奇跡と言うのは目の前で起こる?
Act.8
Side ロミオ
紅茶を飲みながら焼き菓子を食べ、そして黒曜と琥珀からいろんな話を聞いていた。おおよそ、子供達からティボルトが聞きだした内容と変わらなかった。紹稀国の第二師団はその師団長の子飼いの四人がそれぞれに隊長を務める四部隊が存在し、その内二つの隊長が、この黒曜と琥珀なのだ。しかも琥珀に至っては先の停戦前の戦争で『第二師団をそのまま率いていたんですよ~』なんて笑顔で言った瞬間、こいつら本当にここに居ていいのか?と純粋に不安になった。
紹稀国での一師団の規模はおおよそ俺の率いている第三王子直属騎士団と同格程度だ。我が国はそれぞれの王子が率いる騎士団と、皇帝直属の騎士団と魔道師団。まあオセロの兄貴なんかは『私、戦闘は苦手ですので、優秀な方に代理をしていただきます。』と他の人間に押し付け作戦だったり、レイアの兄貴みたいに『運ぶだけは運ぶよ。あとはよろしく~』作戦だったり、やり方は人それぞれだ。
「いや待て、つまるところ琥珀、お前は俺とほぼ同格の人数率いた経験あるということだな。」
「あ~、先の戦争では俺たちの養父が倒れて代理でしたが率いましたね。あの時撤退させてもらえなくて流石に死ぬかと思いましたよ~。」
基本的には頭が回るが、家族のことになると馬鹿になる男、琥珀。姓はない。
明るい茶色の髪と琥珀色の瞳を持つ。
状態:紹稀国のことは完全に見限っている。なお、今まで保護してきた子供たちも半分ほどが感謝も何もしないし、街の人を真似て黒曜を差別していたのに対して、そろそろキレそうだった模様。過ぎたことはどうでもいい。ロミオ様俺を雇ってくれないかな~?黒曜と子供たちを養えるぐらいの給金で。クッキーうまっ。
いや長いな、おい。でも雇うのはありかもしれない、心内を読んでも悪意はなさそうだし。最後の情報は心底どうでもいい。そんな鑑定が出ながらも俺は紅茶を口に含んだ。
今度は琥珀の隣に座ってクッキーをちょこちょこ食べている黒曜をチラッと見た。
基本的には邪魔なものは吹き飛ばしてしまえばいいスタンスの女、黒曜。姓はない。
黒い髪と黒い目を持つ。
状態:極度の過労。特に精神状態が不安定。しばらくは休養が必要。三人の王女との話は楽しかった模様。しばらくは王女と遊ばせるのも可。よく美味しいものを食べさせ、よく遊ばせ、よく眠らせるが良し。クッキーうまっ。
意外と脳筋か、黒曜。気持ちは分かる。全部吹っ飛ばしちまう方が早いからな。俺もそうだ。あとお前たち兄妹だよ、ほんと。まあ、王宮のクッキー、手土産になるぐらい美味いからな。
「先の戦争では黒曜も琥珀も難敵だったな。」
そんなことを呟きながら今後の事を考えた。とりあえず、琥珀は俺の部隊に組み込むか?ガキ三人に黒曜なら多分問題なく賄える給金出るだろう。まあ黒曜は妹たちに預ければ良さそうだ。時々魔法で対戦してやればストレスも発散できるだろう。俺なら相手にできるだろうし。
「ロミオ、後者に関しては考え直してね?『双黒』同士の戦いなんて王宮の庭が破壊されちゃうからせめて草原とか、何もない所でやってね、いい?」
「……なんでレイアの兄貴がここに居るんだ?」
「え、ロミオが面白そうな話をしているって聞いてオセロを引っ張って来たんだよ。」
そう言われて隣を見れば諦めた目で首を左右に小さく振るオセロの兄貴。その目が語っている『お前も諦めろ』と。
「あ、そうか。まあ、いいや兄貴相談なんだが、この二人をどうするべきか。」
「ロミオの判断は?まず聞いてもいい?」
「俺としては琥珀の戦力は辺境に欲しい所だが、多分そろそろレイアの兄貴の所の指揮官が引退したいようなこと言っていたな、と思っただけだ。」
「そうなのだよね。そろそろ引退……まあ87歳まで働かせている私が言うのも変なのだけれどもね。有態に言うと後釜が務まるような人間が居ないわけだ。で、そこに飛んで火にいる夏の虫……じゃなかった琥珀が来たわけで、私の言いたいこと分かるよね?」
「……敵国の人間をいきなり王太子の側近にはできないだろう。」
「出来ないじゃない、するんだよ、ロミオ。」
ニコリと笑うレイアの兄貴。その瞬間、その場の誰もが寒気を感じた。多分レイアの兄貴の中では決定事項なのだろう。チラッとまたオセロの兄貴を見たら遠くを見て黄昏ていた。
俺もそうなりたい。
逆に後ろに控えているレイアの兄貴の側近たちは腕で×マークを作って必死に『止めてくれ!!』とジェスチャーしてくる。お前らが使えないからレイアの兄貴がそう言ってんだろうが。
