第3話
バタン、と扉が閉まると貴弘はふぅ、と息を吐きいつもの貴弘の雰囲気に戻った。何回見ても依頼者の前での貴弘にはどうにも慣れない。本人に言うと殺されそうな表現をあえて使うとすると、『気持ち悪い』だ。いつも通りに戻ったと思ったら鋭い瞳が修汰を映した。
「追いかけろ」
「はい?」
「何ボケっとしてんだよ、馬場明子の後を追え」
「え、なんでです……」
「早く」
「……はい」
疑問の声は一蹴され、渋々支度をして外へ出る。もう既に姿は見えなくなっていて、少し焦りながら駅の方へと向かう。すると、駅へ続く大通りを歩く馬場明子が目に入り、ほっとしながら走っていた足を緩めた。
修汰にとって、尾行は得意分野である。尾行は探偵の基本、というが普段尾行を担当するのは貴弘ではなく修汰である。修汰が尾行が得意なのは何回かこれまでに経験があるから、というだけでなく、才能があったからだ。それは「存在感がない」ということ。修汰の存在感のなさは人並みではない。ファミレスに入っても店員が気づかず中々席に案内してもらえない、なんてことはよくあることであるし、道で人とすれ違う時にぶつかるのも修汰にとって日常茶飯事である。存在感がないことは本来マイナスな特徴だが、尾行においてはこれが強みになる。
「嫌な思い出しかないんだけどね」
一度会っているのに気付く素振りもない馬場明子を見て思わずそんな悪態が修汰の口から零れた。そのとき馬場明子が電車に乗り込むのが見えた。都心へと向かう電車だ。馬場明子が乗った車両の一つ隣の車両に修汰も乗り込む。幸い今日は電車が空いていて、隣の車両でも馬場明子の姿がよく見えた。
馬場明子は三駅後に降りて行った。その駅は、ホストクラブやキャバクラが集まる繁華街で、夕方になった今、少しずつ営業を始めようと街が動きだしているときだった。
馬場明子はその中の一つの店の中へと姿を消した。その店は看板にキャバ嬢の写真が十数人並んでいて、明らかにキャバクラなのだろうと行ったことのない修汰でも分かった。ここが馬場明子の職場だったのだろうか。修汰は出入口が見える物陰に身を潜め、貴弘に電話を掛けた。
数回コール音が鳴った後、電話の相手がいつにも増してローテンションでもしもし、と言った。だが貴弘が電話口だといつもよりテンションが低くなることはとっくのとうに修汰は知っているので気にせず話し出す。
「あの、馬場さんが職場と思われる場所に入っていったんですけど」
「へぇ」
あまりにも素っ気ない返事にくじけそうになる。元はと言えばセルクさんが追えと言ったのに、と心の中で思いながらなんとか話を繋ぐ。
「あの……どうして馬場さんを追わされてるんですか」
「不自然だったからだ」
「と、言いますと?」
「まず……」
「あっ」
貴弘が言いかけた瞬間、建物から馬場明子が出て来た。
「ごめんなさい話を遮っちゃって……。馬場明子が建物から出てきたので追います」そう言って修汰は電話を切りかけたが貴弘の「待て」の声で動きを止めた。
「はい」
「もう追わなくていい。その代わり」
「その代わり?」
「キャバクラに入れ」
「…………え?」