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「あの頃は若かった……」
バリバリ現役のイーディス様に聞かれたら「嫌味かい?」と返されそうなセリフを口にする。
両足の怪我であれだけ焦って呆然としていた自分が懐かしい。今はあの程度の怪我を見ても全く動じない。それほどいろいろなものを見てきた。
8歳のあの時に覚醒してから、ミュリエルは落ちこぼれ聖女候補ではなくなった。ペトラもそうだ。ペトラもあの馬車事故で覚醒していた。
ペトラと二人で半べそをかきながら、それまでとは比べ物にならないほどの傷を治した。
周囲のてのひら返しは凄かった。
鉱山のある町に派遣された将来有望なはずの聖女候補たちの中には帰ってきてから力が弱まったり、力を失ったりした者もいたから余計に。
ラルス神殿長やイーディス様といった少数の人だけは態度が変わらなかった。落ちこぼれでも覚醒後でも、ラルス神殿長に誘われてミュリエルとペトラは一緒に神殿周りを走った。
あの時治癒魔法をかけたことで、スタイナー公爵家からレックスとの婚約の話が来た。
ミュリエルはレックスの「ありがとう」をずっと覚えていたから、素直に喜んだ。あの時からミュリエルにとってレックスは全てだ。レックスの「ありがとう」を上回る感謝にミュリエルは出会っていない。
公爵とレックスはとても感謝してくれていたけど、現場にいなかった義母は面白くないようで、公爵のいないところでツンケンした態度をとられ続けて今に至る。
「何でこんなこと思い出したのかしら」
休憩の残り時間を確認してミュリエルは大きく息を吐く。
あの「ありがとう」を聞いた時からミュリエルはレックスのことが好きだった。
婚約してから「会いたい」と手紙が来れば予定があっても断ってレックスに会いに行った。全てにおいてレックスを優先した。
でも、ミュリエルが神殿で働いている間にレックスは他の令嬢と出かけていた。いわゆる、デートである。わざわざ相手の令嬢が神殿に自慢しに来るのだ。
ペトラは「お貴族様ってわざわざ浮気を自慢するの? 平民の方が倫理観あるんじゃない?」なんて呆れていたが。
最初のうちは他の女性と出かけるレックスに詰め寄った。どういうつもりなのかと。
でも、レックスは謝りながらもただ友達と出かけていただけと言う。二人きりで出かけても友達だと。でも、神殿までやってきた令嬢たちはそうではなさそうだ。
ミュリエルの「好き」や「愛している」とレックスのそれの重みが違うようだと気づいたのはしばらく経ってからだった。
レックスに何度言っても伝わらない。彼は誘われたら令嬢たちと遊びに行き、ミュリエルよりも仕事や勉強を優先した。
他人を変えようとすることがこんなに空しいことだと、こんなに言葉が通じないのかとミュリエルは初めて知った。
でも、私だけを愛して欲しいと思ってしまうのは悪いことなのだろうか?
そしてミュリエルは自分を納得させた。レックスと婚約しているのは自分なのだし、レックスとは頻繁にデートをしている。
私はレックスを愛している。私が愛しているのだから、それでいい。いずれ彼は私の愛を分かってくれる。同じだけの愛を私に返してくれる。
カクヨム版に加筆・修正を加えてます。
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