第2話
この事務所は暗殺を仕事としている。ホームページには『会社の上司から隣のあの人まで依頼があれば誰でも殺します』と胡散臭い商売文句が書かれていて、修汰はいつも捕まったりしないのだろうかと心配している。貴弘は世界中を拠点とする暗殺グループの一員で、それに加えて修汰と出会ってからは日本のここに事務所を置き個人でも活動している。
貴弘は客人を応対用のローテーブルとソファーのある場所に招いた。これまたいつの間にか用意していたお茶をその客人の前に置き、貴弘は話を始めた。
「私はこの事務所の社長の東浜貴弘です。こっちはただの小間使いなので気にせずに」
「小間使いって……」
修汰はいつものように反論しようとしたが、依頼人がクスリとも笑っていないのを見て、途中でやめた。
「萩原修汰です」
修汰が名乗ると依頼人は微かに会釈をした。
「初めになんですが、仕事の内容上依頼料は高くつきますが」
「大丈夫です。この見た目から分かるかもしれないんですか、水商売をしてるので、お金は沢山あります。しかも、もう使いませんし」
そう言うと依頼人は自嘲気味に笑った。そんな笑顔でも綺麗だと修汰は思った。
「わかりました。では本題に入りましょう。今回は誰の殺人を依頼に?」
「私です」
「……と、言いますと?」
「自殺がしたかったんですけど、勇気が足りなくて、そんな時にここのことを知って、もう死んだらお金も意味ないし、依頼しようと思って」
修汰は先程依頼人が言った「もう使わない」という言葉の意味を理解した。ここで自殺の依頼があるのは初めてだ。
「……ここは一応他人を殺人することを前提に……」
「誰でも殺すってホームページに書いてましたよね!?」
依頼人が感情的に机を叩いた。
貴弘は机を見つめ悩む素振りをした。
「プライベートな話なので話したくなければはなさなくてもいいんですが、どうして死にたいと?」
その問いは修汰にとって珍しいものだった。普段、貴弘は依頼を受ける時動機を聞かない。それについて質問したことがあるが、「個人的に興味はある。けど仕事には邪魔になるだけだ」と言っていた。のになぜ。
疑問は浮かんだがそれを口に出すことはしなかった。毎回修汰は依頼人がどうして依頼をしに来るのか、それが気になっていた。今回はそれが聞ける。
修汰は静かに依頼人の言葉を待った。
「なんか、すべて嫌になっちゃって。まともな職業にもつけないで、私の人生いいことないなぁ……って思ったら生きてる意味がなくなっちゃったんです」
「……そうですか。では、料金などは後日、改めてお知らせ致しますので、こちらの用紙に必要事項を記載していただけますか」
貴弘が用紙を取り出して依頼人に手渡し、依頼人は氏名や電話番号などを記入し始めた。少し書いてから手を止め顔を上げた。
「あの……」
「ご不明な点でもありましたか」
「いえ、いつ殺してくれるのかな、と思って」
「希望の日時があれば承りますが」
「特別この日がいいとかは無いんですけど……出来るだけ早い方がいいので」
「かしこまりました」
貴弘が頷くのを見ると依頼人はまた顔を下げ、記入を続けた。
氏名欄には「馬場明子」と書いてあった。
記入を終えた明子は荷物を持って「よろしくおねがいします」と言い残して事務所を出ていった。