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暑さ無効スキルとアイテムボックスを持って転移した日本人は、今日も砂漠の行き倒れを見つけては暴利を貪る。

作者: 刻芦 葉

 

 ザッザッザ。


 そんな足音を立てながら男が一人砂漠を歩いていた。ここは砂楼都市アルバーリャ。広大な砂漠に囲まれて何かと不便な国だが、大国と大国の中間に位置しているため交易の要所として重要な場所にあった。


 そんな理由からこの砂漠を渡ろうとする行商人は後を立たない。その中には一攫千金を求めて無茶な渡り方をする商人もいる。そんな目先の欲に眩んだ商人なんかは、往々にして砂漠のど真ん中で動けなくなる。


 どうやら馬鹿な商人は今日もいたようだ。男が進む先には荷馬車が立ち往生していた。日除けの(ほろ)の陰で項垂れるように座り込む中年の商人は、男の足音に気付いたようで跳ねるように顔を上げる。


「おいあんた!水を持ってないか!?」


 掠れた声で水を求める商人に男はアイテムボックスから(かめ)を取り出すと、そこから溢れそうなほどの水を見せた。


「頼む!それを分けてくれ!喉が乾いて死にそうなんだ!」


 男はアイテムボックスから柄杓(ひしゃく)と木で出来たコップを取り出すと、それを溢れるほどの水で満たす。商人は(したた)る水が勿体ないと、砂漠に這いつくばって舌を伸ばした。


「なぁ商人さん。この水はあんたの命の値段だ。この水をあんたならいくらで買う?」


「ぐっ。それなら金貨一枚で買おう!」


 通常なら銅貨一枚にすらならない水が金貨一枚になった。銅貨に換算するとざっと一万枚分だ。


「なるほど。最初は安く言って様子見か。やっぱり商人は値段交渉が好きだよな。ただ俺はそんな面倒なことは嫌いだ。次はないぞ。金貨一枚がお前の命の値段なのか?」


「はぁはぁ。くそっ!分かった!金貨五枚で買う!それ以上は持ち合わせがないんだ!頼む!助けてくれ!」


「最初からそうしろよ」


 これで助かると商人は涙を流す。荷馬車を引く二匹のラクダが倒れて砂漠のど真ん中で動けなくなった。持ってきた水も尽きて死を悟った時に、遠くから怪しい男が歩いてきた。初めは死神の迎えかと思ったが、男はこうして水を売ってくれる。


 水に金貨五枚はかなり惜しいが背に腹はかえられない。それに荷馬車の荷物を売れば、金貨五枚なんてすぐに取り返せるのだ。なのでここは命を優先しよう。そう思い金貨五枚を渡した商人に男が渡したのは瓶ではなくコップ一杯の水だけだった。


「おい!どういうことだ!その瓶をくれるんじゃないのか!?」


「誰が瓶を渡すって言ったよ。売るのはコップ一杯だけだ。この瓶は俺の生命線だしな。それにあんた嘘ついたよな?」


「嘘!?儂は嘘など付いておらんぞ!待ち合わせは本当に金貨五枚だけだ!」


「金貨はな。ただその荷馬車には金目のものがたんまりとあるだろ?荷馬車の向きからしてエルダリア帝国に向かっているな。それなら荷はユリスタール王国の反物(たんもの)ってとこか?あれはいいよな。大して嵩張らないのに良い値になる。この荷馬車に目一杯入っているなら、おそらくユリスタールで反物を買うために使った金額は金貨千枚くらい。それだけあればエルダリアで売れば金貨四千枚はいくだろう」


「そ、それは」


「なぁ。そんな行商をしているあんたなら分かるだろう?物の価値は品質だけで決まるもんじゃない。需要と供給で大きく変わる物だ。だからあんたはユリスタールで安く買って、エルダリアで高く売ろうとしている。それで?こんな砂漠のど真ん中で手に入る水の値段ってのは金貨五枚なのか?本気でそう思っているなら、あんた商人向いてないぜ」


「わ、分かった!反物を一割渡す!だからその瓶の水を分けて」


「半分」


「……は?」


「荷馬車にある反物を半分寄越せ。残りをエルダリアで売ればプラスなんだ。ここで命を失うよりはマシだろ?」


 男が口にした言葉を商人は理解できなかった。たかが瓶一杯の水如きに男は金貨五百枚分の反物を要求している。エルダリアに持っていければ金貨二千枚の価値がある反物を要求しているのだ。


