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「新婚旅行は楽しかったかの?」
「はい、とても。お休みをありがとうございました」
「そんなにかしこまるでない。お主は休みの前に相当働いておったではないか。休むのは正当な権利じゃ」
体を拭き終えるとタオルを頭にかけて、神殿長はどっかり長椅子に腰をおろし息をついた。
「なんじゃ。新婚ほやほやなのに浮かない顔じゃな。悩みがあるなら神殿周りを10周走るか?」
ラルス神殿長はこういう人だ。悩みは筋肉と運動で大体解決できるという考えの持ち主で、神の教えはそれほど説かない。
悩みすぎて不眠の人が訪れると、「運動が足りない!」と登山に無理矢理連れて行く。「借金が……」と悩む人が訪れると、一緒に神殿周りを走って鍛えて賃金の良い土木の仕事につかせる。
治癒魔法が使えると判明して聖女候補としてミュリエルが神殿に来てから、ラルス神殿長が普通の聖職者らしいところはあまり見ていない。
「休み明けで仕事がたまっているのでやめておきます。まだまだお祝い攻撃が続きそうですし」
「がっはっは。そりゃあ聖女の結婚じゃからの。イーディスは結婚しておらんから久しぶりの聖女の結婚じゃ。しかも、お主の次は聖女ペトラが立て続けに結婚か。げにめでたいのぅ。あぁ、そうじゃ」
神殿長は丸めた紙をどこからか取り出した。
「これはワシからの結婚祝いじゃ。あ、さすがに見るだけじゃぞ? 持ち出しも違反ギリギリじゃからのぅ」
あやしげなセリフと共に差し出された紙を受け取る。
「これは……出生に関する書類ではないですか」
「そうじゃ。神殿長くらいにならんと見れんからな。お主には結婚祝いで特別じゃ」
「え……あの……」
ミュリエルはざらついた分厚い紙を手にしたまま何も言えない。
「菓子や花はさんざんもらうだろうと思ってな。まぁワシが花を持つと力の加減ができずに萎れたり潰したりしてしまうからのぉ。菓子も流行りはよう分からん。じゃから結婚祝いはそれにすることにした」
神殿長はミュリエルではなく、床を見つめながら淡々と語る。
「でもこれは……私にこんな重要書類を見せるのはルール違反では……?」
ラルス神殿長ほど外見で「ルール」という言葉が似合わない人はいないかもしれない。でも、それは外見だけの話であってラルス神殿長は理由もなくこんなことをする人ではない。
「何を阿呆なことを言うておる。ルール違反をするのは、いつだって誰だって私情を優先した時に決まっとろう」
「え……?」
あっさりルール違反を肯定したような返答にミュリエルは唖然とした。
「ワシはな、ミュリエル。すべての聖女に幸せでいて欲しいんじゃ。誰が何と言おうとな」
ラルス神殿長はそこでやっとミュリエルと目を合わせた。グレーの瞳と目じりに寄った皺が優し気にミュリエルを見ている。
「ワシにとって、聖女は何よりも大事な存在じゃ。だから、お主が腰抜けスタイナー公爵家の息子と結婚したいと言い出した時も本気ならばと応援した」
グレーの瞳にミュリエルを映しているようで映していない。ラルス神殿長はミュリエルを通して誰かほかの聖女を見ているようだ。
「ワシの時間はやっぱり戦争の時で止まっとるようじゃ。すまんのぅ、つい腰抜けスタイナーと言ってしまう。じゃが、お主に幸せであって欲しいのは本当じゃぞ」
頭を軽く振って神殿長は立ち上がり、ミュリエルが見ずに握ったままの紙を手から引っこ抜くと目の前で広げた。
「こんなチャンスはもうないぞ。聖女は書類関係の権限はほぼないからのぅ」
ミュリエルはラルス神殿長の示すある一点に目を留めて大きく目を見開いた。
「ミュリエル、うまく使え。今は武や暴力で戦争などせん。情報が命じゃ。いいな?」
頷くことしかできなかった。