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「残りの仕事は全部明日に回すしかないわね」
何か言いたげだが何も言わないイザークを引き連れ、ミュリエルは神殿を移動する。
泣きながら謝罪を繰り返すレネイ嬢と話し込んでしまい、時間がかなり経っていた。
レネイ嬢のやり方は好きではないけれど、レックスにも問題があるのよね。どうして女性と二人で出かけるのかしら。そんなことをしてるから、レネイ嬢が利用しようとしたのよ。
今回はうまく説得できたから良かったけど……レネイ嬢がもっと非常識で頭にお花が咲いている令嬢だったら、スタイナー公爵家に泥を塗るところだった。
ミュリエルはレックスを愛しているが、段々とレックスに腹が立ってくる。彼の脇や認識の甘さに。そして、ミュリエルだけを見てくれないことに。
どうして、こんなに努力しても仕事を手伝っても私だけを見てくれないのだろう。私はこんなにやってるのに。
「ねぇ、浮気するならせめてバレないように努力すべきじゃない? 墓場まで持っていく覚悟でやってほしいわ。どうして他人から聞かされなきゃいけないのかしら」
思わずイザークを振り返って問う。
彼は突然の問いにたじろいだように一瞬歩みを止めた。
「……浮気するのはいいんですか?」
「やめてって言っているのにやめないんだもの。男性は皆、浮気をするものでしょう?」
「そんなことはありません」
「だってお義父様もしているじゃない」
「私の父はしていません。兄もしていません。もちろん、私もしません」
イザークの固い声にミュリエルが「男性は皆」は言い過ぎだったかなと思った時だった。
「どうしてよ!」
悲痛な叫び声がした。
聖職者のみが入れるエリアぎりぎりのところで誰かが言い争っている。さっきのは女性の声だ。しかも聞き覚えがある。
「もう結婚式の日取りまで決まってるのに……なんで? どうしてそんな……」
「ごめん。でも、もう無理なんだ」
まさかの修羅場だった。本日二度目。今日はハードな日である。
通り過ぎてもいいのだが、さっきの叫び声があまりに悲痛で耳にこびりついてしまった。このまま帰ったら、夜もあの叫び声に悩まされて眠れない気がする。
ミュリエルはそろりと気配を消して言い争いをしている男女に近付き始めた。
「結婚はできない。彼女が妊娠したんだ」
えっと……まさか、レネイ嬢の幼馴染ではないわよね?
さっきまで話していた内容とかぶるので、思わずミュリエルはイザークと顔を見合わせた。
ミュリエルが二人に近付いてしまっているので、護衛のイザークも当然数歩後ろからついてきている。
「別れたって言ってたじゃない!」
「すまない」
……結構な修羅場である。まさか妊娠したのは元彼女?
「最近、冷たいと思ってたけどそういうことだったんだ」
「慰謝料は払う」
「お金の問題じゃないわ! お父さんやお母さんになんて言えば……結婚式の案内ももうしちゃってて……」
「とにかく、そういうことだから」
「ちょっと待ってよ! 相手が妊娠したからって結婚やめます。はいそうですか、ってなるわけないでしょ!」
「じゃあ、これ以上どうしろっていうんだよ。ちゃんとお前の親にも謝るし、金も払う」
「そんなんでいいわけないでしょ!」
ギャアギャアと言い合いがまた始まる。女性は声の感じから泣きたいのを我慢して頑張っているようだ。
「はぁ、めんどくせぇ。お前と結婚したくないのはそういうとこだよ。そういう気が強いとこが嫌なんだ」
やっと顔が見えるところまで近づいた。女性はこちらに背を向けているが、服は神殿の下働きのものだ。男性の方は見覚えがない。服装や雰囲気から貴族ではないようだ。
「もうちょっとお前に可愛げがあれば浮気なんてしなかったさ」
ミュリエルは男のこの言葉で頭にきた。
レックスのことで腹が立っていたのもある。要するに、むかついた。なぜ女のせいにされなければいけないのか。結婚予定の彼女がいるのに浮気したことをまずは誠心誠意謝るべきではないのか。
「あらまぁ、神殿でそのような会話をされるなんて」
軽やかに足を踏み出してミュリエルは女性の隣まで行く。
「神様は見ていらっしゃいますよ?」
聖女スマイルを浮かべて、ミュリエルは男に向き合った。確かにモテそうな優男ではある。
ちらりと女性を見る。女性というにはまだ幼さが残っていた。
言い争いをしていたのは、いつもミュリエルに敵意を向けてくる下働きのノンナだった。
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