惚れっぽい彼女と成就させたくない僕と協力者な妹様
楽しみに読んでいた小説の推しが、もしかしたら当て馬かもしれない展開になって、何かが頭の中でパーンとなったら溢れてきたお話です。
僕には、好きで好きでたまらない幼馴染の女の子がいる。
どのくらい好きかというと。
マンションの隣の部屋に住んでいる彼女が起き出した、壁一枚向こうの微かな物音で目を覚まし、聴こえもしないのに「おはよう」と朝の挨拶をして1日の始まりを迎え。
同じ高校へ通う彼女と毎朝、偶然を装って扉の前、またはエレベーター、またはエントランス等で鉢合わせて学校の最寄駅まで一緒に通学し。
不審に思われないよう、週3回の割合に限定して下校時刻を合わせ。
母の不在を免罪符に食材を持参して彼女の家へ突撃、夕食の準備から食事後の後片付けまでを手伝い。
「おやすみ」を言って閉ざされた扉の前で蹲って数分間、胸の痛みに耐え。
自分の部屋で、隣接する部屋にいるはずの彼女の気配に胸を高鳴らせ。
物音がしなくなった壁に向かって「おやすみ」と言って、1日を終わらせるほどである。
いち早く僕のヤバみを察知して彼女の情報を金銭を対価に公開し、また「許可なく撮影をしない」「後をつけない」等のルールを設け、週に1度の家宅捜索を義務付けた、彼女の2歳下で僕の同級生な妹様は、週末に顔を合わせる度に口を酸っぱくして言う。
「いい?行動に移す前に必ず報連相だからね?ストーカー駄目絶対。」
自分でもかなりヤバい自覚があるので、助言者の意見に従い、休日は彼女からの誘いが無ければ接触しないよう、自らを律している。ちなみに僕の部屋へ「一緒に勉強をする」という名目でやってきた、妹様の監視付きである。
家にいる間の彼女が部屋で何をしているのか気になるし、外出する時の彼女に付いて行かないよう我慢するのはツライし、僕じゃない誰かと会話しているのを想像するだけでも胸が苦しいけれども、超えてはいけない一線はまだ、踏んでいない―――つもりだ。
だって入手したばかりのGPSは、勘のいい妹様のガサ入れにより没収されてしまったし。
ギリ無罪だと思っている。
でも考えてもみて欲しい。
結構な頻度でテレビに映る国会議員の、何人かいる妾の子として生まれ。
衣食住は満たされている。つまり生活には困っていないけれども、愛が皆無。子供に興味がこれっぽっちもナシな母と、文字通り隠されて生きてきた子供が、小学校就学と共に突如として世間へ出されたら、どうなると思う?
母は悪目立ちしない程度の手続きしかしなかったから、当然、通うのは公立の小学校だ。
着替えたり、ご飯を食べたりなんて事はできても。
母は話しかけても来なかったので、会話ができない。外へ出た事が無いので、運動というか走り方さえわからない。本なんて見たこともないから、字が読めないし、書くこともできない。そもそも教える人がいなかったから、小学生でさえ知っているような常識が備わっていない。
無い無いづくしの僕は、当たり前だが孤立した。
服や髪型なんかは、見栄のためか整えられていたけれども、好きなものを好きな時間に好きなだけしか食べない、不摂生の果ての子供が健康的に育っているはずもなく。骨ばった青白い顔でうつむき加減に、母譲りの大きな目をギョロリとさせる僕は、ものすごく不気味だったのだろう。
遠巻きにされて、いじめの対象にならなかった事だけは、今思えば幸いだった。
学校なんて行きたくもないけれども、時間になるとカバンを持たされて母に家から追い出された。仕方なくマンションのエントランスまで下りれば、そこが集団登校の集合場所なので逃げることもできず。1年生な僕を守るつもりの上級生に周囲を固められて、連行されるようにして学校へ行くしかなかった。
遠巻きにされているうえに自分から話しかけるなんてコミュニケーション能力皆無な僕に、友達ができるはずもなく。けれども学ぶ事は嫌いじゃなかったので、成績は悪くない。基本、自分の席に座ってボーっとしているだけなので、素行も悪くない。
僕の孤立を心配していた担任は、いじめられているわけでもなく、授業態度も良好、ただ周囲に溶け込めていないだけの状態を、それも個性だと判断したらしい。グループで課題をこなすときなんかは気遣う態度を見せたが、それ以外は見守るだけだった。
家にこもりきりだった僕に、「学校へ行く」というコマンドが加わっただけの毎日が続いたある日。
女神様が隣の部屋に越してきた!
