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結婚式の後の新婚旅行では視線のことを思い出しもしなかった。
使用人が側にいるものの、旅行先でレックスとゆっくり過ごしてミュリエルはこの上なく幸せだった。
新婚旅行明けに仕事へ行く夫をキスで見送って、ミュリエルも準備に取り掛かる。結婚式と新婚旅行の余韻で足取りが軽いのは否定できない。
ミュリエルはこの上なくいい気分で職場の神殿に向かおうとしていたのに、馬車に乗り込む前に珍しく早起きしたであろう義母がわざわざやってきた。まだレックスの父親が公爵位をレックスに譲っていないので、義母が公爵夫人だ。
この公爵夫人である義母こそが公爵家で一番厄介である。息子のレックスを溺愛しているので、婚約した時からチマチマとミュリエルをいびるのに余念がない。
使用人に命じて温い紅茶を出してくるのは当たり前。顔を合わせれば必ず嫌味を言われる。地味に心労を与えてくるが、最近は慣れてきた。図太くなっただけかしら?
「まぁ、ミュリエルさん。また神殿に行くのかしら?」
「お義母様、おはようございます。はい、仕事なので」
挨拶もしないんかい、と心の中でツッコミを入れる。口調が乱れるのは同僚の聖女の影響もある……。
ミュリエルにとって聖女として神殿で働くことはずっと当たり前なのだが、親族に聖女がいない人々はあまり理解していないのだろうか。
「次期公爵夫人としてのお勉強もあるのに、大丈夫なのかしら」
来た、嫌味が。
でもこの義母、朝弱いからまだまだレベル1の嫌味よね。しゃっきりしている時に比べたらこんなの目の前をハエが横切ったようなものだ。
婚約した直後には「あなたみたいなのが嫁に来るだなんて、スタイナー家のご先祖様に申し訳なくて寝込んだわ」って言われたものね、懐かしい。
「まぁ、お義母様! 結婚前にも神殿に週に三日ほど行くことは何度もお伝えしていましたのに! まさかもうお忘れに? 神殿で働くことは治癒魔法を使える聖女の義務ですよ?」
「もうボケてるんですか? お義母様」という気持ちを込めて大袈裟なほどの笑顔で言い返す。週に三日は少なく見積もっての話だ。何かあれば聖女は夜でも早朝でも駆り出されることがある。
義母が一瞬悔しそうに唇を引きつらせて再度口を開く前に畳みかける。
「お義父様は私が聖女として神殿で働くのを名誉なことだと仰っておられたのに、もしかしてお義母様は反対だったのですか?」
疑問形に見せかけた脅し。義母は公爵である義父をそれはそれは愛している。一方通行だが。義父に表立って反対することなど、義母はしないのだ。陰でいじめてくるけれど。
ちなみに、義父は週に何回か愛人のところに通っていることは調べがついている。義母は知っているのか、それとも見ないふりをしているのかまでは知らない。
大体、この結婚は聖女ミュリエルを欲して義父が強く望んだものだ。
聖女の結婚は聖女の意思が最も重要視される。義父だけでなく、ミュリエルも望んだからこそこの結婚は成ったのだ。
「そ、そんなことはないわよ。ただ、次期公爵夫人としての社交などがあるからできるのかしらと心配しただけよ」
義父を持ち出すと義母は見るからに狼狽した。ミュリエルが義父に告げ口するのを警戒したのだろう。義父はあまり家にいないので告げ口はなかなかできないのだが。
婚約者だった頃は義母の言うことを受け流したり、殊勝にハイハイ言ったりしていたから、言い返すと義母が慌てている。
「まぁ、お義母様。心配してくださってありがとうございます! ですが私達がこうやって暮らしていけるのは国民のおかげ。皆さまのために神殿でお仕事ができるのは立派なことだと考えております」
「お義母様のお考えは違うのですか?」とばかりにキラキラした笑みを向けてみる。
さぁ、その寝ぼけた頭をフル回転して言い返してみて。これで神殿での仕事に反対したら国民も神殿も神も軽んじていることになる。そんなこと口が裂けても言えませんよね。それにここで反対したら義母に治癒魔法が必要になってもかけないわよ。他の聖女ががかけるだろうけど。
「き、気をつけていってらっしゃいな」
「はい。しっかり務めを果たしてまいります」
最終的に義母は唇の端を少し引きつらせながら私を見送った。後ろに控える義母付きの侍女は私を睨んでいる。いくら義母が表情を隠しても後ろの侍女が隠せてなかったら意味がない。
はぁ、嫁ぎ先って疲れる。同居が疲れるのかしら。そもそも同居で幸せになる人っているの? いるなら連れてきてほしいわ。早く隠居して欲しい。