「で、琥珀、君は私の側近になるつもりはある?もし君がそのつもりがあるのならば君の気にしている子供たちとそちらの黒曜、全てを賄えるように用意するよ。ただし、君が茨の道を乗り越えて私の最側近になることへの先行投資だと理解して返事が欲しい。」
あ、出ました王子様。ではなく本当に次期『王』としての威厳が振り撒かれたこの環境で誰もが言葉を発せなくなった。
その場の主役はレイア王太子と敵国の将、琥珀。
物語であるならばここは見せ場であろう。俺たちの胃はキリキリ痛んでいるが。
オセロの兄貴なんて魂が半分抜けている。可哀想に。
「こちらの作法は本で読んだだけで詳しくはありませんが、ご了承ください。」
そう言って立ち上がった琥珀はレイアの兄貴の目の前で片膝ついた。
「『我、琥珀はレイア王太子殿下の剣となり盾となり、その力を振るう許可を。』」
惜しいな、つき膝が逆だ。レイアの兄貴はそれを許す性質ではないからな、と思ったらレイアの兄貴と視線が合ってしまった。口が一言動いた『やれ』。
「琥珀、一回立て。礼儀がちゃんとしないと我が国では『誓約』にならないんだ。一回やるから見とけ。」
そう言って俺も立ち上がり、そしてレイアの兄貴の前に立った。昔は大きかったその背はほとんど変わらないほどになっている。体格で言えば俺の方が良くなっている。その兄の前で右膝をついて利き腕である右手を心臓に当てる。
「右膝をつくことで左の心臓を捧げることになる。そして利き手を心臓に置くことで、目の前の人物に命を捧げることになる。そしてこの状態で、その相手を見つめて、
『我、ロミオ・ソネットはレイア・ソネット王太子殿下の剣となり、盾となり、全てを捧げる覚悟を持って、その力を振るう許可を望みます。』」
俺の『誓約』の言葉を聞いたレイアの兄貴は俺に向かって笑いかけた。
「『その力を持って我に尽くせ。』」
返す『誓約』によって俺とレイアの兄貴に暖かい光が包んでいく。どうやら小さい祝福が下りたらしい。
「おや、珍しい。ロミオは一番綺麗な『誓約』をしてくれるけど、祝福が下りたのは久しぶりだね。」
「最初の『誓約』以来だな。まあ、琥珀。ちゃんとした手順でやれば、レイアの兄貴と繋がりが出来る。そうすると……便利だ。」
「ついでに言うと、琥珀の潔白が証明できるよ。『誓約』を結べるとね、琥珀が私を裏切らない証明になるからね。で、もう一回やる?」
視線が呆然と俺とレイアの兄貴を見ていた。そして意識がハッと戻り、そして俺と同じように右膝をつき、そして右手を左胸に。俺はその場から邪魔にならないように退いた。意外と様になるな、と見ていれば、周りの侍女はその光景に息を呑んでいた。アレだな、いうなれば歌劇で美しい俳優を見るような眼だ。
「『我、琥珀はレイア・ソネット王太子殿下の剣となり、盾となり、全てを捧げる覚悟を持って、その力を振るう許可を望みます。』」
「『その力を持って我に尽くせ。』」
その瞬間、俺の時の比ではない周りが見えなくなるほどの光がその場を包んだ。そしてそれは段々と二人に吸い込まれて消えていく。誰もが言葉を喪い、誰もがその姿を見ていた。
嘗て聞いたことがある。父が、今の騎士団長、魔法師団長との『誓約』を行った時、天からは眩い光と、『天啓』が下りたという。まさにその再現のような状態にレイアの兄貴も琥珀もどうやら驚いたらしく、呆然としていた。
「……ちょっと待っていてね。」
そう言ったレイアの兄貴は自分の特殊能力を使って消えた。数秒で戻って来たレイアの兄貴は手に、本人直属部隊の隊服を持って帰ってきた。紅色の隊服を、膝をついたまま固まる琥珀に押し付けた。
「さあ、着替えて、行くよ!『天啓』が下りた、私と琥珀は辺境に行くからよろしくね!あとオセロ、ちょっと協力して!」
レイアの兄貴は、そう言って今度は琥珀とオセロの兄貴もまとめて連れて消えていった。待て、誰が後始末するんだ!?と叫ぼうとした瞬間には三人は消えていった。
「ねえ、これはどういうことなのかしら?」
ヒンヤリとした声が耳に届いた。全員の視線がその声の主に向いた。その場に立っていたのは女性。俺たち兄弟の母にして、この国の王妃。
マクベス・ソネット。
ソネット王国の至宝と呼ばれた美貌の母と、その後ろに気まずそうな妹たち三人。母はぱさっと扇を広げて目尻を下げた。
「先ほどね、三日間眠り続けた黒曜さんをお茶会に連れて行ったとこの子たちに聞いたの。まさか、そんな体調の人間に焼き菓子なんて食べさせておりませんよね?」
ビューと音がしそうなほどのブリザードがその背中には吹雪いていた。このあと俺はこっぴどく怒られたのは言うまでもない。