「それはどう考えても暴利がすぎるだろう!」


「なら交渉決裂だ。この金貨五枚も返しておくよ。せいぜいここで野垂れ死ぬんだな」


 金貨を商人に返すと男はコップを逆さまにした。コップの中の水は重力によって落ちていき砂漠を僅かに濡らす。それに見向きもせず男は立ち去っていく。


 ザッザッザ。


 商人は男の足音が小さくなるにつれて、自分の心臓の音も小さくなっていく錯覚を覚えた。そして男の足音が聞こえなくなった時に自分の心臓は止まるだろう。


「分かった!儂が悪かった!反物を半分渡すから水をくれ!」


 これが男に聞こえてなければ自分は死ぬ。それが怖くなった商人は喉が切れるほど声を張り上げて叫んだ。どうか声が届いてくれ。そんな祈りが通じたのか、男は立ち止まってこちらに振り向く。よくは見えないがきっと満面の笑みを浮かべている男が商人には悪魔に見えた。


「くそっ!くそっ!悔しい!悔しいが美味い!」


 瓶を手に入れた商人は柄杓とコップなど使わずに、顔を突っ込んで水を飲んでいる。そんな商人には目もくれずに男は受け取った金貨五枚をポケットに入れて、大量の反物をアイテムボックスに放り込む。そして倒れている二匹のラクダに目を向けた。倒れた理由は疲れと脱水症状だろう。いくら砂漠に強いラクダといえど、こんなに重い荷馬車を引かされて、水も与えられずでは倒れるに決まっている。


「おい!お前なにをしている!」


「なにって水をあげてるんだよ。あんたにとってもラクダが元気になるなら願ったりだろ?」


 渇きを潤した商人が見たのは、男が瓶を二つ取り出してラクダに水を飲ませているところだった。倒れていたラクダ達は男に感謝するように顔を擦り寄せていた。男も嬉しそうにラクダの体を撫でている。


「瓶は一つしかないという話だっただろ!だから儂は反物を半分も手放してまで水を買ったんだ!なのに水はまだあるじゃないか!話が違う!反物を返せ!」


「あんたが勘違いしたんだろ。俺は瓶は生命線とは言ったが、持っている数が一つなんて言っちゃいない。責められるのは変な話さ」


「ぐぬぬ!ならラクダは!ラクダはなにも払っていないのに水を貰うのはおかしいだろう!」


「あんたは動物が金を払うとでも思っているのか?それなら一度医者に見てもらうことをオススメするぜ。さて用も済んだし俺は行かせてもらう。ラクダはじきに回復するだろうさ。良かったな。俺のお陰で死なないで済んで」


 背中に受けるクソッタレという罵倒を気にせずに男は砂漠を進んでいく。クソッタレなのは自分ではなく、この異世界へと自分を連れてきた何者かだと思いながら。


 日本から急に異世界へと呼ばれた男に与えられた力は、アイテムボックスと暑さ無効というスキルだけだった。天涯孤独となった男が居場所を求めて世界をさまよい、辿り着いたのがアルバーリャだ。ここで男は砂漠で立ち往生する者から暴利を得る生活を始めた。


「次の客を見つけた」


 どうやら次の客は若い女のようだ。荷馬車どころか荷物もなく、たった一人で砂漠のど真ん中に倒れている。その姿に死んでるのかと思ったが起こすと微かに息をしていた。


「綺麗な女だな」


 焦げ茶色の髪に付いた砂を払ってやると、少し幸の薄そうな雰囲気はあるものの綺麗な女だ。苦労しているのか目の下には(くま)があるが、目を閉じていても分かる大きそうな目に長いまつ毛は美人を予感させる。元々はユリスタールの人間なのであろう。色素の薄い色白な肌は日に焼けて真っ赤になっていた。


