9(イーディス視点)
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「箝口令だけでなんとかなるかね。ま、誰も聖女が黒い炎で焼いたなんて信じないだろうが」
「あぁ、だから火事ということにする。完全に体調が回復していなかった聖女ミュリエルも巻き込まれて、魔力切れを起こすまで治癒を行ったということにすればいい」
暗い部屋に灯る五本のろうそく。
赤い炎がゆらゆらとラルス神殿長とイーディスの顔をなめるように明るく映していた。
「公爵邸の使用人には念のため、神殿の宝具で記憶操作を行う」
「それが安全だね。あれ、最近使ってないが動くのかね」
「定期的に作動させておる」
「そうかい。あたしにもあれが使えればいいんだけどねぇ」
神殿の宝具は聖女や神官には残念ながら通用しない。宝具を使って忘れたいことは山ほどあるのにとイーディスは軽く息をつく。
「焦げた臭いが髪についちまったよ」
何やら書類を準備し始めたラルスに向かって、イーディスは銀髪を持ち上げて鼻に当てる。
「公爵邸の掃除や清めを名目に神官を派遣すれば宝具も使いやすいじゃろう」
「そうだねぇ。早い方がいいよ。明日にでも」
「あぁ」
「まさか初代聖女と同じ、愛と憎しみの聖女がこの時代に出現するとはねぇ」
一番切り出したかった話題をイーディスは口にした。ラルスは書類から顔を上げる。
「そうじゃな。ミュリエルがそうじゃと今日の件で確信した。分かる者はほぼおらんじゃろう。ワシとイーディスくらいか」
「あんたがこれまでの記録と資料を焼いたからねぇ」
「あぁ」
「ま、あたしも一緒に焼いたけどね。あんたのやったことは間違ってないよ。聖女メイアみたいなことが起きないようにしたかったんだから」
「じゃが結局、時を経て黒い炎は出現した」
「それは不可抗力ってやつだよ。聖女の呪いは仕方がない。なんたってミュリエルの場合は愛と憎しみがトリガーなんだから。愛したら発動してしまう時があるだろうさ。大事なのは意図的・人為的に起こされてないかどうかだよ」
イーディスの中に嫌な記憶がよみがえる。震える手でまたジャーキーの袋を無意識に取り出していた。
「なんじゃ、あんたもいるのか?」
「真夜中にそんなものはいらん」
何か言いたげなラルスにイーディスはジャーキーを差し出そうとしたが、拒絶されたので引っ込める。
「万が一今回のことがわざと引き起こされたのだとしたら。そしてまた王家が計画したことならば神殿は王家と決裂するだろう」
イーディスはさきほどペトラとノンナに一部の情報しか与えなかった。知る必要がないと判断して抜いて伝えただけだ。
「あの時のように無理矢理聖女の魔力を増やすために夫の重傷を知らせんなど……人のやる所業ではない。聖女は幸福でなければならん」
聖女メイアが死んだ際の出来事。あれには王家と神殿の一部勢力が関係していた。
戦時中に聖女メイアの魔力を無理矢理さらに引き上げようと、夫の重傷をわざと伝えなかったのだ。
聖女メイアの魔力がどうすれば増えるのか、彼女が何の聖女だったのかはあの当時定かではなかった。
王家は勝手に、窮地に陥れば聖女の力がより覚醒するだろうと判断したのだ。その判断の源はアンフェリペ帝国の聖女の情報だ。帝国の聖女たちに力が発現する、あるいは強い力が発揮されるのは絶望に叩き落とされた時や窮地に陥った時がほとんどだった。王家はその情報をもとに、戦況を何とか好転させようと聖女メイアの魔力量を上げようとしたのだ。
「ラルス。生まれ変わりを信じるか?」
「神殿長であるワシが神の教えに背くようなことを信じているとは言えん」
この国の神の教えでは人は死んだら神の元へ行く。生まれ変わりなど存在しない。
「愛と憎しみの聖女は何度も生まれ変わっているんだとしたら、面白いねぇ。何のためなのかねぇ。聖女メイアにとってのテオドール。初代聖女ソフィアにとってのカーティス。彼女たちは愛する者のために聖女となって、愛する者のために人を憎んで呪って死んだ。聖女と呪い。いや愛と憎しみ。この相反する二つの真実」
ラルスは目を伏せて何も答えない。
「もし、たった一人の相手に出会うために何度も何度も生まれ変わっているのだとしたらロマンチックだね。あたしみたいな老いぼれでもそう思うよ」




