最近は困惑が多い
Act.4
Side ロミオ
今の状況は、俺としてはどうしていいのか分からない。
兄貴たちの精神的に来る説教を終えた俺は、俺が連れてきた『双黒』の少女に会いに行った。会いに行くと言っても、『隷属の首輪』を外すことはできたが、意識が戻らないままだった。ブルータス曰く、『隷属の首輪』で拒否を続けた人間が陥る状態らしく、外しさえできればいずれは意識が戻るとのことだった。
「それにしても戦場でのイメージとは違うな……。」
いつも戦場で見ていた彼女は人形のようだった。うつろな瞳で、何を見てもその表情を変えることはなかった。しかし、今の彼女は苦し気に呻いている。そういう表情を見たいわけではないが、人らしい彼女を見られたことにホッとしている。
枕元に置かれた桶はぬるい水とタオルが置かれていた。多分、看病用にメイド辺りが持ってきたのだろう。桶に手を入れて魔法で冷やし、そしてその冷えた水でタオルを濡らす。戦場で何度も人の看病をしたが、これほど緊張したことなどない。絞ったタオルを彼女の額に乗せれば、少し彼女の口から洩れる息が落ち着いたように感じた。
「やはり熱か……。」
そっとタオル越しに手を当てた。触れた部分から彼女の熱を吸い取る。その熱を帯びた手を桶に浸す。同時にジジュッと蒸発するような音が響き、冷えた水は一瞬でお湯に変わった。
「おに、いちゃ?」
ゆっくりと瞳が開かれる。俺よりも少し緑が混ざるような黒は想像していた『黒』とは違った。
「いみ、ご?……ソネットの第三王子!?」
その黒が急激に小さくなって、驚いたように身体を起き上がらせようとした。思わず、と言ったように彼女の両肩をベッドに押さえつけた。
「落ち着け、身体がまだ回復していないんだ。」
そう言ってみるが、目の前の少女は起き上がろうとし続ける。
「あー、もう、落ち着け、お前がベッドで大人しくしてくれないと、お前の兄貴を呼びに行けない。」
なるべくいつもの口調でそう言えば、起き上がろうと足掻いていた身体から力が抜けた。
「兄、き?」
「ああ、『鉄壁の守護者』……琥珀?がお前を妹と呼んでいた。兄貴なんだろ?」
「琥珀、生きてるの?」
「ああ。」
「子供たちは!?三人、一緒に逃げた子たちは!?」
「三人とも無事で、今は辺境領で静養させている。昨日届いた手紙にはパンを一人で三個も平らげるぐらいには回復したらしい。」
「パンを、三個も……そんなに食べさせてもらったの?」
俺の言葉を直ぐに理解する頭の処理速度の速さに思わず驚いた。起きたばかりでこれだけの理解力、しかも三日間眠り続けた人間が、と思うと、なかなかに彼女は優秀なのだろう。少なくともブルータス並には理解力があると思った。
「そっか……そっか……。」
独り言のように言葉を繰り返した彼女の眼からポロっと一滴が頬を伝った。ギョッとして、彼女の肩を掴んだまま固まっていれば、彼女の涙はどんどんと溢れていく。
その涙があまりに美しくて、それを拭いたくなかった。
「ロミオ殿下~、黒曜さんどうですかね~目覚め……。え?」
これは不覚であったとしか言いようがない。ノックをしたらしいブルータスが扉を開けて固まっていた。その隣には『鉄壁の守護者』こと、琥珀の姿。
瞬間、凄い勢いで走って来た琥珀に俺の左頬を殴られた。
しかもグーパンである。
「俺の妹に何しとんじゃワレェ!!」
お前キャラ違い過ぎね?と殴られながら俺が思った事である。後で知ったのだが、魔力拘束具を着けて、本人の純粋な腕力で殴られた割に、俺の顔は重症だった。じくじく痛む。
「琥珀、違う、助けてくれたの!!王子様、子供達も!教えてくれたの!それで、泣いちゃったの!」
支離滅裂な黒曜の言葉にハッとしたような琥珀。床に座り込んだまま殴られた頬をさすっている俺と目が合った琥珀は顔面蒼白になり、そして勢いよく座りこんで頭を下げた。
ここ最近よく見る土下座である。
言っておくが我が国にはそんな文化ない……はず?いや、庶民が謝り倒すときはやるか?
「も、申し訳ございません!」
ぶん殴られて床に座る俺。
ベッドから中途半端に起き上がったまま固まる黒曜。
ぶん殴って顔面蒼白で土下座する琥珀。
そして、腹を抱えて大爆笑するブルータス。
ブルータス、お前は自重しろ。笑いすぎて咽ているんじゃねぇか……。
とりあえず、今の状況は、俺としてはどうしていいのか分からない。