当時、小学3年生だった彼女が、薄幸そうな僕を哀れに思ったのか、妹様のついでだったのかわからない。けれども越してきた日から欠かさず、登校から下校、ついでに不在がちな母に代わって放課後まで。親身になって世話を焼き、勉強を教えてくれて、根気強く常識を説き、こちらが赤面するほどに可愛がるという、愛を教えてくれたのである。
妹様に言わせると、
「あー。あのときはねー。クズ有責で離婚したばかりの頃だったからね。姉さんも母さんを支えようと必死だったの。仕事へ行く母さんの代わりに、私の面倒をみるんだって意気込んでいた時期だったし。それはもう、こっちが引くくらいに母性にあふれていたねー。母さんは成金のお嬢様だった浮気相手からふんだくった慰謝料をポーンと使って、都心の駅近な優良物件なんて分不相応な部屋買っちゃうし、1学期の途中なんて妙な時期に学校が変わったし、自分たちが変な目で見られているのは子供ながらに察していたし。そんな時に隣の部屋に住む、私と同じ年の子も孤立していたもんだからさ。母性が過剰反応したんだと思うよー」
とのことだが、僕が救われた事実に変わりはない。
だから彼女は僕の女神様で、好きで好きでたまらない幼馴染でもあるのだ。
「そこは「ママ」でしょー」
うるさいな、妹様。
そう呼びそうになったことが無いとは言いきれないけれども、絶対に彼女をそのポジションには置かないぞ!
だって周囲に埋没しがちな平凡な顔貌も、平均的な体格も、突出してはいないけれども勉強も運動も家事も、何でもできるところも大好きなんだ!
これも「母の負担を減らすため」の結果らしいのだが、彼女はとにかく広く浅く何でもできる人だった。そんな彼女に見合うためには、僕も同等に、いやそれ以上にならなければならない。
でもどうしたらいいのかなんてわからなかった僕は、恥を忍んで妹様に協力を要請した。
「姉さんを超えたいって?んー。まあ、いいけど」
付き合ってくれた妹様には感謝しかない。
努力の結果、僕は彼女を超えることに成功し、その結果の産物としてイケメンと呼ばれる人種に分類されるに至った。
勉学はともかく。運動ができるためには体質の改善が必要で、家事の一環である料理のついでに食事療法を取り入れたら、肌艶が良くなって、みるみる背が伸びて。ついた体力の元に運動したら、筋肉がついて。
30歳を超えても美しさに一片の陰りもない母の血を、僕もしっかりひいていたのだろう。くっきりした目鼻立ちな綺麗系の、街を歩いているだけで時々スカウトされてしまうようなレベルに仕上がった。
「でも残念。姉さんの好みはあっさり塩系なんだよねー」
そうなのだ。転校したての頃に孤立しかけたのが堪えたのか、彼女は目立つことを嫌った。そして雰囲気イケメンだったらしいクズのせいなのか、恋愛対象の容姿にも目立たないことを求めた。
で、ここからが厄介だったのが、目立たない容姿を好むくせに、一芸に秀でたところに惹かれるという、矛盾した男のタイプだった。
例えば―――
「H君かっこいい・・・好き・・・」
「え、姉さんまたなの」
「今度は本気!ほら見て!かっこいいでしょ?!」
「えー(集合写真は顔小さいし、よけいに見分けがつかない)」
「そ、そうかな?(半年前まで好きだったB君と見分けがつかない)」
「だってね!まだ小学生なのに、英検準2級持ってるんだよ!」
「?!(前の前の漢検3級持ちD君と同じパターンか!)」
「そうきたかー」
とか、
「J君かっこいい・・・好き・・・」
「姉さーん、今度はなに?」
「ほら!絶対にかっこいいって!」
「あー(今度はサッカーか)」
「そ、そうかな?(そういえば自称全日本U-12スカウト経験者って奴がいたな)」
「あの噂、絶対にガセだねー。アイツ私より下手だもん」
とか、
「N君かっこいい・・・好き・・・」
「どれよ?」
「はぁ。素敵・・・」
「おー(いつか来ると思ってたけど、将棋か)」
「そ、そうかな?(あ、まだ段持ちじゃない。これなら楽勝)」
とかね!