 暴利を得るにしてもまずは彼女を起こしてからだ。そのためのサービスだと割り切って水とポーションを女に飲ませる。効き目は抜群だったようで、すぐに女は目を覚ました。


「……あれ?私なにして」


「あんたはここで倒れてたんだ。それを俺が助けたんだよ」


「そうでしたか、ありがとうございます。こうしちゃいられない。早くエルダリアに向かわないと」


 女は立ち上がるも熱中症なのかふらついてすぐに倒れた。それでも進もうと地べたを這っている姿に執念めいたなにかを感じさせる。


「待てよ。そんな体でエルダリアまで辿り着ける訳ないだろ。とりあえずこれ飲んで落ち着け」


 邪魔をするなと言いたげな女だったが、男が差し出したコップ一杯の水の誘惑には勝てなかったようだ。ひったくるようにコップを受け取るとグイッと一気に飲み干した。


「ははっ。良い飲みっぷりだな。それで?そんなに急いでどうしたんだ?」


「……弟が病気なの。あと数日も保たないかもしれない。治すためにはエルダリアの端にある霊山に生えている神奏花(しんそうか)の蜜が必要みたい。だから私はそれを取りに行こうとしているの」


「おいおい。そんなに時間がないのに徒歩で行こうってか?エルダリアまではまだ距離があるぞ。それに霊山に向かうなら更に数日かかるはずだ」


「今朝までは旅商隊(きゃらばん)の荷馬車に乗せてもらってたの。だけど途中で盗賊に襲われて。こうして命は無事だったけど荷物も置いてきちゃった。あはは。本当私ついてないな」


 女に対してどこか幸が薄そうと感じたのは正しかったようだ。どこか諦めたように泣きそうな顔で笑う姿はとてつもなく哀愁を誘う。


「でも諦める訳にはいかないわ。少しでも可能性があるなら私はエルダリアまで向かう。水をくれてありがとう。必ずお礼をすると誓うから、先を急がせてもらっていいかしら?」


「まぁ待て。話は終わっちゃいない」


「お願い!急いでるの!後でなんでもするから先に行かせて!」


「その様子ならどうやら知らないようだな。残念だが神奏花はこの時期咲いていない。それに蜜が病気に効くのは採って三日以内の話だ」


「……そんな。それじゃ弟は助からないの?」


 女は絶望したように膝を突いて泣き崩れた。弟の名前を呼びながら涙を流す女の姿に男は商機だと暗く笑う。


「今の状況は理解したか?そんなあんたに朗報だ。実は俺のアイテムボックスの中には、採ってから一日も経っていない神奏花の蜜がある。何ヶ月も前のものだがアイテムボックスの中は時間が経過しないのは知っているよな?そしてここからユリスタールまでなら、夜通し馬を走らせれば一日程度で着くだろう」


 この神奏花の蜜は以前エルダリアからユリスタールへと向かう商人からブン取ったものだ。それ以外にも男のアイテムボックスには様々な価値のあるものが入っている。


「それは本当なの!?それがあれば……弟は……!」


「助かるだろうな。そこで商談だ。この神奏花の蜜にあんたは何を差し出す?」


「全てを!その蜜を弟に届けた後なら、体も魂も心も純潔も私の全てを貴方に全て捧げるわ!だからお願い!その蜜を私に譲って!」


 意地の悪い男の問いかけに、女は迷うことなく全てを差し出すと口にした。商人のように交渉をせず、最初から自分の持つ全てを対価にした女の献身に、男はつまらなさそうに唇を尖らせる。


「俺の負けだ。良いだろう、こいつを持っていけ」


 男はアイテムボックスから小瓶を取り出して女に渡した。小瓶を太陽に透かすと黄金のようにキラキラと輝いている。


「ありがとう!必ずお礼しに来るから!本当にありがとう!」


「おい待て!」


 感謝の言葉を述べながら走り出した女を男が慌てて止める。まだ話があるのかと怪訝そうな顔をした女に、男はポケットから金貨を五枚取り出して女に差し出した。


「そそっかしい奴だな。ユリスタールまで走っていくつもりか?このまま真っ直ぐ走ればアルバーリャに辿り着く。着いたらその金で砂馬(すなうま)を買っていけ。普通の馬よりも速さは劣るが砂漠も走れる馬だ。多少無理させれば明日にはユリスタールに着くだろう」


「いいの?蜜だけじゃなくてお金まで。私が戻ってくるか分からないのに」


「早くいけ。時間がないんだろ?」


「……ありがとう。絶対に貴方の元へ帰るから」


 今度こそ女は走り出した。それを見送った男はまた砂漠を進む。元から女が戻ってくることに期待はしてはいない。ただ今日は大量の反物が手に入って気分が良かったから、気まぐれに女に施しを与えただけだ。家族のために自らを捧げた女の愛情が、二度と家族に会えない男の心を動かしただけだ。


 ザッザッザ。


 男はまた砂漠で動けなくなっている獲物を求めて歩き出した。


 ◇◇◇


 コンコン。


 それから一週間後、住処にしているボロ屋の扉が叩かれる音で男は目を覚ました。客かと思ったが男には家に訪ねてくるような友人など一人もいない。砂漠で弱っている人間を狙って暴利を貪る男のことを、アルバーリャの人間はヴァルチャーと呼んで忌み嫌っていた。だから気のせいかともう一度目を閉じる。


 コンコンコンコン!


