5(ノンナ視点)
いつもお読みいただきありがとうございます!
屋敷の一室で虹色の光が煌めいている。治癒魔法の色とは違うけど、多分ミュリエル様はあそこだ。
ペトラ様は馬から飛び降りるとさっさと中に入っていってしまう。
「あ! 待ってください!」
公爵家の門番に馬を押し付けてノンナも走って中に入る。
焦げくさい臭いが鼻をついた。魔力の暴走って聞いたけど、まるで火事の後みたいだ。
入った部屋は水浸しだった。
二人が倒れていて、使用人たちがそれぞれ周囲に集まっている。
ペトラ様は倒れている二人には目もくれず、部屋の奥に進んでいく。
奥の壁際にミュリエル様はいた。座り込んで目を閉じて意識がないようだ。そしてミュリエル様を庇うように覆いかぶさって倒れているのがよく護衛で一緒にいるホルフマン様だ。
ミュリエル様は彼を抱きしめるように座り込んで、壁に体を預けている。
ペトラ様はミュリエル様の脈をはかり、安心したように息を吐いた。
護衛のホルフマンさんにも怪我はないようだ。服は焼けているけれど、見えている皮膚はなんともなっていない。やっぱりさっきの虹色の光はミュリエル様の治癒魔法の光かな。
ペトラ様はすぐ立ち上がり、この場で一番偉いであろう公爵夫人のところまで大股で歩いて行った。見間違いでなければペトラ様、ホルフマンさんの足蹴ったよね? 偶然? わざと?
「で、治癒は?」
ペトラ様……怖いですよ……。
火傷してる二人は意識を失っていて、家族がこの場にいるから同意必要なんでしょうけども……怖い。それに、ペトラ様……素が若干でちゃってますよ。
「この髪の毛まで焼けてんのがレックス・スタイナー?」
ノンナは一人を見てぎょっとした。上半身を中心に全身にひどく火傷しているのがミュリエル様の夫だろうか。使用人が頷く。
「アタシ、こいつは治癒しないわよ。断固拒否よ。文句あるならイーディス様か聖女候補でも呼びな」
そんなんってアリ? 聖女が治癒拒否ってできるの?
いや、そもそも受ける方が治癒拒否できるんだったら聖女でも治癒拒否できるべきかな? それこそ平等?
「それでいいわ。その子は尊重すべき聖女を自分の欲求のためにないがしろにした。自分の行いが自分に返ってきたのよ」
え? この人って神殿で平手打ちを披露してた公爵夫人だよね? え? え? 息子だよね?
「奥様! このままでは死んでしまいます!」
「そいつはどーすんの?」
使用人が声を上げるが、ペトラ様は無視して、顎をしゃくって気を失っている公爵を示した。
「執務に困るから腕だけ治癒をお願いできる?」
「いーけど。顔は? 火傷してるけど」
「顔は治癒しなくていいわ。その方がいいの。愛人も愛想を尽かすでしょう」
「ふぅん。ま、そいつが意識取り戻して騒いだらまた神殿に治癒に通う羽目になるよ? 時間が経つと治りづらいのは分かってんの?」
「その時はその時よ。通うわ」
「分かった。聖女候補の訓練にちょうどいいしアタシも異論はない」
ペトラ様が手をかざすと、キラキラした白い光の粒が舞う。公爵の腕の火傷は綺麗に治った。
「結構、魔力持ってかれた。普通の火傷とは違うみたい」
一度の治癒でペトラ様が汗をかいている。珍しい。
「よし。んじゃミュリエル回収して帰るよ」
「ま、待ってください! この方の治癒、本当にしないんですか?」
ノンナはレックス・スタイナーを指差して声を上げた。
「だって、同意ないし。アタシはしたくないし」
ペトラ様はけっとでも言いそうな顔だ。レックス・スタイナーを視界に入れたくもないらしい。
「ミュリエル様はご自分の魔力暴走のせいで亡くなる人がいたら悲しむと思います!」
ふてくされた表情だがペトラ様はノンナの方を見てくれた。睨まれたら怖すぎてこれ以上喋れないところだった。
「それに、この方はミュリエル様にこれまでのことを謝ったんですか? 謝ってないなら、このまま死なせちゃうんですか?」
ノンナは叫んでいた。このまま死ぬなんて、そんなのズルいと思ったから。
ペトラ様がレックス・スタイナーを治癒したくないのはよく分かる。このまま放っておきたいのもよく分かってしまう。でも、本当にそれでいいのだろうか。
あのジョゼフだって謝った。でも、この人は?
ミュリエル様の魔力が暴走するようなことがここで起こったんでしょう? 魔力暴走は感情の乱れとかいろいろなことが原因で起こる。ミュリエル様が魔力を暴走させるなんてよほどのことがあったに違いない。
この人が死んで「はい、終わり」なの? 死んだ人のことを悪く言うのは憚られる。高位貴族だしなんやかんやで有耶無耶にされて終わるだろう。そうしたらミュリエル様は一生この人のことを引きずらなきゃいけない。
「謝罪も自分を顧みることもせず、そんな楽に人生終わらせるんですか? 隣人どころか一番近くの自分の妻も愛せない! 浮気して妻が悲しむという簡単なことすら分からない! 他者を気遣う心もない! そんな微塵も愛の分からない人を神様のところに送っていいと思ってるんですか! 神様だってきっと迷惑ですよぉ!」
さっきまで使用人たちもがやがやしていたはずの部屋はノンナが叫んだ後、シィンと静かになった。
やってしまった……よりによって公爵家で……絶対私、訴えられる……。
「ほほほ」
静寂を破ったのは上品な笑い声だった。




