兄貴が怖い
Act.2
Side ロミオ
いや無言って一番怖いぜオセロの兄貴。
でもな、もっと恐ろしいのはニコニコしながらイライラしているレイアの兄貴である。
誰にも優しい慈愛に満ちた王太子、レイア・ソネット。
手入れの行き届いた金髪は王妃たる母親譲り、顔立ちは国王たる父親譲り。
状態:激昂、少しでも失言したならば王太子宮は木端微塵。
いつも知的でいろんな人間たちのフォローに回る優秀な第二王子、オセロ・ソネット。
深い海のような青色の髪は前王たる祖父譲り、国王王妃たる父親と母親を混ぜたような顔立ち。
状態:激昂、少しでも失言したならば隣国に開戦の狼煙を上げる。
どうやら俺は今、緊張しているらしい。いつもはコントロールの効く『鑑定』スキルが暴走して兄貴たちの状態を見てしまった。今は見たくはなかった。冷や汗をかきながら上座に座る長兄と、目の前に座る次兄に笑いかけた。
「さて、事情は先にブルータスが知らせてくれたから分かっているよ、ロミオ。」
ニコッと笑いながら後ろに魔王でも従えているのではないかという空気の長兄、レイアはそう言った。頼む、もう少し空気を抑えてくれ。
「ああ、兄上の言うとおりだ。それに『双黒』を連れて来たのは褒めるに値する。……その保護した場所が隣国……紹稀国でなければ、だがな?」
ニコーっとブリザードが吹きそうなほどの氷点下の空気をかもし出す次兄。オセロは飲んでいた紅茶を礼儀から反するような音をたてながら降ろした。
分かっている。お怒りである。
「何で紹稀国に行っていたのかな?もし答え次第では……ふふ?」
「すみません、レイアの兄上。興味本位でした!」
「いつものように『レイアの兄貴』でいいよ、ロミオ。……誤魔化すな、本当の事言いなさい。」
スッと笑顔が消えた兄の顔に小さなため息を吐いた。柔らかい顔をしていても、長兄は王となるために育てられた。俺もオセロの兄貴もスペアとして同じ教育は受けたが、それ以上に長兄は求められてきた。つまりは、王としての素質を大いに持っているのが長兄なのだ。
諦めよう、本当の事を言うのがこの場での正しい選択だ。
「……俺の統治する辺境で子供が三名、国境を越えて助けを求めに来た。隠密を出来るのは俺とブルータス。なので俺とブルータスで国境を越えて子供たちの言っていた場所に行ったら紹稀国の『双黒の破壊者』の黒曜と『鉄壁の守護者』の琥珀と遭遇した。それからあとは報告の通りだ。」
「その子供たちは?」
「俺の直属騎士団に預けてある。栄養状態も悪いらしく、寝込んでいると報告を受けた。」
「オセロ、すぐにその子供たちの状態を確認して、体調が整い次第王都に輸送する手配をしてくれるかい?」
「承知しました、兄上。」
「で、その子供たちは何と言っていたのだい?」
長兄の言葉に思わず眉間にシワが寄った。
血まみれの子供たちが三人、国境の砦の前に出てきた。黄ばんだシャツのような者を振りながらゆっくりと砦に近づいてきた。最初に気付いた物見の騎士はすぐに俺に報告に来た。誰もが悩む中、俺は砦から降りて、子供たちの前に立った。周りには他の気配や、魔力は一切ない。しかし、その子供たちは異常に魔力が高かった。
『白い旗は『降伏』だと知っているのか?』
『こうふく?ごめんなさい、僕はお兄ちゃんに言われたとおりにしているだけ。お兄さん、僕の、僕たちの『家族』を助けてくださいッ!!』
そう最初に言った少年はそのまま地に伏して頭を下げた。同じようにもう二人も頭を地に着ける。土下座……子供がこんなことをするのは胸が痛くなりそうだった。
『『家族』はどこにいるんだ?』
そう尋ねれば、その少年はすぐに顔を上げた。もう、溢れんばかりの涙が零れていた。
『お姉ちゃんをお兄ちゃんが連れて来たんだけど……さっき、攻撃受けて、僕たち、庇って、お兄ちゃんが血まみれでっ……お姉ちゃんが動けないから、お兄ちゃんとお姉ちゃんが、待っている……。』
要領を得ないが、どうやらこの子供たちの兄と姉が居て、その二人は負傷しているのだろう。
『おい、ティボルト!すぐに子供たちを保護しろ。ブルータス、お前は俺と来い!負傷者は二名だ、話を聞く限り回復魔法が必要だ、行くぞ!』
俺の指示に従ってブルータスは俺と共に、残ったもう一人の側近、ティボルトは子供たちの保護に動いた。
その映像が、目の前に流されていた。
「なるほどね、オセロ、この辺でいいよ。」
その映像を見ていたレイアの兄貴はそう言った。オセロの兄貴も魔法を解いた。オセロの兄貴の特殊能力は他者の体験した記憶を再現できるのだ。その再現によって、俺の体験が二人の兄貴の前に映し出されていた。
「あのやせ細った子供が必死に助けを求めているのは見過ごせないね……。でもね、ロミオ、君がいくら強くて、私やオセロが全然歯が立たなくてもね、心配なのだよ。無茶はしないでくれ。お願いだ。」
あ、ヤバい。このモードのレイアの兄貴は……と思った時には遅かった。ポロっと流れた涙に俺は焦った。だが、すかさずオセロの兄貴はハンカチを差し出し、俺に視線を向ける。
『早く謝らんか!!』
と視線だけで伝わる必死さ。
「ご、ごめんなさい。」
「うん、分かればいいよ。」
ケロっと普段の笑顔に戻ったが、これはしばらく突かれるというのが目に見えていた。
ただ、この時、俺の家族の中で恐ろしい計画が進んでいるなど、思いもしなかった。