目が覚めればそこは天国だった?のかな?
Act.5
Side 黒曜
目が覚めた時の衝撃と言ったら、生きている中で一番であったと間違いなく言えるだろう。
私の生まれた町は不作の地で、父と母は生まれたばかりの私を孤児院に置いて行った。幸か不幸か、私は魔力が高い『忌み子』だった。だから殺されることもなく、ただ生かされた。そして8歳を迎えた時、転機が訪れた。騎士団の人間に私は見いだされ、同じ孤児院から四人、騎士団に連れていかれた。兄代わりの琥珀もその一人だった。
そして、私は通り名がつくほどに戦争に関わっていた。
いくら殺しても終わらない戦争に心が壊れそうになっていたのだろう。そんな中で出会った敵は私と同じ『忌み子』だった。高い魔力に、黒い髪と黒い目を持つ男。
私と同じなのにみんなに慕われて、
私と同じなのに高い地位も持って、
私と同じなのに明るい笑顔を浮かべていた。
私はみんなから嫌われて、
私はみんなから蔑まれて、
私は笑顔を忘れているのに。
羨ましい。でも、仕方ないとも思った。
私が我慢さえすれば、孤児院の子供たちはパンを食べられるのだから。
でも、自分の命まで捧げなければならないのだろうか?
目の前で『やめて』と泣き叫ぶ子供たち。三人、彼らは私の居た孤児院で、私や琥珀が赤ん坊の時から世話をしていた子たちだった。魔力が高い三人を犠牲にするか、私が一人犠牲になるか、どちらかを選べと皇帝は言う。ニタっと笑う口は気持ち悪かった。
どちらかを選べと言われても、正直に言って困った。
死にたくはない。だけど、自分たちが世話した子供たちが死ぬのも見たくはない。そんなことを考えていたら疲れてしまった。いや、ずっと前から疲れていたのだ。
だから、私を犠牲にするように皇帝に言った。すると、抵抗していた子供たちは今度は『ダメだ』と叫ぶ。
もう、疲れた。
そう思って彼らに笑いかけた。何年かぶりに笑った気がした。同時に首に何かを着けられた。
『黒曜!?ダメだ!!』
叫び声、その声の主が誰かはすぐに分かった。でもその時には視界が暗転していた。とにかく苦しくて、力が入らなくて、どうしていいのか分からない。意識がそのまま落ちていくが、周りの状況は見えるという不思議な時間が過ぎた。
ああ、そうか死に掛けているのだ。
そう思った。だって私の身体を抱きかかえながら必死に逃げる琥珀と、子供たち。それを私は空から眺めていた。琥珀は四人を守りながら、傷を負いながら、国境を目指していた。何度となく行われる襲撃を琥珀はたった一人で防ぎ続けていたが、もう限界だったみたいだ。腹に致命的な傷を負ったらしい。
『琥珀兄ちゃん!』
『『兄ちゃん!』』
子供達は慌てて駆け寄る。琥珀が相撃ちした男はもう動かない。
『お前たち、いいか、よく聞け。その、男の、シャツを脱がして、少し先にある、国境の砦で、それを思いっきり振れ。
もしかしたら、攻撃されるかもしれない、だが、防御魔法だけで、絶対に攻撃するな。
そして、誰か来たら、助けて欲しいと、……伝えろ。俺は、間に合わなくても、黒曜だけは……連れて行ってくれ。いいか?』
泣きながらも子供たちは頷き、そして琥珀の言葉通りに死体の男のシャツを脱がして、走り出した。その走る軌跡には涙が何滴も落ちていくようだった。
『ごめんな、黒曜。もっと……早く連れてくればよかった……。知ってたんだ、俺。……ソネット王国なら、『忌み子』は敬われるって……。こんなことに、なるなら、もっと早く、連れていけばよかった……。』
そう言いながら私の身体を強く抱きしめる。私の青白い顔に何滴も、何滴も涙が降ってくる。
そっか、私、愛されていたんだな。
ごめんな、ごめんな、と繰り返す琥珀に、『謝らないで』と伝えたかった。でも琥珀に手を伸ばすと同時に、私の意識は飛んでいった。
死んじゃうんだな、と漠然と思っていた。
でも、目覚めた時、真っ先に見えたのは私が羨んだ、私と同じ男。
琥珀の無事も、子供たちの無事も、教えてくれた。子供たちにパンも食べさせてくれたらしい。しかも三個も。その事実に思わず涙が零れだした。感謝を告げることもできないまま、私は泣いていた。
ここからは私の理解は追い付かなかった。
私が羨んだその男は、何故か琥珀に殴られて、
琥珀は何故か青ざめながら飛び込む勢いで土下座して、
琥珀と一緒に入って来た男は腹を抱えて笑っている。
状況がまるで飲み込めない私は、ただ、ふかふかのベッドで呆然とその状況を見ているしかできなかった。