4(ノンナ視点)
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ノンナは神殿のステンドグラスを見上げていた。花の搬入が遅れ、明日の結婚式の準備を遅くまでやっていたので今日は神殿に泊りがけだ。なんとか仕事は終わったが部屋に戻る気になれず、ノンナはぼんやり礼拝堂の初代聖女像の前に跪いていた。
昼間に光が差すステンドグラスも綺麗なのだが、ノンナにはそれが綺麗すぎて直視できなかった。夜に見るステンドグラスの方が落ち着く。
まるで聖女様みたいだ。
昼間は光り輝いていて、夜でも美しい。いつ見ても心が落ち着く。
昼間のステンドグラスが眩しくて見れないのは、ノンナの心に陰りがあるからだ。
まさかあんなに早くクラークからプロポーズされるなんて。
舞い上がったものの、不安になる。こんなに早く結婚決めていいのかな。でもジョゼフとも長く付き合ってたけど結末はあんなだったし。さっさと決めた方がいいのかもしれない。いや、そもそもクラークとは付き合ってたっけ? 告白より先にプロポーズ? え、交際0日婚!?
最初にクラークと出会った後から、なんだかんだでよく彼は神殿に訪れた。
話していると好みも合い、同じことを考えているし、フィーリングはよく合う。
プロポーズされて素直に嬉しかった。その感覚を大事にしたいのだが、過去の失敗がノンナに囁く。
「また浮気されるかもよ?」
「商人だから買い付けに他国に行ってて、すでに現地妻がいるかも」
「遊びかもよ? 明日になったら冗談でしたって言われるやつ」
嫌なことばかり考える。
プロポーズも早ければ、マリッジブルーまでも早すぎる。ジョゼフの時はこんなことなかったのに。
どうしちゃったのかしら。
ぼんやりしていたら外が騒がしくなった。
なんだろうか。たまに夜中に緊急で治癒魔法をかけてほしいという依頼が来ることもあるのだが、その類だろうか。
「スタイナー公爵家から派遣要請! イーディス様かペトラ様を!」
「聖女候補で行けるのはいるか?」
スタイナー公爵家? ドクンと心臓が音を立てる。
「ミュリエル様の嫁がれた家じゃないか。聖女派遣なんていらないだろう」
「ミュリエル様の魔力が暴走しているらしい」
ノンナはその言葉を聞いて走り出した。
行ったって別に何の役にも立たない。でも、行かなくてはいけない気がした。
ペトラ様が走って出てくるのが見える。早い。
「ペトラ様!」
「あんた、馬に乗れる?」
ペトラ様はもう就寝していたらしく寝巻の上に上着を羽織っただけの格好だった。そして寝ぐせを直しながらの唐突な問いかけである。
「親戚が牧場やってるんですよ! 牛でも馬でも乗れます!」
そういえば、この人めちゃくちゃ怖いんだった。忘れていた。でも、乗馬はできるから大丈夫。
「じゃ、アタシをミュリエルのとこまで連れてって。馬車より馬が早いわ」
「ラジャー!」
ぴしっとペトラ様は神殿の厩舎を指差すので、私は頑張って走って馬を連れてきた。
スタイナー公爵家がどこにあるか分からないので、前に乗るペトラ様に指示されながら馬を走らせる。
「けっこう揺れるわね。その角を右」
「ペトラ様は馬乗れないんですか? 意外です」
アクティブなイメージがあるんだけど。
「あー、アタシ。厩舎の裏で葉巻ふかしてるから馬に嫌われてんのよ。乗る前にこいつも嫌がってたでしょ」
聖女様が葉巻ふかすって……。
確かにペトラ様が馬に乗ろうとすると、この馬が嫌がる素振りをしていたけれども。
ゴロツキのような座り方をして葉巻をふかすペトラ様が容易に想像できた。
「イラついた時はどうもね。ストレス発散よ」
この前、ベサニーさんに文句を言っていたのを思い出す。うん、あれに比べたら平和だ。手足が出るより葉巻の方が平和だ。ノーモア流血。いや、治癒魔法あるから流血はないか。
「そういやあんた、こないだアタシのこと見てたよね」
「い、いつでしょうか?」
「アタシがベサニーにキレてた時」
「あうぅぅ、お、お気付きでしたか」
「アタシ、気配には鋭いんだよ」
こ、これは何だろうか。チクったらどうなってるか分かってんだろうな?って脅されるのだろうか。
「次からもっとうまく隠れな。あれじゃバレバレ」
「ひゃい!」
よ、良かった。命拾いした。ちなみにベサニーさんはあの後すぐクビになっていた。
ふとペトラ様の上着をつかむ手が目に入る。
上着を掴んでいる指は爪の色が白くなるほど握りしめられている。馬の揺れで分からないが、きっと震えているだろう。
「あのストーカーみたいな神官を見習いな」
「あれはちょっと……」
ジョークのように喋っている内容とペトラ様の固く握りこまれた指には非常に乖離がある。だってこんなこと今喋らなくてもいい話題ばかりだ。
あぁ、この人はミュリエル様のことが心配で不安なんだな。でもそれを口には出さずに軽口をたたく。
ペトラ様は現場でもこういう言動が多いんだった。凄惨な現場ほどペトラ様は軽口をたたくと、神官が話しているのを聞いたことがある。
「そこ左曲がってすぐよ」
目の前には大きな屋敷がそびえたっていた。




