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泡沫の恋

作者: 森唄 鶴人

これは……魚?……しかし……上半分は人間のような……


私含め研究者たちは絶句した。深海生物の研究のため、海底深くまで潜水艦でもぐって調査している時に発見してしまったのだ。下半身はまるで桜のような綺麗なピンク色の魚で、上半身は人間そのものであり、顔は人間の女の幼子のそれである。こんな生物見たことも聞いたこともない。鳥が空を翔るが如く、華麗に海の中を泳いでいる。しかし物珍しいものを見るように目だけはしっかりとこちらを向いている。

「所長、どうしましょうか……」

「……」

所長はしばらく黙って考え予想通りの返答をした。

「藤村、君に任せるよ」

とだけ言って潜水艦の所長室に帰っていってしまった。元々ここの所長は自分の部下たちの研究結果を公表するしか能のない男だ。おそらくこれを研究することも政府に報告することも面倒くさいと思ったのだろう。しかし研究者としての知名度をあげて、早くこの研究室を出て独立したいと考えていた私にとっては好都合だ。私はその半分魚、半分人間の生物を人魚と仮称し、捕獲し研究することに決めた。


数日後、陸地に戻り人魚を自分の研究室の水槽に入れた。私は世間へ公表や政府に報告はしなかった。彼女の生態の完全にわかったところで全てのデータを発表しようと思ったのだ。なぜなら早々に発表してしまうと外国のもっと設備の充実した研究所へ移されることが簡単に想像できたからだ。


まず私は人魚とのコミュニケーションを図った。彼女によびかける際に「人魚!」と呼ぶのは犬に対して「犬!!」と呼ぶような違和感がしたので、彼女には「マーメイド」という名前を付けた。

研究とは思っている数十倍地味で地道なものだ。何ヶ月もかけ、会話を試みた。するとある日を境に人間の言語を少しずつ話せるようになってきた。さらにその日から段々彼女の上半身が人間で言うと約10歳くらいまで急成長していった。

「ぼくはふ、、じ、、む、、ら」

「ふ、じ?、む、む、む、ら!!へへっ」

最初は私の発言をオウム返しにする程度だったが、みるみる上達しなんとその十数週間後には完璧に会話することが可能になった。そして、その頃には身体も人間の成人女性のそれになっていた。こうなってくるといくら相手が人間じゃないと言っても、目のやり場に困った。私は中学高校と男子校で勉強一筋、大学も理系なので実験漬けの毎日だった。女性と付き合ったことは一回もない。女性(?)の裸は初めて見るが、実験対象だと自分に言い聞かせ観察を行ってきた。


「藤村さん、もっと広いところで泳ぎたい。」

ある日そう彼女に言われた。彼女からそう主張してくるのは初めてだったので、素直に彼女を25メートルプールにいれてやると、とても素早く華麗に、、、いや妖艶に泳いだ。

「藤村さんも入って一緒に泳ご?」

「いや私はマーメイド、君を観察しなきゃいけない」

「いけず。もしかして泳げないの?教えてあげるよ?」

「うるさい」

そんなやり取りを毎日続けていた。観察にこれ以上意味があるのかと聞かれれば、即答することができないだろう。しかし私はなぜか彼女と過ごすそんな毎日に充実感であったり、満足感を覚えていた。もしかしたらこれを好意と人は呼ぶのかもしれない。



ある日所長に呼び出された。

「あぁ、藤村くんあの人魚……えーマーメイドだっけ?2週間後に発表するから。」

この無能所長は部下の研究を自分が発表することを伝える時だけ名前に「くん」をつけるのだ。私はとても動揺した。

「しかし、まだ彼女の観察は終わっていません。」

「私が決めたんだ。」

研究室での上下関係は絶対だ。何も言えなくなってしまった。

「大丈夫。私と藤村くんの共同研究ということにするから。知名度もうなぎ登りだよ!」

「……はい。わかりました。」

私は所長室を後にした。



私が水槽のある自分の研究室に帰ってくるとマーメイドが話しかけてきた。

「ねぇ、藤村さんもテレビに映ってる人もさ皆服着てるよね。なんで着てるの?空気って人間にとって害があるの?服着ないと肌が荒れちゃうとか?でもそれだと顔も隠さなきゃだよね?」

