでいくと、通路の途中に薄い壁があるのを発見した。
一見、周囲と何ら変わりのない壁にしか見えず、叩いてみてもわずかに音が響くだけで、遺物の分析がなければ気づかずにスルーしてしまっていただろう。
このまま通路を進むべきか、それとも隠された場所を探索するか。
少し迷った後、俺は光弾を撃ち込んで薄い壁を破壊した。
壁の向こうは部屋になっていた。
遺跡内部とは思えないほど整理されたその部屋の中央には何やら大きな物体が置かれていて、周辺にある四角い箱や台のような物体と細いホースのような物で繋がっている。
メインと思われる大きな物体は巨大な輪っか状のオブジェと長方形の台で構成されている。
台は鎧を着た俺がギリギリ収まる事が出来る大きさで、殆どの人間は楽に横になれるだろう。
リングの内側はその台よりも一回りほど広くなっており、オブジェに開いている穴の中を人間を載せた台がそのまま貫通出来そうだ。
オブジェに繋がっている周囲の物体には俺が身につけている遺物のバイザーと同じような材質の物が沢山埋め込まれており、恐らくリングの中を通り抜けた物体を分析するのに用いられたのではないかと推測した。
亡くなった両親の言葉を思い出す。
古代文明は発達した科学力を持っていて、キカイと呼ばれる物を作り出し生活に利用していたそうだ。
そのキカイの機能を応用・小型化して出来たのが遺物だと両親は結論付けていて、遺跡の最奥に安置されている遺物とは別に元となったキカイがどこかに眠っているのではないかと考えていた。
今、俺の目の前にあるのがそれだというのだろうか。
だが、一体なんのためにこんなものがここに……
そんな疑問をかき消すかのように、部屋の外から爆音と悲鳴が聞こえてきた。
俺は置いてあったキカイには手を触れることなく、音の原因を求めてそのまま隠し部屋から飛び出した。
この遺跡で最も奥にあり、最も広い部屋だと思われる広間に到着する。
まず視界に飛び込んできたのは一つしかない出入り口に積み重なるように倒れている大勢の人間達。
意識を失っているだけなのか、それとも既に倒された後なのか、身動きを取っている者は誰もいない。
そしてその奥では、この場にいたブラックカイトの最後の一人と思われる人物が奇妙な生物に拘束されていた。
頭部と一体化している平べったい楕円型の胴体に十本以上はある触手のような細長い足。
容姿としてはクラゲに近いが、その全長は広間の床から天井に届きそうなほど大きく、体表は陶器のように滑らかで、一つしかない瞳は瞬きもせずに赤く発光している。
何より不気味なのが、生物らしくないその体の動きだ。
拘束しているその足で邪魔者を無慈悲に締め上げていく姿にはまるで意思らしいモノは感じられず、生物というよりも侵入者を拒む遺跡の罠が肉体を手に入れて敵を排除しているようだった。
俺は中央にいる化け物を警戒しながら広間を見回すが、先程の隠し部屋のようなキカイもなければ倒れている犯罪者達以外には人間もいない。
どうやらレイブンもメディもこの遺跡にはもういないようだ。
無駄足を踏み身につけた遺物の中で舌打ちをした。
せめてこの遺跡に保管されている遺物位は回収したいところだが、最奥にあるこの広間にそれらしい物は見当たらない。
既に誰かに持ち去られた後にしては犯罪者達の数が多すぎる。
となると、遺物の在処は……
気がつくとうめき声がだんだん小さくなっていた。
ついには力が抜けたようにだらんと首が下に垂れたブラックカイトのメンバーをクラゲ型の化け物は放り投げるように広間の隅へ片付けると、右腕を構えながら様子を伺っていた俺にその赤い単眼を合わせた。
ヘルメットのバイザーが危険を知らせるように赤く点滅し、俺は素早く後方へステップを踏む。
風切り音が聞こえたのはその直後だった。
先程までしなやかに動いていたその足がまるで投擲された槍のように遺跡の床に突き刺さっている。
相手を拘束するだけでなく、刺突する事もでき、その範囲は広間全体をカバー出来るほどのようだ。
出入り口に人の山が出来ていたのは、恐らく襲いかかってくるコイツから逃れる為に広間から出ようとした奴らが殺到し、そのまま触手に貫かれてしまったからなのだろう。
俺は次々に繰り出される足による攻撃を躱しながら、頭に被っているメットでコイツの弱点を探す。
顔の前にある透明な板には目の前の状況と自身へと向かってくる攻撃への警告、そして数方向から見た敵の全体像が表示されており、胴体に一つだけポツンとある目玉だけが弱点である事を知らせていた。
襲ってくる触手を転がるように回避し、そのまま体勢を立て直して右腕を赤い瞳へと向けて光弾を打ち込む。
だが、俺の放った玉が弱点へと到達する前に、何本もある足の一本がムチの如くしなりをあげてそれを弾いてしまった。
光弾に触れた箇所は多少の傷がついているものの、振り上げた勢いのまま凄まじいスピードでこちらに突き刺してくるところを見るにそこまでのダメージはなさそうだ。
回り込んだりカウンターの要領で目玉へ攻撃を仕掛けてみる。
しかし、離れた距離からの攻撃のためか、いずれも同じように足で防がれてしまう。
このままでは無駄に力を消費するだけでなく、回避の度に体力も削られていってしまう。
まずは攻防一体となっているあの厄介な足からどうにかしないといけない。
俺は一旦右腕を下げると、襲いかかってくる触手へこちらから向かっていった。
眼前まで迫りくる鋭い先端をギリギリのところでヒラリと躱す。
少しでもタイミングを間違えたら頭部から串刺しにされてしまうところだが、俺は遺物の警告に従いながら至って冷静に懐へ飛び込んでいく。
広間の中央にいる本体は俺を接近させまいと、四方八方から雨のように触手を振り下ろしてくる。
それらを掻い潜るように避け続けていくと、次第に攻撃の手が少なくなっていった。
十本以上もあった触手は俺に躱されてそのまま遺跡の床に深々と刺さっている。
鋭く尖った足の先しか届かない広間の端とは違い、リーチが充分で勢いも減衰しない近距離ではその分深く床へ突き刺さってしまったのだ。
自身の意思に基づいて行動する事が出来ていれば力加減を行ったのだろうが、自動で敵を排除することしか出来ないクラゲ型の化け物は自分の身に起きている出来事に気がついていない様子で目の前にまでやってきた俺へ必死に攻撃しようとしている。
触手で攻撃も防御も出来なくなり、更にはその場に固定されて動けなくなったコイツを俺は特に何も感情を抱かないまま見上げ、右腕を構えて弱点である瞳を光線で撃ち抜いた。
お読み頂きありがとうございました
今回の話は今週中頃には書き上げて投稿するつもりだったのですが、他の事に思った以上に時間を取られて週末になってしまいました
なんとか予定通り今月中までに前半を終わらせたいですが、ハイラルを救う使命もあるのでもしかしたら間に合わないかもしれません
その時はティアキンが面白すぎたという事で許してもらえると嬉しいです