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お祝いは一日中続き、仕事とは別の疲れでぐったりしながらミュリエルは帰って来た。
後ろを歩く侍女たちは祝いの品が大量に入ったカゴをいくつも運んでいる。
「ミュリエル!」
疲れを感じながら廊下を歩いていると、夫であるレックスが小走りで向かってきた。それだけでミュリエルは嬉しくて、今日の疲れを忘れそうになる。
「今日はいつもより遅いから心配したよ」
「ごめんなさい。みんなが結婚のお祝いをしてくれて」
「そうか、みんな優しいね」
レックスの後ろに誰かいるのに気付く。
「あぁ、彼をやっと紹介できるね。結婚パーティーにも来てもらってたんだけど、彼の父親がうちで働くことをなかなか認めてくれなかったみたいで。やっと僕の補佐をしてもらうことになったんだ。武術の心得もあるから護衛としても優秀なんだよ」
「そ、そうなの」
ミュリエルの動揺をよそにレックスは後ろの男性に手招きした。黒髪の背の高い男性が進み出てくる。
「イザークだ。ホルフマン侯爵家の三男でね。ミュリエルは彼を知ってる?」
「え、えぇ。ホルフマン侯爵夫人は慈善活動に熱心ですから」
「イザーク・ホルフマンです。よろしくお願いします」
何の感情も読み取れないイザークはレックスの横まで来るとお辞儀をした。レックスよりもイザークは背が高いので、一瞬見下ろされ自分がとても小さくなった感覚になる。
「これからよろしくね」
ミュリエルは声が震えないようにそう言うのが精一杯だった。
彼だ。
パーティーの日にひと際強い視線を私に向けてきたのは。
でも、今はそんなことはない。お辞儀を終えた彼を見上げてもそのグリーンの瞳には特に何の熱量も感じられない。
もしかしてパーティーの時は私の勘違い? 他の人を見ていたのかもしれないし、彼が酔っていただけ?
以前からイザーク・ホルフマンのことは神殿で見かけたことがあった。ホルフマン侯爵夫人の付き添いのような形で数回見かけただけで、彼とは会話もしたことがない。
寄付や慈善事業に熱心なホルフマン侯爵夫人とはある程度話す機会はあったのだが。だから、パーティーの日はあんな視線を向けられて意外だったのだ。
「はい。よろしくお願いします、聖女様」
無表情のイザークを見て、やっぱり気のせいだったとミュリエルは自分を納得させる。
「じゃあ、紹介も済んだことだし。父上と打ち合わせがあるからもう行くよ。遅くなるかもしれないから先に寝ていて」
「そうなの? 分かったわ。お疲れ様」
ちょっと残念そうにするミュリエルの頬にレックスはキスを落としてから、ミュリエルの歩いてきた方向へ歩いていく。続けてイザークとすれ違う。
チリっと肩のあたりにパーティーの時と同じような焼けつく視線を感じた。慌てて振り返ったが、レックスとイザークが何か話しながら去っていく背中が見えただけだった。
敵意や殺意は感じない。でも、あの強い視線は何なのだろうか。
今日みんなから向けられたような憧れや尊敬の念でもない。ノンナのように嫉妬や敵意でもない。
ミュリエルは得体の知れない奇妙な感覚と胸のざわつきを感じながら、その場を後にするしかなかった。