マーメイドはどこまでも純粋だ。純粋に人間の世界の様々な情報をスポンジのように吸収していく。

「なぁ、話は変わるけどいいか?」

「?」

マーメイドは私にきょとんとした表情を向けてくる。

「君は私をどう思ってる?君の目には私がどう映ってる?」

んー、とマーメイドは考え、言葉を紡いだ。

「藤村さんは、美味しいご飯持ってきてくれるし、テレビ見せてくれるし、私と話してるとすごい笑顔だから私もなんか楽しくなるし、それにそれに……」

私はわかっていた。こう聞いたときマーメイドが私を肯定してくれることを。それをわかっててマーメイドに質問をしたのだ。完全なる自己満足。

私は鎖だ。水槽が彼女を閉じ込める檻だとしたら私は彼女をその檻に完全に縛り付ける鎖だ。彼女の世界には水槽と私しかいない。彼女は知らないだけだ。海の広さを。空の深さを。私は決心した。



2週間後、人魚の存在は世間に公表された。全世界で大スクープになった。幼体の状態で捕獲し、ずっと隠し続けてきたことは隠蔽され、数日前に成体の状態で発見されたということになっていた。世界中で多くの議論が交わされた。このまま水槽の中に閉じ込めておこうというもの達。逆に人権を持たせようとするもの達。過激なものでいうとそんな得体の知れないものは早々に殺してしまえと論じるもの達。世間に公表することで不自由になるかもしれない。自由になるかもしれない。最終的に世界の意思がどちらに転ぶかはわからないがマーメイドの研究室だけだった世界は確実に広がった。



「マーメイド、君の世界は広がったよ」

と水槽の中にいる可憐な美女に言った。しかし、水槽という檻の中にいる彼女はあまり嬉しそうではなかった。新しいものに触れる恐怖感があったのかもしれない。

「なんか、藤村さんと離れちゃいそうでイヤだな、これ恋ってやつかも」

最近、恋愛ドラマでも見たのかそんなことを言い始めた。違うのだ。私は君にとっては鎖でしかない。君は私しか知らないだけだ。これから君の世界はどんどん広がる。人間は星の数ほどいる。そのうち1番輝いていない星が私だ。君はまだ不自由の中にいる。

「君はどうしたい?」

「藤村さんと離れたくない。」

違う。それは違う。

「違う!君にとっては私はただの鎖なんだ!君は不自由だ!!私がせっかく君の世界を広げてあげたんだ!君はもう自由になれる!!」

私はそう一方的に言い放ち研究室のドアをバタン!と閉めた。そして私は新たに決心した。

明日、海に帰そう。それが一番の自由だ。



私が個人の意思でマーメイドを海に帰すことで世界からどれだけバッシングを受けようとも構わない。最悪死刑でもいい。私はマーメイドを愛していた。マーメイドの自由のためなら私は命を捨てよう。次の日私はほかの研究員にばれないよう運送業者を手配しマーメイドの入っている水槽を運び出した。



海岸。寄せては返す波の音が一定の旋律を持って奏でられている。この音は永遠に一定なのではないかと錯覚させられる。

「マーメイド起きて。」

コンコンと外から水槽を叩き、私は水槽の底ですやすや眠っていたマーメイドを起こした。

「……ん……?ここは…?」

「君を見つけた海の近くの海岸だよ。君はもう海に帰っていい。もう完全な自由だ。誰からの視線にも晒されることも無い。海でのびのびと生きるといい。」

するとマーメイドは目にいっぱいの涙を浮かばせた。

「そんなに嬉しいのか。苦労して君を研究室から運び出したかいがあるよ」

マーメイドは怒ったような表情になった。

「違う!!!私はこんなの望んでない!!!私は藤村さんと一緒にいたいだけなの!!!なんでわかってくれないの!!??………私のこと、、、嫌いなの……?」

最後の方は号泣していてほぼ言葉になっていなかった。

「マーメイド。私は君を愛してる。でも君にとっては足枷にしかなりえないんだよ。わかってくれ、、、今はわからなくてもいずれわかる日がくる。それに生きている限りまだ何度でも会えるさ、だって君はもう自由なんだから。」


私はそう言って海の中に浸かっている筒状の水槽を蹴り、横に倒した。これで彼女は自由だ。

私はマーメイドに向けてこう言った

「じゃあね、これから自分に正直に自由に生きて、ずっと好きだった。」

「私も好きだったの!自由になんてなりたくな」


突然マーメイドの言葉が途中で途切れた。私が水槽の方を振り返ると、マーメイドが何かを言おうと口をパクパクさせながら、淡い光を伴い泡になって消えていった。



私は言葉が出なかった。マーメイドを自由にしてやろうと考えて行った行動が、彼女の命を奪うという彼女を最も不自由にするという結果を招いたのだ。

「は、はは、あはははははっ!!」

なんの笑いかわからなかった。私はひとしきり笑った後最後の決心をした。ノートをカバンから取りだし最新の研究データを書き記した。


「人魚は陸にあがり、また海に帰ると泡になって消えてしまう。」


さぁ次は私が自由になる番だ。

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