 どうやら気のせいではないようだ。こんな朝っぱらから誰だと不機嫌になりながらも男は扉を開いた。


「あ!やっぱりここが貴方の家だったのね!見つかって良かった!」


「お前、どうしてここに」


 そこにいたのは先日助けた女だった。その明るい表情から察するに神奏花の蜜を届けるのは間に合ったのだろう。心労から解放されたためか目の下の隈も無くなって、薄幸の美女から目を見張るほどの美女に生まれ変わっている。


「言ったじゃない。全てを捧げるって。貴方のお陰で弟は助かった。それなら今度は私が貴方に恩を返す番よ」


「いやだとしても俺はそこまでする気はなかったから、こうして礼を言ってくれただけで」


「あ、そうそう。これ父上から貴方に」


 このまま穏便にお引き取り願おうとする男の言葉を遮って、女は一通の手紙を渡してきた。それを受け取って封蝋(ふうろう)を見た男の表情が固まる。記憶が確かならこの家紋はユリスタールの公爵家のものだったはずだ。


 震える手で手紙を読むとそこには娘が迷惑をかけた詫びに、嫡男が助かったお礼と不束な娘だがよろしく頼むといったことが書かれていた。そして文末にはしっかりと公爵の名前が刻まれている。


「という訳で私は貴方に嫁ぎに来たわ」


「いやお前!公爵令嬢がこんな得体の知れない男の元に来ちゃダメだろ!早く帰れ!」


「それは出来ないわ。だって私は貴方に全てを捧げると家名に誓ってしまったもの」


「嘘つけ!あの時家名なんて言ってなかったぞ!」


「心の中で誓ったのよ!」


「口に出してなきゃノーカンだ!どうぞお引き取りくださいお嬢様!」


 首を縦に振らない男に対して、女はカバンから二通目の手紙を取り出した。差出人はまたしても公爵で、そこには先程の大人な文章とは打って変わり娘を幸せにしないと許さないといった内容が五枚に渡って書き殴られている。


「ふふん。諦めが肝心よ?というかアルバーリャを出て一緒にユリスタールで暮らさない?この国の人間に貴方のことを聞いたら、皆してヴァルチャーって馬鹿にしていたわ。私の恩人をバカにするような国に居たくないし、なにより砂漠はトラウマなの」


 そこから女は二人の未来設計をツラツラと語っていた。子どもの数やら家の大きさやらを話す女は、なぜかとても幸せそうだ。


「どうしてそんなに嬉しそうなんだ?お前だって知らない男の元へ嫁ぐのは嫌だろう」


「あら、貴族の令嬢なんて大半は知らない男の元へ嫁ぐものよ。それに貴方は私の命を助けたどころか、何よりも大事な弟まで助けてくれた。それに惚れない女なんていないでしょ?私は貴方に嫁げる今が一番幸せよ。だから貴方のことも絶対幸せにしてみせるから楽しみに待ってなさい」


 そんな風に笑う女の顔は見惚れるほど綺麗だった。どうやら俺は女のこれからの人生という、今までで一番の暴利を貪ってしまったようだ。

最後までご覧いただきありがとうございました!


刻芦は連載作品も書いています!


冒険者なら一度は行きたい月光苑〜美味しい料理と最高のお風呂でお待ちしております〜


https://ncode.syosetu.com/n9615hw/


冒険者達が旅館に行って、美味い飯と最高のお風呂に入って、身も心もホッコリするお話です。



戦国時代と思ったけど足軽五メートルくらい吹き飛んだから多分違う


https://ncode.syosetu.com/n0184hx/


過去と現代を行き来できる主人公が、戦国時代で見つけた美少女と現代でデートしたりするお話です。

戦国時代風な場所での話なので、歴史の知識がない方が楽しめると思います!


ここまで読んでいただいた貴方に感謝を!

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