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いつもお読みいただきありがとうございます!

 義父とレックスは晩餐に参加していない。

 義父は仕事だと言っているけれど、愛人のところだろう。レックスも仕事で遅くなると言っていた。

 なんとなく、ミュリエルは不安になる。こういう不安は当たるのだ。


「あなたがきちんと訂正しないからお茶会で恥をかいたじゃない!」


 義母と二人きりの晩餐で、ミュリエルは義母からまた意味が分からない説教を受けていた。

 部屋で食事をとってもいいけれど、そうするとまた説教や嫌味が酷くなるのでレックスと公爵がいなくてもいつも通りにしている。


 言い返してもいいけれど、侍女の上げた報告が間違っているのでそこから訂正しなくてはいけない。そうすると、侍女が報告を捻じ曲げて伝えたか、レックスがそもそもきちんと言っていないのか。


 義母が喚いているのを冷めた目で見ていると、ワインがなみなみ入ったグラスが飛んで来た。


「レックスが腰を抜かしたなんて聞いてないわよ! 相変わらず『腰抜けスタイナー』だとお茶会で笑われたわ!」


 義母の腕力ではワインの飛距離はそこまで出ない。ミュリエルのところには届かず、ワイングラスはテーブルの上に転がって、クロスに赤い染みを作る。


「お義母様は昨日、どなたから報告を受けたのですか?」


 今朝そのように伝えていたとしてもミュリエルが怒られるだけであるし、今この場で「はい、腰を抜かしていたのは紛れもない事実です」なんて言ってもまた怒られる。つまり、正解はないので面倒だと思いながらミュリエルは義母に聞いた。


「侍女からよ! あなたがきちんと報告しなかったせいでしょう!」


 いや。あの場合、報告は護衛かレックスの仕事だと思うが……。

 この屋敷の女主人はまだ義母なので、義母が掌握しておくべき案件だ。


「奥様、新しいワインをお持ちします。甘口になさいますか?」


 義母の様子を見ていた使用人たちが何とか空気を変えようと止めに入る。最初に止めに入ったのは長年勤める使用人だ。


「そうね、甘口をいただくわ。できの悪い義理の娘を持つと苦労するわね」

「ミュリエル様、こちらをどうぞ」


 給仕をしていたメイドにタオルを差し出され、クロスのワインの染みがかなり広がって近づいてきていることに気付いた。

 血のように赤いワインって表現もあるけど、嘘ね。血はもっと……綺麗だったもの。

 ルーシャン殿下があんなことを思い出させるからだ。嫌なことを思い出してしまった。


 女性と度々出かけるレックスに何度もやめて欲しいとお願いしても無駄で、友達だと思っていた令嬢が実はレックスとデートしていたことを知り、裏切られたみじめな気分でミュリエルはとっさに刃物で手首を突いたのだ。

 血が噴き出して天井にまでかかった。でも、傷口は治癒魔法ですぐに塞がった。


 それは、神殿での出来事だった。ちょうどルーシャン殿下が魔力測定に来る日。

 ペトラがミュリエルを呼びに来て飛び散った血を見つけ、騒ぎにならないよう対処してくれた。おかげでルーシャン殿下とその護衛たちも掃除に駆り出されたのだ。あの時の天井や床の色を思い出す。



「何をしている」


 ぼんやり過去の記憶を遡っていると、後ろから声がした。


 てっきり愛人のところに泊まると思っていた義父であるスタイナー公爵が帰ってきていた。愛人のところというのはミュリエルのただの勘だ。もしかすると本当に仕事だったのかもしれない。

 義父の後ろにはレックスとイザークもいた。


「あ、あなた。おかえりなさい」


 義母は声が震えているものの、笑顔で義父を迎えた。


 この義父母、実は先代スタイナー公爵夫妻に反対されながらも大恋愛の末に結婚しているのだ。

 義母は元々子爵家の令嬢だった。それが、今では義父は愛人を囲っている。大恋愛は冷めるのも早いのかもしれない。

 それはそれでいいのだが、義母がミュリエルに八つ当たりするのだけはやめてほしい。


「何をしているのかと聞いている」

「ミュリエルと晩餐を楽しんでいたのよ、ねぇ?」


 楽しいのは義母だけだろう。と思いながらもミュリエルは頷く。


「お前の金切り声はよく聞こえた」


 義父の言葉で義母はさぁっと青くなる。見事な血の気の引きっぷりだ。カマをかけられたらすぐ自白するタイプだろう。


「レックス、おかえりなさい」

「あ、うん」


 立ち上がって、両親に口を挟めない状態のレックスに抱き着く。女ものの香水の残り香が鼻を掠め、ミュリエルの胸に黒い感情が渦巻いた。


「思ったより早かったのね」

「取引のある商人と少し飲んできただけだから」


 レックスが額にキスを落としてくれても、義父が義母を叱責する声が後ろから聞こえてもミュリエルの胸に生まれた黒い感情はなくならなかった。

 少し飲んだだけでこんなに香水の香りがつくのかしら。商人が女ものの香水をつけていたとか? 商人は女性だったの?


 胸に黒いものを抱えながら、後ろのイザークにも労いの声をかけようと顔を上げる。イザークは義母を鋭く睨んでいた。

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