なんだかんだで怖いのは母
Act.6
Side ロミオ
一通り落ち着いたのか、皆で紅茶を飲むことになった。
頬は笑いが治まったブルータスが、笑いをこらえながら治療してきた。顔面蒼白の琥珀には『気にするな』と言って、庭の茶会の席に座らせた。黒曜はと言うと、目覚めたことをどこからか聞きつけた妹たちがわらわらと拉致していった。風呂入れたり、着替えさせたりしてくれるだろうから深くは気にしなかった……。
気にするべきだったと思うしかなかった。
戻って来た黒曜は、黒地に金と緑の装飾がされたドレスに着飾られて恥ずかしそうに妹たちに引っ張られてきた。
その瞬間、俺とブルータスは不覚にも紅茶を吹き出した。さっきの大爆笑で気管が弱っているブルータスは息ができないようだった。俺も息の仕方を忘れそうになってしまった。
そのまえに隷属の首輪どうやって外した?
いや、親指立ててグッじゃねえよ!?
「お前ら……。」
ジトっと妹たちを見れば、三人とも誇らしげに笑った。
「ロミオお兄様の為にわざわざ仕立屋を呼んで急ぎで合わせさせたのですよ!」
一番上の妹は黒曜を盾にしながら満面の笑みを浮かべた。俺は思わず頭を抱えてしまった。俺たち王族は生まれつき使う色を決められる。例えるならレイアの兄貴は赤と金、オセロの兄貴は青と金、と言ったように決められている。
だから兄貴たちの部下にしたって、妹たちの侍女にしたって、直属の者たちは仕える王族の色を纏う。それはネクタイだったり、スカーフだったり、ネックレスだったり、人それぞれに選んでいる。
だが、自分の髪や、瞳の色を素地にして、自分の色を装飾させたドレスを異性に着せるというのは要するに伴侶だったり、婚約者だったり、まあ恋人だったりにさせることだ。
そう、俺の色は緑と金なのだ。
余談だが、咽ているブルータスは首元のスカーフが緑地に金の草の刺繍が入っていたりする。ちなみに俺の部下はこのスカーフで統一しているらしい。詳しくは知らん。
要するに、今の黒曜の格好は俺の婚約者もしくは恋人と言っているようなものなのだ。紅茶を淹れて控えていた侍女が黒曜を見て頬を染めていた。
いや、分かる、綺麗だが、綺麗だが、その色は不味い。
「わあ、黒曜、綺麗じゃないか!黒い服も違う色を入れると華やかになるね。緑色が良く似合っているよ。」
「琥珀……やっぱり普通の服がいい……。」
そう言いながら少し苦笑いの彼女は困ったようにドレスの裾を広げた。確かにその動作は慣れていないが、その場の誰もがその姿に釘付けになっているのを気付いているのだろうか?
「似合わない、ね。こういうのは。」
「黒曜様!そんなことはありませんわ!!とっても美しいですわよ!!ね、ロミオお兄様?」
そう言いながら俺の目の前に連れ出された黒曜は視線があちこちに泳いでいる。デビューしたての令嬢によくある、恥ずかしがっている時のしぐさに近かった。
「ああ、似合っているが、黒曜ならばフリルではなくレースで首元から腕までの肩のラインを見せた方がいいかもしれないな。……あとドレスはお前たちみたいなシフォン系ではなく、マーメード系の方が……ん?」
俺の言葉に、妹たちは鳩が豆鉄砲を食ったような顔になった。黒曜もまた自分のドレスを見ながら首を傾げていた。
「お兄様!天才ですか!すぐにお母様に相談して叔母様を呼ばないと!」
「ええ、お姉様!ロミオお兄様のご所望のドレスを直ぐに作らせないと!」
「私、仕立メイドを呼んでからお母様の所に参りますね!」
怒涛のように妹たちは部屋を後にしていった。この時、妹たちが半泣きで母の所へ駆け込んだなど知る由もなく、俺たちは呆然としていた。とにもかくにも嵐は去ったので目の前でどうするか悩んでいる黒曜に手を差し出した。
「さて、お嬢様。俺にエスコートさせて頂けますか?」
柄にもなく、王子らしいことをすれば、黒曜は少し恥ずかしそうに手を重ねた。
「……そう言えば王子だったな、ロミオ様。」
「んふっ……いや、ちゃんと、王子ですよ、一応。ふふっ。」
琥珀の言葉に笑いながら答えるブルータス。悪かったな、これでも王子だ。そんなことは口には出さず、黒曜を琥珀の隣の席まで案内した。触れている手は予想以上に細く、栄養失調気味ではないかと思った。
その後にクッキーをハムスターのように食べる彼女の姿に、俺だけでなく、メイドや侍従たちも癒されていたという。
まあ、可愛いのだから仕方ないだろう。
ただ、この後、寝起き早々に焼き菓子を食べさせたことが母に伝わり、俺はこっぴどく叱られるのだった。