もちろん、全部張り合ったさ!
道半ばで対象が変更になったり、また同じ対象に戻ったり、秀でたジャンルが同じだったりすることも多々あったけれども。
この張り合うのに並行して、僕は対象に交際相手ができる様にも画策した。
彼女は浮気をして家庭を捨てたクズを心底嫌っているので、そこのところが物凄くはっきりしていた。つまり、対象に交際相手ができると、途端に興味を失ってしまうのだ。
対象から好きな相手を聞き出すのは、僕の役目。
その好意を寄せる相手から、好みを聞き出すのが妹様の担当で。
偶然を装った出会いや、ハプニング、互いの好みのすり合わせや改善等をしてカップルを成立させているうちに、僕と妹様は「ハイスペック縁結び皇ペア」と呼ばれるようになってしまった。僕たちが住むマンション名の一部、皇を入れた理由はよくわからない。
まあ、そもそも目立つのを嫌う彼女が、恋愛対象に自分をアピールすることがほとんどなく、遠くからそっと見つめたりする程度だったのでできた妨害だったのだけれども。
そして!そして!
ついに!
夏の暑さが薄れ、朝晩が肌寒くなってきたある日。
怖れていた日がやってきてしまった。
「あー。S君なー。彼さ、姉さんのこと、夏休み一緒に遊びに行った頃から気になってるっぽいんだよねー。だから今は両片思いってやつ?」
泣きたい。
もうすでに何かが目から流れ出ているけれども、なりふり構わず咽び泣きたい。
小、中、高と同じ学校へ通い、その間に自分を磨き、ついでにあらゆる分野の男たちに張り合ったせいでいつの間にかスパダリなんて称号をつけられた僕は、彼女の苦手とする「目立つ男」になってしまっていた。完全に無理そうなのはわかっていたけれども、対象の候補にさえならなさそうでも、それでも!希望を捨てきれていなかったのに。
「んー。まだお互いに好意を持っているって気づいていないし、今なら間に合うよ?妨害、する?」
妹様の悪魔のささやきを、即断で拒否することができなかった。
彼女に好きになってもらいたい。でも幸せになってもらいたい。それにもし、この妨害がバレてしまうようなことがあったとしたら―――。
グズグズしている間に、妹様は単独で妨害工作を進めていたようだ。
「もしかしたら、私へ興味を移せるかもー」
妹様の方が雰囲気美人だが、意識して似せたら姉である彼女とそっくりな外見になる。いつもだったら男側への聞き取りは僕の役目だったのに、僕がヘタレている間に妹様がしてきたらしい。そうしたら、まんざらでもない興味が、自身へ向けられるのを感じたと。
「1か月くれたらいけるー」
簡単に別の女、しかも妹へ靡くような奴に姉さんを近づけるものかと、妹様の闘志が燃えたぎっている。
「いける」って何?
妹様がそのSって奴と付き合うってこと?
モヤモヤしつつも、彼女が好意を持った対象に別の相手をあてがうのはいつもの手段だったし、今だグズグズしたままで行動に移せなかった僕は、結果的に妹様の妨害工作を静観してしまった。
そうして宣言通りの1か月が経過した頃、妹様からミッション完了の知らせが来た。
チャンスを生かせ!という助言と共に。
「S君は妹が好きなんだって!私、彼が告白してるところを見ちゃったの!妹は・・・妹は、何も悪くなんてないけど・・・でも!」
僕の腕の中に、彼女がいる。
惚れっぽい彼女は、その回数分の失恋経験があり、いつもそれなりに落ち込みはするけれども。こんな、僕に縋り付いて泣くような事なんてなかった。
きっとこれが、妹様の言うチャンスなのだろう。
優しく抱き返し、優しい言葉をかけ、共感を示して、弱っている彼女に付け込んだ愛を囁けばいいのだ。
「――――――っ!」
できなかった。
彼女の背後まで伸ばした手が空を切る。
僕が今、触れたいのは彼女じゃなかった。
目の前にいる、何度も夢にまで見た彼女より。
妹様が今、どこにいるのか。
もしかして奴と一緒にいるのではないか。
そればかり気になって!
「ね、妹様はどこ?妹様の言い分も聞いてあげようよ。ね?」
僕は彼女の肩を掴んで自分から引き剥がし、上手く笑えているのか定かではない顔を彼女へ向けた。僕を見て顔を強ばらせた彼女が、ぎこちなく頷く。その手を強引に取って、僕は妹様が居そうな場所を順に巡ることにした。
渦中にいるはずの妹様は、果たして――――
普通に自分の部屋でくつろいでいた。
「あれ?もう決着着いたのー?」
お菓子を食べながら宿題をしていたらしい妹様は、モグモグしながら僕を見て、その後ろから不安げな顔をのぞかせた姉を見た途端、眉間に皺を寄せた。
その顔には「このヘタレが!チャンスを不意にしやがったな?!」と、書いてある。
その剣幕に思わず足を止めてしまった僕の横をすり抜けて、彼女は妹様の目の前まで迫った。
「ねえ、S君は?なんでここに居るの?告白されてたでしょ?!」
目の前の姉を見て、次に部屋の入口で突っ立ったままの僕を見て、また目の前へ視線を戻した妹様は、止めていた咀嚼を再開すると、お茶で飲み下した後に大きく息を吐いてから口を開いた。
「ごめんね、姉さん。姉さんの男の趣味を否定するわけではないんだけど、S君は私の好みじゃないんだ」
「っ!そんな!」
妹様の言い分が納得しきれない様子の彼女は、拳を握ると、今にも爆発しそうな感情を振り払うように小さく上下させた。
小さい頃から仲が良かった彼女たち姉妹が、暴力的な喧嘩をしたところなど見たことがない。それでも好きな子が傷つけられるのを見たくなかった僕は、いざとなったら止められるよう、彼女たちに近づいた。
もう少しで彼女の、拳が握り締められた手首を掴むことが出来る。
気配を消しつつ彼女の背後まで距離を詰めた僕は、
「それにさ、私、ずっと前から好きな人がいるんだよね」
という妹様の言葉に、彼女を押しのけて妹様の目の前へ迫った。
「だ、誰?!誰のこと?!」
まさか僕がそんなことを気にするなんて、思っても見なかったのだろう。妹様は目を丸くして息を飲んだ。
訪れる沈黙。
カチコチと時計の音だけが響いていたのは、どのくらいの時間だったのか。数分かも、数秒だったかもしない緊迫は、彼女がジタバタと足踏みする気配で霧散した。
「私わかった!わかっちゃった!」
先程までのイラつきが嘘のように、握ったままの拳に歓喜を乗せて振り回す彼女。図らずも同時に首を傾げた僕と妹様をニヤついた感じに見た彼女は、僕らの手を取り、握らせると、その上下を自分の手で包み込んだ。
「お幸せに!」
満面の笑みでそう言った彼女は、今にもスキップしそうな勢いで部屋から出ていった。
再び訪れる沈黙。
見なくとも赤くなっているとわかるくらいに、顔どころか首まで熱い。
そして妹様の反応が怖くて、顔が上げられない。
スパダリとかハイスペックとか言われても、僕の現状はこんなものだ。今更のように自分の気持ちに気付き、まさかと期待しつつ、拒絶への恐怖に負けて顔を上げるという簡単な動作さえできない。
どのくらいそうしていただろうか。
ふと、妹様が笑う気配がして、その顔見たさに恐怖も忘れて顔を上げた。
ぎゅうっと僕の心臓が音を立てる程の眩い笑顔を浮かべていた妹様は、僕と同じく首まで赤くしていた。
お読みいただき、ありがとうございました!